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番外・後日談2
酔っ払い閣下 -sideアレッシオ
しおりを挟む俺の仕事に一旦区切りがつき、休憩時間に閣下のお部屋へ向かったら、閣下の様子がおかしくなっていた。
複数人がけのソファにだらりと座り、瞳がとろんと潤んで、瞼をしぱしぱとさせている。
眠いのだろうかと思ったが、どうもそうではない。
「……閣下? ご気分でも?」
「ん~? べつに、どこもおかしくない、ぞ?」
やはりおかしい。何があったのだろうか。頬も唇も紅潮し、頭の位置がふらふらと定まっていない。
もしここがどこかの夜会の会場であれば、妙なものを盛られたと疑うところだが、ここは閣下自身のお部屋だ。
額や鼻の頭、首などに俺の手の甲を当ててみるも、特に熱を持っている感じはなかった。
「アレッシオの手、きもちい……すきだ」
「光栄です」
舌足らずにそんなことを言われては、悪い気はしない。
たとえ理性の少々あやしい発言であっても。
「アレッシオ。ここに座れ」
ポンポンとご自分の隣を叩きながら命じられたので、言われるがままにそこへ腰をおろせば、彼はのそりと俺の膝へ横向きに乗ってきて、首に腕をからめてきた。
恥ずかしがりのこの人が、自分から俺の膝に、と少し動揺する。いつも俺がこの人を抱き上げるか、座るよう催促しないと来てくださらないのに。
しかも「抱っこをしろ」とまで要求してきた。ご命令のまま腰と背に腕を回して抱きしめると、実に満足そうな溜め息をつかれた。
「閣下?」
「ん~? ふふうふふ~。アレッシオ、すき……いい男……」
「…………」
俺の首や胸にぐりぐりと頭をこすりつけてくるのが、なんとも可愛らしい。
可愛らしいのだがこの反応、やはりどう見ても酔っ払いではないか。
俺はテーブルにサッと視線を走らせた。とりたてて妙なものはない。閣下のお好きな蜂蜜の瓶、ティーカップには紅茶が半分ほど残っている。それから、食べかけの菓子の皿。
菓子はほとんど残っているな。
「しあわせ……」
「…………」
何か気付きかけたのに、意識が腕の中に戻されてしまった。酔っ払いの寝言であろうが、この御方に抱きつかれてそんな風にしみじみ呟かれると、とてつもなく嬉しくなってしまう。どうしたものか。
思案していたら、気付けばアムレート様がテーブルの上にちょこんと座っていた。
すべてのドアは閉じているが、この方には無意味だ。いつの間に散歩から帰ってきたのだろうか。
「んみゅ? なにやってんだ、おまえら」
「私もたった今、自分は何をやっているのだろうと自問していたところです」
俺が真面目くさって答えると、呆れているのが明らかな半眼で、アムレート様はくんくん鼻をひくつかせた。
とてとて歩いて菓子皿に顔を近付け、「これだな」と呟く。
「このケーキ、酒が入ってんぞ。けっこー強めなやつ」
「菓子に酒を?」
『ケーキ』という名称は耳慣れないと思ったら、どうもこの世界の言葉ではないようだ。このようにやわらかく焼いた焼き菓子のことをそう呼ぶらしい。
ロッソ邸の厨房の者は、閣下が酒類をたしなまれないことを承知している。ならばこれは、贈り物の菓子か?
ほんの二~三口程度しか食べていないようなのに、菓子で酔えるものなのだろうか。だいたい口に運んだ瞬間、酒が入っていると気付きそうなのに。
「うみゅ~。どうも果物の砂糖漬けに入ってんな。こういう味だと思って、普通に美味しく食っちまったんじゃね?」
「ん、おいしかった。ちょっと舌にじ~んときて、あっ? って思ったけど、おいしかったぞ。ふふふ~」
……くすくす笑いながら、俺の頬に頬をこすりつけてくる閣下がひたすら可愛らしい。舌の痺れを感じるほどとは、それだけ強い酒が使われていたということだな。
もっと警戒しなさいと注意したいのに、あまりに無邪気な笑顔に注意できない。強敵だ。
それに舌の違和感を覚えた時には、もう判断力が鈍くなっていた可能性もある。
「ところで閣下は、酒を召し上がると気分が悪くなってしまう体質なのでしょう? まったくそのようには見えませんよ?」
「え~、わたし酒なんてのんでないのだぞ~。アレッシオの抱っこはきもちいいのだ。もっと抱きしめろ……」
「仰せのままに」
「流されんな兄さん。つか、完全にいい感じに酔っ払ってんな。……コイツが飲めない体質なのはホントだぞ。アンタがオヤジと飲んでるワイン、ひと口でもムリだからな」
やはりあれは飲めないのか。父も俺も気に入りのワインなんだが、残念だ。
閣下は生まれてこの方、一度も酒を試されてはいない。けれど昔、今の閣下ではなかった頃に試されたことがあり、ご自分の体質については把握なさっているそうだ。
しかし聞いた話と、今の閣下はあまりにも違う。
「菓子に入れることで酒精が弱まったのが原因でしょうか?」
「そうなんじゃね? もしくは飲み合わせっつうか食べ合わせみたいなのがよくて、悪酔いせずに済んでんのかもな」
「アレッシオ……なぜキスしてくれないんだ……? 待ってるのに……」
唐突な涙声にぎょっとしたら、閣下が潤んだ瞳で見上げてくるではないか。酔っ払いであろうと、これに応えないなど俺には無理だ。
唇を重ねたら、鼻にかかった甘え声で喜んでくれる。あまり深い口付けにしてはいけないと理性を働かせていたら、閣下のほうから俺の口内へ舌を差し入れてきた。
……果物の砂糖漬けの、残っていた小さな欠片が舌で運ばれ、ほんのり酒の風味を感じる。
酒の力とはいえ、この人からの積極的な口付けに酔わされそうだ。
「むひゅ♪ こいつ素面になった時、憶えてるかにゃ~?」
むふむふ笑う子猫が俺の理性を留めた。
アムレート様、そのように観察するのはやめていただきたいのですが?
しかしまさかこの人が、菓子で酔ってしまうとは思いもしなかったぞ。飲食は必ず誰かが傍にいる時にしていだたこうと思う一方、今回のように可愛らしいお姿をほかの者に見せられても困ると悩んでしまう。
まあ、このようなことはそうそうないとしても、閣下への贈り物について洗い直さねばな。信頼している相手からのものでなくば、この御方が口にされることはない。逆に、悪意なく酒入りの菓子をご友人から贈られ、気付かずに食してしまうことは充分考えられるのだとよくわかった。
「ん、ふふ……あれっし、お……すき……」
ひとまず、楽しそうに俺へ深いキスをしかけてくる、この小悪魔の誘惑をなんとか乗り切らなければな。
さんざん俺を誘惑して満足した閣下は、その後ひと眠りをし、起きた頃にはほぼ素面に戻っていた。
きっちり憶えていらっしゃるということは、俺を目にするなり綺麗に染まった顔で一目瞭然。
俺を見て「あうあう」と言いながら後退る閣下を、そうはさせまいと抱きしめた。
「積極的なあなたも素敵でしたが、今度はぜひ前後不覚になっていない時に誘惑してください。お待ちしていますよ」
今度は俺から深く唇を重ね、甘い午後を堪能したのだった。
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