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番外・後日談2
『鏡の精霊~』からの出張編 (9)
―――そしてレムレス殿はやってくれた。
魔法を使わず、こちらの世界の技術でも充分に可能な設計図を、それはもうサラサラっと描いてくれた。
あっという間に仕上がったそれにやや呆然としつつ、ざっと目を通してみたら、ポロポロっと目から鱗が落ちた。
何故これを思い付かなかったんだ自分はと、自分の頭を小突きたい。
レムレス殿の設計では、風呂のための湯を厨房に依存しない、完全に分ける方法を使っていた。
普通どんな館でも、大量の湯を沸かす場所は厨房である。ロッソ邸では厨房で沸かした湯を、壁の内部に通した水路のような空間から、浴室用の熱湯タンクに流し込める設計になっていた。
館の大きさに応じてタンクは複数設置され、浴室にある手動のポンプを押せば吸い上げられる仕組みになっているんだが……このポンプの仕組みが専門外なので、俺はよくわからない。
そもそも『俺』のいた世界のそれとは、材質も作り方も違っていると思う。井戸のポンプとも多分違っていて、タンクは風呂の真下にあるわけじゃない。
建物の美観を損ねないよう、外側からは見えないようになっており、使用人が定期的に清掃しているから清潔だとは聞いていた。
この、厨房からタンクへ、タンクから浴室への流れをどうすればいいかと、俺も建築士もそこのところでつまづいていた。
どんなにこぢんまりと建物をまとめても、侯爵の俺が泊まる別荘なのでそこそこの大きさが必要となり、使用人や護衛もいる。
むしろ建物を小さくするほど、余計に風呂場の音が外に聞こえやすくなるだろう。
ところがレムレス殿は風呂場のすぐ隣にタンク専用の棟を設け、湯は直接そこで沸かせる仕組みにした。
そういえば『俺』のいた世界、古い時代の風呂は、薪で直に風呂を沸かせるようになっていたっけ?
あれと近い発想で、厨房ではなく熱湯用タンクで直接沸かせるようにしてしまえということだ。
考えてみればロッソ邸の湯が厨房に依存していたのは、燃料の節約のためである。
これはどの家でも同じ。夕食を用意するためにかまどへ火を入れたら、ついでに清拭や入浴のための湯も沸かす。冬場であれば暖炉で沸かせなくもないが、それはせいぜい茶を飲む程度の量だ。
大昔から続いているそれが、いつの間にか俺の頭にも刷り込まれていて、分けてもいいんだと思い付かなかった。
「そうか……別荘は規模がそもそも大きくはないのだから、分離しても燃料のロスはさほど生じないのか」
「そういうことだ。それと、このロッソ邸の構造を見たところ、管を通している進路上に人の部屋がある。おそらくこれは冬の暖房を兼ねているのではないか?」
「あ。……そうだ。そうだな。暖炉のある部屋は限られる。貯湯槽のある場所や、その周辺は暖かいのだ」
「最初にこれを考えたのが領主だとすれば、己の部屋だけでなく館全体の者を考慮に入れた、よき領主だったのだろうな」
―――そうなるな。寒さの厳しい冬でも、なるべく皆のいる場所が温かくなるようにと、そう考えてわざわざ人の多い場所を選んでお湯の道を通したのだ。
皮肉にもそれが、浴室からの声漏れ問題に繋がってしまったわけだけれど。
そんなん気にしているのはおまえだけだと言われたらぐうの音も出ないんですが!
「湯の管を通すための空間内で反響し、増幅された音が余計に伝わりやすくなっているようだ。のちの修繕を考慮すれば、完全に埋め込まないほうがいいのも確かだろう。だが改善方法はある。ここにまとめてあるが、実行する場合は家人とよくよく相談しておけ」
言いながら、レムレス殿は設計図とは別に、文字や図をびっしり書き込んだ紙を渡してきた。
彼がそれを書く時、ペン先を走らせていない部分にまで文字が浮かんでいたのは見間違いではないだろう。どうも念写っぽい魔法と併用し、これほど速く書き上げたようだ。
その技術も欲しい……いや、贅沢に要求ばかり積み上げてはいかん。
異世界の自動翻訳とやらが働いているのか、知らない言語で書かれているのに、意味が頭に浮かんでくる。
これは建築士に見せる時、重々口止めをしなければ。こちらの言葉に直して書き写してもらい、原本はもったいないけれど処分するしかないだろう。
……いや、ニコラが戻ったらあいつに見せるか。あいつに記憶して書き写してもらうのが、一番確実で信用できる。
ところで、俺の頭では内容がちょっと把握しきれなかったので、傍にいたアレッシオにもその紙を見せて尋ねた。
「アレッシオ。仮定の話だが、仮にこの工事を行う場合、費用はどのぐらいになりそうかわかるか?」
「ざっとした計算になりますが……あなたの別荘が、あと三軒ほどは建てられそうな額になるかと」
新しく買うよりも、修理費のほうが高くなるやつだね。
これはすぐには無理だな……。
顔を突き合わせてヒソヒソしている俺達に構わず、レムレス殿はさらに別の紙を渡してきた。
「それから、浴槽へ湯をためるのにあの手押しポンプは使わん」
彼は、蛇口を設計していた。
蛇口である。
『俺』の知っているやつと形は違うけれど、ひねったら水やお湯が出てくるあれだ。
樹脂で作るパッキンみたいな部品も描かれているんだが。
気のせいかな?
と思ったけれど、平面図ではなく立面図を見てみたら、タンクの位置が明らかに風呂場よりも高い位置に設けられている。
俺の頭に、マンションの屋上にある貯水槽から、下の階へ自然に水が下りてくる仕組みが浮かんだ。
……この世界、こういう蛇口って存在したっけ?
見かけた覚えないなあ。
アレッシオもその図面を見て沈黙している。随所に書かれている説明で、これがどういうものかはすぐにわかるからな。
…………。
まあいっか。
「いいのかよ」
おっと、久々に子猫ツッコミをビシッといただきました。
子猫を抱っこしているユウマ殿が、俺と子猫を不思議そうに見比べ、レムレス殿も怪訝そうな顔をしていた。
彼らは俺達の気配を読めても、やっぱり心を読めるわけじゃないんだな。改めてそれが知れたので少しホッとした。
俺は当主らしく堂々と、「構わん」と自信を込めて頷いた。
「我が別荘内にのみとどめ、世に出さなければいいだけだ。なに、いつか遠い未来に『ロッソ侯爵邸見学旅行』などが催され、一般客の目に触れることがあったとしても、その頃には時効だ」
「おまえニャ……」
「あなたね……閣下。申し上げたいことはいろいろありますが、貴族の邸宅の見学旅行などできるわけがないでしょう。そもそも何の意味があってするのですか、その旅行は」
おっと、アレッシオからもツッコミをいただきました。
数百年後にこの館が今のまま残っていれば、この館そのものが立派な観光スポットになると思うぞ~と言っても、彼には理解しがたいだろうな。
しかしそこで、明るい声が挟まれた。
「僕はそういうの、あると思いますよ!」
ユウマ殿の言葉に、アレッシオとレムレス殿が同時に「え?」という顔を向ける。
レムレス殿もアレッシオ寄りの意見なんだな。
ユウマ殿は気にせず、笑顔で続けた。
「遺跡巡りってロマンを感じてドキドキしません? 数百年後かいつかはわかりませんけど、もしこの時代の建物が今の姿のまま残っていたら、当時の貴族のお館を見学してみたい人が大勢いるんじゃないかな。それで、一人につきいくらと入場料をもらったりして」
おお、さっすが~ユウマ殿!
話わかる~!
「私もそのような未来があるのではないかと思うのだ。むろん見学できる範囲は限定し、希望者が多ければ時間制限をもうけたりな」
「そうそう! それに、建物の一部を改修して旅行客用の宿にしたりとか」
あるある! 当時の城や貴族の館をホテルに改修すんの!
ほんとユウマ殿、話が通じるな~!
……ん?
なんか、通じ過ぎじゃない……?
ユウマ殿の手の中で、子猫の瞳が何やらキラリと光った気がする。
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