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番外・後日談2
『鏡の精霊~』からの出張編 (8)
多少都合の悪いことがあっても、頭をすぐに切り替えられるのは俺のいいところだ。
美味しいものを腹いっぱい食べたことだし、子猫も何やらユウマ殿をからかって元気を取り戻したようなので、さっそくレムレス殿とユウマ殿を俺の執務室に案内した。
何度も人払いをしてしまってブルーノ達には申し訳ないが、室内にいるのは俺とアレッシオ、レムレス殿とユウマ殿と子猫だけにさせてもらう。
ブルーノにも内緒にしている、俺の秘密の設計図を見せるためにだ。
鍵つきの引き出しから取り出したのは、まだ描きかけの別荘の設計図。
建築の専門知識はないから、図面を引いてくれているのは建築士だが、随所に俺の注文が入りまくっていた。
《秘密基地》の第二弾とも言える、こっそりアレッシオとのんびりするためだけに建てようと考えている別荘である。
万一の時はアレッシオと一緒に家出して、そこで心の洗濯をしたい。
その風呂場には特に力を入れていた。
風呂がこの別荘の肝であると言って過言ではない。
「いいや。もっと正直に言えば、この浴室を造りたいがためだけに別荘を建てることにした」
「それほどにか……!?」
「それほどにだ」
目を瞠るレムレス殿に、俺は大真面目に頷いた。
この世界の従来の風呂場とは異なり、デザインは完全に『俺』のいた世界にあったプライベートな温泉をイメージしている。
もちろん建物は和風ではなく、この国風にアレンジしているが、風呂の浴槽に使うのは檜に似た木材だ。
すべったら危険なので、足元には木材ではなく、ザラついた石材を敷く。暗い青や灰色の、いかにも温泉に使われていそうな敷石だ。
そしてさらに、その浴室には周りを塀に囲まれた狭い内庭が繋がっており、そこには露天風呂が……!
露天風呂である。この国にはかつて存在しなかった。
完成すれば、俺がアルティスタ王国初の露天風呂を作らせた変人貴族となる。
変人呼ばわり、望むところだ。
夜空を眺めながらアレッシオと風呂に浸かりたい。そのためだけに造る。
周りから見えてはいけないので、別荘は平屋建てだ。二階部分のない貴族の館は、少ないけれど珍しいほどでもない。
「レムレス殿の館の浴室は素晴らしいものでしたが、そこまでなさるほどでしょうか……」
アレッシオがやや呆れながら呟いた。
おまえと入ることを前提で造るんだよ、むしろそれ以外に目的はない、なんてことまではさすがに言っていないしな。単純に、俺が風呂好きだと思っているのだろう。
主人が心おきなく自分と一緒に風呂に浸かるためだけに、別荘一軒建てるつもりなんだとか、普通はあんまり思わんよな。
「僕はオルフェオさんの気持ちわかりますよ。オルフェオさんの入りたいお風呂がどんなのかも、何となく想像つきますし」
そんな俺に援護射撃をしてくれたのはユウマ殿だった。
「文化の違いがあるから、お風呂ってハマらない人は全然ハマらないと思うんですけど、ハマる人はものすごくこだわりたくなるんですよ。僕も露店のお風呂が好きで、オスカーに造ってもらいましたし」
「そうなのですか……!?」
おお、そうだったのか。
ユウマ殿は黙っていると禁欲的で潔癖な雰囲気の漂う外見だから、「外のお風呂が好き」などと聞かされて、アレッシオが驚いている。
「あの館だけじゃなくて、王都にも別邸があるんですよ。いろいろあって全部建て直すことになって、その時に造ってくれたんですよね。たまに入るとすごく特別感があって素敵なんですよ。ただ、あれと同じものをこちらで造るのは難しそうなんですけど……」
水回りの設計だけじゃなく、普段のメンテナンスとかいろいろあるもんな。
レムレスの館も王都の別邸とやらも、おそらく魔法やか魔石といった、そちらの世界にしかないものが使われていることだろうし。
だがな……レムレス殿みたいなタイプってさ、自分の得意分野が封じられてもなんとかしちゃうタイプだと思うんだよ。
非常時の備えがしっかりしているというか、「いざ得意分野が使えなくなった時はどうするか」という対策を日頃から怠らないタイプだと俺は見ている。
ユウマ殿の話によれば、あの世界で魔法使いとして名が知られている者は、みな研究者タイプ。
例に漏れずこのレムレス殿も、やや研究バカと言っていいほどに研究好きなのだそうだ。
間違いなく、彼は研究している。
もし魔法や魔石といった要素を省き、近いものをつくる必要に迫られた場合、どうやればそれをつくることができるのかということを。
「―――と、思ったのだが、外れているだろうか?」
「…………」
レムレス殿はものすご~く嫌そうな顔をしたが、反論はなかった。
ふふふふふ、ふはははは……やはりな。
精霊の愛し子という、その世界での最大のアドバンテージを持っていても、その上で踏ん反り返って満足するような小物ではない。
ユウマ殿からそう聞いていたあなたならば、きっとこれを完成させてくれると信じていたよ……!
ぶっちゃけ、この設計図は手詰まりになっていたんだよな。
なんでかって、俺の注文がこの国の常識からすると奇天烈過ぎるからさ。
優秀な建築士だって、見たことも聞いたこともなかったもんを、あれこれ造れと言われたら困る。
それでも俺は基本的に、下の者へ無茶振りはしない領主だと知られていた。この場合の『無茶振り』というのは、絶対に不可能なことを強引にでもやらせようとして、できない者を責めるっていう種類の無茶振りのことだ。
だから建築士も、できるだけ俺の注文を叶えようと頑張ってくれていた。
だけどすべてを要望通りにしようとしたら、新素材の建材やら、まったく新たな水回りの仕組みを構築する必要が出てきてしまった。
使用人に湯の入った桶を運ばせるなんて、前時代のやり方を復活させるわけにもいかない。その部分だけは変えないように、音や声漏れという最大の問題をクリアして造るとなると……建築士の手に負えないものになってしまった。
露天風呂に関しては、聞こえても仕方がないものだと割り切っているけどね。
屋内の風呂もセットだから、かなり難しかったみたいだ。
なので今は一旦中断した形になっている。
俺も改めて自分で設計を考えてみたり、いっそ新素材を開発してやるか……なんて思いかけていた。
レムレス殿とユウマ殿に出会ったのは、まさにそんなタイミングだったのである。
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