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番外・後日談
67. 僕だってたまにはやっちゃうこともある (2) -sideアムレート
「珍しい組み合わせだな。さっそく親しくなったようだ」
そこへ声をかけてきたのが国王だ。
こいつは周りの奴ら向けにそう言っただけで、実態は違うってことぐらいちゃぁんとわかっている。
側近をやっている奴らも含めて、みんな腹の中が適度に黒いんだケド、僕が食べて美味しい黒さじゃないんだよな。
美味しそうなのはホラ、あっちの隅っこのほうで今もコソコソぎりぎり僻んでる奴ら。どれも小物でお腹いっぱいにはなりそうにないから、おやつ向きなんだ。
アイツは王様の登場に「救援のヘリ! 縄梯子!」みたいに喜んでるけど、やっぱりな~。
連れて行かれた先で教科書を見せられて、「ギャアアア!」ってなってら。
自分の顔がクッキリ印刷されていそうっつー現実から目を逸らしたくて、今までちゃんと見てなかったってのにな~。
内容自体はしっかりした教科書だぞ。なんたってアイツの論文がもとになってるし、監修したダチが常識人だからな。
何がきっかけで、どういう発想で何をやって『大嵐』の姿を突き止めて、これを公表しないことによる長期的なデメリット、西の地域の見直しを行わないことで予想できる経済的損失とか、そういうの。
もちろんあっちの世界ほど進んでいないから、要は気象の研究は有意義なんだぞっつーことを提唱した入門書みたいな中身になっている。
これをきっかけに、いずれ国内外で本格的な研究者を志す奴らが大勢出てくるんだろう。
気圧の変化については、この世界でももう発見されているってのに、天候に関わる研究自体が表に出せない国ばかりだったせいで、これまではほとんどの学者が不遇をかこつしかなかった。
それについても教科書はチラっと触れていて、そいつらに声をかけて本格的な気象観測を行う計画があるとも書かれている。
多分そのうち、この国に移住希望の研究者がゾロゾロ出てくるんじゃニャいの?
そうこうしてたら、真の救い手が出現。
オリーブ色の目の兄さんがアイツを引き留められないように、ダチと王様達が裏で打ち合わせ済みだったようだ。
おお、よくぞアイツに現実を教えてくれた! さすがダチ、アイツの性格よくわかってんな。そうそう、教えてやんなきゃ自覚しないんだよソイツは。
おめーが一番危ないんだっての!
あの兄さん、腹ん中じゃ「私の好みそうな相手だから小父貴達は黙っていたのだな」つって悔しがってたんだぞ。
幸い「明らかに私は出遅れている。この者の躍進に私は何ひとつ役割を果たしていない。今から挽回してこの男に勝つのは不可能か……」とも思ってたケドな。
よかったな執事の兄さん、正面切ってやり合う心配はなさそうだぞ。
身分のゴリ押しでアンタを潰そうとする野郎なら、むしろ脅威にならなかったろうケド、そうじゃなさそーだからヤベェと思ってたんだろ?
身分抜きで勝負できる奴、アイツ好きだもんな。
それも執事の兄さんと張り合えるレベルの奴なんざそうそういない。
そんなのがポンと出てくりゃ、焦るわな。
だけどアイツがよろめくかもと心配になっちまうぐらい、人間性も文句ナシってことは、ラブラブなアンタらを引き裂こうとも思わないってコトだぞ。
アンタが愛情表現に手ぇ抜いて、アイツを不安にさせない限りな。それこそ天地が引っくり返っても有り得ないじゃん? ビビる必要ないっての。
ん~でもこれ、教えてやろっかな?
黙ってよっかな?
みゅふ。
さてと、アイツは執事の兄さんと一緒に、弟はダチと一緒に帰ることになった。
アイツは帰ったら速攻、執事の兄さんによしよししてもらうコトになるだろーから、僕は気を利かせて遅めに帰るとするかな。
僕はいつだって気の利くイイコだよ?
おやつ優先とか思ってないよ?
みゅっふっふ。どれを齧ろっかな~♪
目を付けたオヤツ達に『悪夢』のスパイスをかけて、ちょっとずつカジカジしていたら、もうすぐ夜が明ける時間になってしまった。
アイツの寝室に戻ってみれば、昨夜は執事の兄さんとちょい激しめのイチャコラをしていたようで、ガウンと下着が床へ放り出されたまんまになっている。
僕がお散歩から帰った時は、アイツか僕用ベッドへ直行するのがいつものことだった。アイツらの真ん中にもぐりこみ、寝起きにちょっかいをかけてやるのが、これまた楽しいんだよね。
だけど昨日の昼は脳内で、夜にはベッドで悲鳴を上げまくって疲れてるだろうし、僕は寝室を出て部屋の中を探検することにしたんだ。
いつもと変わり映えのない部屋でも、探検は楽しいよ。この部屋って広いし、なんといっても僕のナワバリだからさ。
―――そう。僕はこの時、いつもと違う行動を二個も取ってしまっていた。
帰宅直後に、アイツらの寝ているベッドにもぐりこまなかったこと。
疲れてるだろうからゆっくり寝かせてやろう、なんて殊勝な気遣いをしてみたこと。
窓辺の文机に、なんか手紙か書類のようなものを発見したから、なんだろうと椅子を伝ってよじ登り、ジャンプしてみた。
着地した場所が悪かったとしか言いようがない。
僕は机の上にあった紙を踏んづけ、すべらせてしまった。
その上に、複数の小瓶が載っていたんだ。
すべてインクの瓶だった。
あっ! と思った瞬間にはもう、瓶が転がって中身がどぱっと。
おいっ、なんでどれも蓋をしてないんだよ!?
それより重要書類を汚しちゃった?
僕は焦って紙に目をやり、そのまま目が点になった。
それは手紙でも書類でもなく、こう書かれていた。
―――〝実験中のため蓋なし 触らないように注意〟―――
■ ■ ■
「それでコレか」
「ふみゅぅ~……こめんにゃさ~い」
僕は精一杯しおらしく、ちょこーんと座って小首を傾げた。
計算? いやいやそんなコトはないよ?
これでも真面目に反省しているんだ。僕の瞳がきゅるるんと潤んでいるのは前からだよ?
アイツがそんな僕を見下ろしながら「うっ」と怯むのも、傍で見ていた執事の兄さんが呆れた顔で溜め息をつくのもいつものコトだ。
そのう、なんだ。
僕が瓶を転がしちゃったせいで、文机の上にはノペっと黒い液体が広がり、その周辺には僕の足跡が点々、点々と残っちゃっているわけで……。
寝室のドアは開きっぱなしだったから、最初は机の上からみーみー呼んだんだけどさ。どうも眠りが深くて聞こえなかったみたいで、寝室まで呼びに行ったのもいけなかった。
狭間の世界を通れば良かったんじゃんって気付いても後の祭り、ベッドの手前まで足跡が点々点々……。
「これは私だけでは綺麗にできませんね。清掃係を呼びましょう」
「……アレッシオ。別にこのままでもよくないか? ほら、見ようによっては愛くるしい模様に見えなくも」
「なりません。ロッソ侯爵たるあなたの部屋が、子猫の足跡だらけでどうしますか。まだ時間はそう経っていないので、落とせるうちに落とします」
「くっ……」
肉球模様の何がいけないのだ勿体ない、とか本気で呟きながら、それでもアイツは廊下へ続くドアへ声をかけに行った。
そんなアイツの背中を、微妙な表情で見つめる兄さん。
「……これは悪魔の足跡なのですがね?」
「そうなんだよ。アンタはわかってくれると信じてたぞ兄さん」
僕も微妙な気持ちで同意した。
兄さんは僕を抱っこして浴室に向かう。インクのせいで僕の足は全部、真っ黒い長靴を履いたみたいになっちゃっているし、おなかや尻尾にも点々と飛び散って、自慢の毛並みが牛模様になっている。このままだと猫種が変わっちゃうよ。
つうか、アイツが洗うんじゃないのか。洗ったり手入れしたりは、この兄さんのほうが巧いって判断したようだ。
兄さんは桶に湯を溜めて石鹸水を足し、僕を両手で包んで浸しながら汚れた部分を重点的に洗い始めた。その手つきは確かに巧い。
肉球の隙間を揉み揉みされ、灰色の泡が立つ。
「みゃははっ、くすぐって! ―――つうか僕もうっかりで悪かったケドさ、何の実験やってたわけ?」
「種類の異なるインクを開発されているんですよ。従来のインクと異なり、乾いた後も水で溶けるインクを作れないかと開発部にお命じになっていて、それの試作品を数種類置かれていたんです。蓋をせずに放置し、においや乾き具合を確認しつつ、色が分離して沈殿しないかといったチェックもされると」
兄さんが小声で答えた。
だから幾つも瓶があったんだな。僕が引っくり返したインク瓶、一瓶だけじゃなかったんだよ。
「ちゃんと見ずに飛び乗った僕の言えたコトじゃないけどさ、なんで開発部にやらせず自分の部屋でやろーとすんだよ」
「思い付きで始められたんですよ。開発部は、書き味だけを試していただくつもりで渡してきたのですが」
「アイツよくやるにゃ、そういうの」
「……こぼしたインクを、自力で元に戻すことはできないんですね?」
それ、訊かれるだろうなーと思ったんだよ、くそう。
「悪魔ってのは契約とか魂とか心の闇とか、そーゆーのにめっちゃ強いもんなの。契約した人間が『こぼしたインクを元通りにしてくれ』って願えばパパっとできるぞ」
僕はちょっとふてくされ気味に教えてやった。
執事の兄さんは「なるほど」と小さく頷いている。ちえっ、僕の能力の制約に関することは、極力言いたくなかったのにな。
なんでかって、悪魔が自分の能力の秘密をベラベラ喋ってたら、討伐しようとする奴が出てくるだろ。
僕ほどになると支配も討伐も不可能とはいえ、虫がブンブン寄ってきたらめんどくさいでしょ。つまんないんだよ。
アイツとこの兄さんに関しちゃ、そんな心配はゼロ中のゼロだから、こういう話ができなくもないけどさ
でもこれで、今日はコイツらを揶揄ってニャフニャフすんのは無理そうだな……ちえっ。
アワアワを何度か洗い流せば、僕の毛並みはちゃんと元の色になった。
兄さんが乾いたタオルで僕の全身を揉み揉みしながら浴室を出ると、清掃係が何人もどやどやと入っていて、大きな絨毯を交換している。この場でゴシゴシやるんじゃなく、一旦綺麗なのと交換し、汚れたやつは別の場所で一気に洗うようだ。
アイツは腕まくりをしている兄さんの姿と、そんな兄さんの手の中でタオルに包まれ揉み揉みされている僕の姿に、内心で萌え狂っている。
この兄さんもアイツの反応には薄々気付いてるし、コイツらが僕を悪魔祓いで追い払おうとする未来なんて、天地が逆転しても来ないだろう。
爵位が上がろうとな~んも変わらないアイツと、執事の兄さんの絶妙な力加減に、僕は呆れだか何だか自分でもよくわかんない気持ちで、にゃふ~と溜め息をついた。
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