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巡る世界
35. 消えた故郷の正体
しおりを挟む僕は一度集中し始めたら、ほかのことがまったく何もできなくなるたちなので、先にコーヒーを淹れておくことにした。さっきコンビニで買って来た砂糖も入れて、カップから漂う香ばしさに瞼を閉じる。
「ん、美味しい。……どうやって撮るかな?」
充電中だった携帯を手に取り、代わりに飲みかけのカップを置く。
それからゲーミングチェアに座った。普通の椅子も買ったことがあるんだけれど、身体のフィット感が全然違っていて、結局すぐこっちに座っちゃうんだよな。
「適当でいいか」
カメラをズームし、左手薬指に合わせてパシャリ。
――そう。これを探すんだよ。吉野さんの言葉が引っかかっていたんだ。どこかで見たと。
あの家族連れで思い出したのは、画像検索の機能だ。撮影した画像を検索にかければ、類似点のある画像を探し出してくれる機能があるんだよ。
僕はいつも文字の直接入力か音声入力で検索しているから、この機能の存在をすっかり忘れていた。
注意点としては、自分の姿が映り込んでいないかよく確認すること。何の画像が検索されているのか、他人が履歴を辿れてしまうから、ただの文字よりもリスクが大きい。
「にしても、これもう晒せないな。……手袋でも買おう」
いや、包帯を巻くのでもいいか。ぐるぐる巻きに。
だってトリミングで余分な画像を消去して、なおかつ石やリングの反射を抑える加工をしても、できる人は完全に元画像へ修正できてしまうからな。だから僕はこの機能を積極的に使う気になれないんだ。気にしない人はガンガン使うみたいだけどさ。
ハァ、と溜め息をついて、検索ボタンを押した。
そして僕は、この機能を滅多に使わない理由その二を思い出した。
「げ。何この量」
まったく関係のない画像まで大量に引っかかって出てきた。とにかくほんの少しでも似ているところがあれば、片っ端から拾われてしまう。これなんて色が全然違うじゃんよ。リングの形も違うし。
店舗のサイトから個人サイトまで区別なく、世の中にこれほど指輪があったのかと感心するぐらい、ズラリと画像が並んでいた。指輪単体の画像だけでなく、指輪をはめた俳優やモデルの画像も大量にある。
「絞り込み検索は……あ、できるんだ。こっちは文字入力か」
絞り込み条件に、『ゲーム』『イラスト』『CG』を追加。これで無関係な広告や投稿写真は除かれるはずだ。
「よし、だいぶ減ったな!」
それでもびっしりと画像が並んでいる。画面の大きい携帯にしておいてよかったと思うのはこういう時だ。もしVRゴーグルに検索機能があれば爆速で探せたんだろうけど、まだ技術的にクリアできない点がたくさんあるらしい。
スクロールしながら、似た画像がないかをひたすら探して画面とにらめっこ。だんだん疲れて目がしょぼしょぼしてきた。残りのコーヒーも飲み干してさらに数分、やっぱり見つからないかなと思い始めた頃。
「…………あった。本当にあった」
リングも石も、そっくりな色、そっくりな形。自分の指にあるそれと何度も見比べた。
そっくりどころか、完全に同じデザインじゃないか。
指が震えそうになりながら、その画像のURLをコピーして、サイトを検索する。表示されたのは、とあるゲームの攻略サイトだった。
「『ロード・オブ・ダークネス』――なんで? 以前探した時は何も見つからなかったのに」
ダイブ型ゲームの黎明期に突然配信停止になり、ゴーストによって消滅したゲーム。
何年か前に興味が湧き、このゲームの攻略情報を探してみたことがあったけれど、どんな単語で探してもまるでヒットしなかったのだ。
販売終了したゲームは攻略サイトの利用者が減るから、どんどん閉鎖されたり別のゲーム情報に書き換えられたりする。見つかるのは都市伝説サイトみたいな、怪しげなところばかりだった。
その都市伝説サイト中には、『あのゲームが終了した原因はサイバー攻撃ではなく、ラスボスを倒した瞬間にゲーム世界が消滅したからだ。そこから戻れなかった一部プレイヤーも魂が消滅してしまい、こちらの世界で肉体が消滅するのを友人や身内が目撃した』……なんてものもあったな。
今となっては笑って読めないそのサイトも、後日削除されていた。
「どうして今回は見つけられたんだろう。画像には検索よけを設定していなかったから、とかかな」
……それとも、この指輪をしているから?
攻略サイトの最終更新日は、およそ十年前。このゲームが配信停止になった日付だ。都市伝説サイトにでかでかと日付が書かれていたから憶えている。
閲覧した者が自由に書き込めるコメント欄があり、一番新しいコメントもやはりその日だ。
過去のコメントを遡って読むと、気になることが書かれていた。
「『メインキャラや背景、クエストストーリーに至るまで、実は全部システムに作らせているという噂がある』……」
自動生成によるプログラムや画像の使用は、何十パーセント以下に抑えなければいけないといった規定がある。ところがこのゲームを作ったメビウスJエンターテイメントは、百パーセント近くをAIに作らせ、人の手をかけているのはごくわずかな調整部分しかないというのだ。
そのコメントを書いた者もただの噂と言っているし、信憑性は薄いんだろうけど、事実ならやばいよな。一部デザインを委託したことになっている相手が、実は実体のないゴースト企業とか……。
この会社自体、どうやら黒い噂が絶えなかったみたいで、ほかにもいろいろ書かれている。実はこれはゲームと見せかけた本物の異世界で、メビウスのトップは邪神と契約したとかなんとか、そんなものまで。
ほのぼのとしてシンプルな『巡る世界の創生記』とは逆に、『ロード・オブ・ダークネス』は殺伐要素をふんだんに盛り込み、あらゆるシステムが複雑なダークファンタジーだった。だからこういった、どことなく仄暗い憶測を呼ぶ面もあったんだろうな。この攻略サイトの背景が黒いのは、ゲームのイメージに合わせたからだろう。
プレイヤーがプレイヤーを殺してアイテムを奪うことなどが普通にあり、そのために侵入防止魔法なども充実していたらしい。
「侵入防止魔法……ウォルが使えたよな」
魔法の項目を調べた。――神聖魔法がある。
衣類や身体を綺麗にする浄化魔法もあった。『泥や血飛沫のエフェクトがあり、装備に汚れがつくので定期的にかける必要がある』だってさ。嫌な方向でリアルなゲームだったんだな。
ウォルも何度も僕にかけてくれた。だからお風呂に入る必要がなかったのはいいけれど、あの世界、もしお風呂があるんなら一度は入ってみたいかもしれない。今度彼に会ったら訊いてみよう。
それから、誓いの神言。聖石のついた特定のアクセサリーにその魔法をかければ、伴侶と定めた相手に贈るアイテムになる。
そのうち『聖石の指輪』は、あるキャラクターの固定アイテムだった。
「この指輪だ……」
僕の目はその画像に釘付けになった。似ているとか一部が同じとか、そんな次元じゃない。
同じ指輪だった。
「持ち主は……『ウォルフリック・デューラー』……」
同じ指輪。同じ魔法。同じ名前。
ここに彼の名があるなんて。
僕はキャラクター紹介のリンクをひらいた。
「……ウォルだ」
彼だ。間違うもんか。
黒っぽく見える紺色の髪は、陽射しに透けると青い。
瞳は一番濃い空の青。
端正な顔立ちは無表情だと怖いけれど、僕を見る時は甘くゆるむ。
この紹介欄にある彼の頭に、狼の耳はないけれど。
『巡る世界の創生記』じゃない。
彼は、このゲームのキャラクターだった。
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