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番外・後日談
68. ロッソ騎士団
部屋がとても綺麗になってしまった……。
片付けてくれた使用人達には悪いが、一抹の寂しさを感じる。
うちの子は基本的にいい子だから、滅多にやらかしたりはしない。しかし今朝みゃーみゃー起こされて目にした足跡マークは、「これはうちの子史上最大のやらかしに数えられるのではないか?」と、一周回って冷静な感想を抱いてしまった。
インクをひっくり返した時に被ったらしく、足が筆のようにたっぷりインクを吸っており、俺のベッド近くまで途切れずペタペタとマークが残り続けた奇跡……。
別に消さなくともこのままでいいのでは?
ほらこれなんて、肉球がハッキリしててすごく模様っぽいよ? 記念に残しておいてもいいのではないかな。
とアレッシオに呟いてみたけれど、ダメだった。ですよね。
汚れた絨毯はすべて交換され、机とその周辺も綺麗に拭いてくれている。
子猫を洗い終えたアレッシオが腕まくりをして、タオルに包んだ毛玉を軽く揉むように水気を取っていた。
―――この光景を見たいがためだけに、アレッシオに任せたのである。
普段はふわふわな毛並みがぺったり貼りついて、何か別の生き物のように見えるのもいい。
サービス精神旺盛な子猫が、時おり「みー」と鳴いてくれるのもグーだ!
「本日の午後は大広間にて、ジェレミア隊による忠誠の儀が行われます。お身体はつらくありませんか?」
俺の部屋で朝食を摂りながら、サラッとぶっこまれてむせるかと思った。
「閣下?」
「あ、うむ。問題ない」
身体? 身体ならおまえがいつも苦痛の残らない抱き方をしてくれるから大丈夫だよ。ちょっぴり濃厚な初体験のせいで、身体よりも脳がやばいだけだ。
子猫は珍しく茶々を入れてくることはなく、ツナの皿を一心不乱になめている。今朝のゴハンは格別に美味しかったようだ。散歩帰りだから、お腹もすいていたのかな。
ヴィオレット公爵家からの派遣騎士だったジェレミア隊から、改めて忠誠を誓われ、正式にロッソ騎士団を名乗ってもらうことになる。
たった二十名でも、小広間ではなく大きいほうの広間を使う。彼らを大切にしていることを示すため、入れ物の豪華さはとても大事だ。
省略できないとはいえ、忠誠の儀は身内の儀式だから、客を呼んで盛大に行うものではない。
大広間の脇には、王都邸の従僕とメイドが全員集まり、立場ごとに順番に並んでいる。最も格上の使用人として、メイド長が一歩前に出ていた。
進行役は執事。頼んだ時に「このような大役を……!」と感極まっていたのが印象的だったな。数年もすれば引退を考え始めねばならないお爺さんなので、彼がのちのち楽しく自慢できる思い出を作ってあげられてよかった。
それと爵位が上がったことで、これまで館ごとに一人と制限されていた執事を複数名雇えるようになる。そうなれば今存在する執事は全員が『執事長』となるのだ。この爺さんはもちろん、本邸のブルーノにも『長』の肩書を与えられるよう、早めに執事見習いを選別させたほうがいいか。
俺は大広間にある上座―――王宮で言うなら玉座が置かれる位置に立ち、背後には昨日と異なる正装に身を包んだジルベルト、イレーネ、シルヴィア、そしてアレッシオが立っている。
正式な立場が俺の側近であり、家族でも使用人でもないアレッシオは、本来ならばこの場にいる資格がない。けれどジルベルトによって、王宮で彼がどの席に座っていたのか、もう皆に伝わっているだろう。
ルドヴィクと話した後、何時頃に戻ったのかは聞いていないが、ジルベルトは既に俺の側近として動いているので、そのあたりは抜かりがないのだ。
その事実がなければ、アレッシオのほうから遠慮をして、この場にはいなかったろうな。
正式に我が家へ迎え入れる騎士達を、俺は感慨深く眺めた。
なんだかんだで、思い返せば彼らとの付き合いもそこそこ長くなってきた。
たった二十名でも迫力がある。がらんとした大広間でも浮いた感じがせず、小広間だったら逆に圧迫感を覚えていたかもしれない。
いずれ人数を増やし規模を拡大していくことになるが、今はまだ少数精鋭のみだ。
今、彼らは騎士団の制服を纏っている。新たに作られたロッソ騎士団の制服だ。
騎士服もマントも、赤と黒のバイカラー。いかつっ! とデザイン画を最初に見た時は思ったものだ。
けれど実際に着用している姿を見れば彼らにとても似合うし、ロッソ騎士団にふさわしい配色だった。赤と黒を混ぜれば茶色になるしね!
俺も騎士団の主君として、同じような色の正装に身を包んでいる。姿見に映った自分の姿は、いかにも悪役侯爵っぽくて我ながら似合っていた。おかしいな、俺、悪役は卒業したはずなのに。
騎士服は詰襟でクラバットはない。背中やマントの中央に、ロッソ家の紋章が刺繍でドンと描かれている。
刺繍糸は基本的に赤、黒、金なんだが……彼らの左胸の上あたりで、キラリと輝く白はなんだろう?
ジェレミアが近くに来て、その正体がわかった。
バッジである。白い子猫の。
お、ま、え、ら~…………もしや全員か!?
彼の前でラクガキをしたらその紙が行方不明になると定評のあるラウルくん。
そんなラウルくんの前で、遊び半分で子猫のチャームのイラストを描きまくったっけね。
あれ、もう製品化したのか。メンズのほうでも描きまくったんだよなあ……どこまで広まっているんだろう。
ジェレミアは剣を抜き、両手で捧げるように持ちながら跪いた。
ここで遠い目になるわけにもいかない俺は、澄ました顔でジェレミアを見下ろしたさ。
「家名はチェレステ、名はジェレミア。今日この時よりロッソ騎士団団長として、我らが主君にいっそうの忠誠を捧げ奉り、終生お仕えいたしますことを我が剣と魂に誓います」
誓いの文言を聞いた後、俺は柄を手に取り、剣身の腹というのか、平らな部分をゆっくりとジェレミアの肩へ乗せた。
「ロッソ侯爵オルフェオ、我が騎士の剣と魂を受け取り、そなたらの誇れる主君であり続けることをここに約束する」
誓いの受け取り文句を口にしながら、「剣、重んもっ!」とか思っていたのは内緒だ。
ジェレミアは下ろしていた両手を再び持ち上げ、俺はその手の平へ慎重に剣を戻した。彼は立ち上がって剣を鞘におさめると、一礼して移動し、別の騎士が俺の前へ同じように跪く。
これを人数分やった。
ペンより重い物は持てないひょろひょろ坊ちゃん育ちじゃなくてよかった。おかげで、途中で手がプルプル震えてくるなんてことはなかったよ。ホッ。
ひとりひとりにゆっくり時間をかけたので、一瞬で終わることもなく、みんなが満足してくれるような立派な儀式になったと思う。
そして子猫のバッジだが、もしやまさかと思っていたら、やっぱり全員がつけていた。しかもすべて同じデザインの子猫である。
もしやまさかロッソ騎士団の正装に組み込まれているのか?
正装どころか制服の一部なのか?
バッジと思わせておいて、実は飾りボタンみたいに縫い付けてあるブツとは言わないよな?
デザイン画にそんなもん描いてなかったろ!?
犯人は誰だ。デザイナーが俺に無断で描き加えるわけがないし、やるとしたらやはりラウルあたりか。
赤と黒のいかつい騎士団の制服にキュートな子猫ちゃんがいたら、一瞬で場が和み、民から好感を持たれそうではある。個人的にはグッジョブと言いたくなる。
だがな、キリっと真面目な顔の下に、俺の趣味と遊び心の産物をつけさせるのはどうなのか?
何よりそのバッジを目にした誰もが、「間違いなくロッソ侯爵の趣味だ」「ロッソ侯爵らしい」「閣下が指示されたんだな」と確信しそうで、ものすごく居たたまれないんだが?
内心で息巻いていたら、犯人はすぐに判明した。
「シシィが……?」
「ごめんなさい、お兄様」
きゅるんと上目遣いで犯人が自白してきた。
ラウルくんごめん、濡れ衣……。
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