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巡る世界
36. 歪められた設定
しおりを挟む高村はウォルフリック・デューラーの正体について、手がかりがないと答えたはず。彼の報告を目にした上の人間が何人いるかは知らないけれど、その人達もこのゲームにウォルの名があったことを知らないのだろう。
僕自身、彼が別のゲームのキャラだったなんて思いもしなかった。昔のゲームに詳しい人なら知っていたとしても、漏洩にあたるからどのみち質問なんてできないんだよな。ウォルのフルネームはテストプレイ中に知り得た情報だから、人に訊いたら完全アウトだよ。
目立つフォントでそのキャラクターを簡潔に説明している文を読み、僕の眉根が寄っていく。
「どのストーリーに登場しても、死が確定している裏切りの聖騎士……」
彼はいわゆるサポートキャラだった。一定の条件を満たしたプレイヤーが、希少なアイテムやスキルを手に入れるために挑むクエストストーリーのいくつかで登場し、クリアするまでパーティーに加わって、ともに戦ってくれるのだそうだ。
強力な神聖魔法と、左手に大剣、右手に短剣というスタイルで戦闘を行う、とんでもなく頼もしくて強いキャラだったらしい。
ところが、クエスト完了後には必ず死んでしまう。さまざまなクエストで現われては死を迎えるので、彼は既にこの世の人ではなく英霊のようなものではないかと、サイト利用者はさまざまな考察を書き込んでいた。
その中で、特に目を引くコメントがあった。
『たまたま生成されたキャラが強過ぎて、ゲームバランスが崩れかねないと、運営はデューラーを必ず死なせる後付けの設定をした』
僕の眉根がさらに寄った。やけに断定口調だ。このコメント、実はメビウスの実態を知っている関係者じゃないか?
強過ぎるのがダメなら能力値を抑えればいいじゃないか、登場は限定的なのに死なせる意味がわからない、と指摘する書き込みにも、この人物はすぐ応えている。
『調整の手間もかからない上に、そのほうが刺激的だったからだ』
ぐっと喉が詰まった。まさにそんな理由でそんな設定を考えそうな人間と、今日も画面越しに話したな。
堰き止められた息を吐くために、言葉を絞り出した。
「あんまりだよな、それ。そのためだけに、毎回用済みとばかりに死なされていたわけか?」
彼の二つ名に『裏切り』とついているのは、彼が邪神を信仰する騎士であり、すべての人々を裏切っているという意味らしい。その邪神というのが、このゲームにおける最終ボスだった。
モンスター紹介欄に、そのラスボスの項目もある。ひらいてみれば、首から上は人型に近く、こめかみからドラゴンのような角が生え、身体はさまざまな獣を融合させたキメラのような姿だった。
背景は赤と黒がドロドロと不気味に渦巻いて、いかにも地獄か地下神殿といった場所にいる。単体の画像だけではわかりにくいけれど、大きさも数十メートルはあるそうだ。
『巡る世界の創生記』で獣人に慣れ親しんでいる身としては、なんとなく獣人の神様に見えなくもない。髪の毛が長いと思ったら、首の後ろから背中まで生えているたてがみだった。
もちろん邪神だから恐ろしいは恐ろしいんだけれど、それよりも何よりも手触りが気になってしまう。ツヤツヤなのだろうか、サラサラなのだろうか……。
その邪神が、この裏切りや死の渦巻く『ロード・オブ・ダークネス』の世界そのものを生み出した創造神、という設定だった。
プレイヤー達は最終的に、力を合わせてこのラスボスに挑むことになる。その最終決戦に至るストーリーで、ウォルフリック・デューラーも再び現れ、サポート戦闘員として同行していたようだ。
「おかしいじゃないか、それ? 邪神の信徒なんだろう?」
なのに、いろんなクエストストーリーでもプレイヤーの味方をしてあげている。そのうえ自分の信仰する神を倒すための決戦にまで力を貸してあげるなんて、それのどこが『人類の裏切者』なんだと首を傾げるしかない。
これについても、例の関係者と思しき人物が書き込んでいた。
『キャラクター生成システムは、聖騎士デューラーを神を守る存在として造った。さまざまなクエストで登場するのも、創造神の正しい姿を広めるのが目的だった。しかし運営はそのストーリーを破棄し、神の姿も歪めてしまった』
『〝かつて創造神は正しく神だったが、欲望を是とする人々によって邪神に堕とされたのだと、最終決戦ののちに判明する〟――と運営は書き直した』
『最終決戦で彼がサポートに加わる予定も本当はなかった。運営は劇的な展開を欲し、〝邪神と化した哀れな神を葬ることで解放したい〟という理由付けをして彼を参加させた。プレイヤー人気の高いデューラーを入れて盛り上げる意図もあった』
――そして邪神を倒した後はもちろん、いつものように彼のことも消滅させる予定だった……。
作り話なのか、事実なのか。このコメントには、妄想お疲れさん、といった冷めた返信も付いていた。
以前の僕なら、返信を書いた人の側に回っていただろうな。
数多あるゲーム会社を冒険者風にランク付けすると、フィサリス・プロジェクトはAかSランクだ。
メビウスも昔はそのぐらいだったらしいけれど、今はBランクぐらいに転落している。これについては、最初のあのゲームの失敗が尾を引いているともっぱらの噂だった。
それ以外にも、エンドクレジットに実在しないクリエイター名を入れていたのが発覚し、家宅捜索が行われたりと、そういうネガティブなニュースを見かけたこともある。なりふり構わない会社なんだな、という印象が僕の中では強くなり、自然とあの会社の提供するゲームは避けるようになった。
同じように感じる者はいるだろうから、メビウスはどんどん顧客を失っているんじゃないのかな。
僕は攻略サイトの隅々まで目を通した。正直、ウォルと神聖魔法の項目以外は憶えなくても良さそうだ。
このゲームのシステムは複雑を通り越して雑多な印象しかなく、現実に落とし込みようがない。あの『巡る世界』では、これらは存在できないだろうなと普通に思った。
町やダンジョン、設備にも目を通したけれど、やはりあの世界に存在しているところが想像できない。世界観が違い過ぎる。もしあったとしても、同じなのは外側だけで、中身はまるで別物になっているんじゃないか。
それ以前に、ウォルは言っていた。『そこはもう消えてしまった』と。
だからここにあるものは、ウォルとこの指輪を除いて、きっともうどこにもない。
「……これをどう報告しよう」
ウォルが本来はこのゲーム世界に存在していたキャラクターで、どうしてか彼だけが『巡る世界の創生記』に移ってきたのだと、正直に報告していいものだろうか?
移ったのは本当に彼だけなのかもわからない。
そもそも、どうやってこのサイトを見つけ出したんだと訊かれたら答えようがなかった。
今あの世界では管理画面が開かなくなっているから、撮影機能も何も使えない。たとえ使えたとしても、ゴーストやその身の回りの品は写せないのに、彼の指輪をどうやって撮影したんだという話になる。
「後で考えよう……」
とりあえず、その攻略サイトをブックマークして画面を閉じた。
ダイブの後にコンビニへ砂糖を買いに行き、帰ってからはずっと瞬きも忘れるほどこれに集中していたせいで、目と頭が疲れ切っていた。
食欲が湧かず、シャワーを浴びてガチゴチに固まった身体をほぐし、水を飲んですぐベッドに飛び込んだ。
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