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巡る世界
37. 急転直下
しおりを挟むまだ時間はあると思っていても、訪れる時は一気に訪れる。それも、何の前触れもなく。
《急な話で悪いね。調査はもう終わったから》
翌朝、高村は気のせいかいつもより明るめの声で告げた。
何を言っているんだろうこの人。前々から理解できない人だと思っていたけれど、今日は格別に意味不明だ。
「どういうことです? 僕、何かしましたか」
僕の表情と声は、反対にズンと暗くなる。
高村はいつものごとく、まるで気にせず答えた。
《あんまり成果がなかったからね。続けても意味ないだろうからやめようっていう話になったんだ》
成果がないと思われたのはあんたのせいだろうが。口から出そうな罵倒を呑み込んだ。
こういうタイプは、自分に原因があるなんて思っていないし、指摘されても認めない。
それよりも、こいつのペースに合わせてやったほうが有益な情報を引き出せる。
何事もない顔をしろ。訊けるだけ訊き出せ。
「それは残念です。新作ゲームでも開始するんですか?」
《うん、まあね。そのほうがいいだろうってさ。これ、まだ公表してないから人に喋ったらダメだよ》
「もちろんです。だけどせっかく高村さんが何日も続けたのに、高村さんがたいした成果を出せないって言われてやめるの、勿体なくないですか?」
持ち上げてやれば案の定、CMに起用されそうな爽やかな笑顔の中に、どこか得意げな色が滲んだ。
自分のやった『すごいこと』を自慢したい子供、そんな笑顔に見えた。
《まあね。今までの分だけじゃさすがに少ないから、最後に一個だけデータ取るつもりなんだ。あのゲームにマナスポットってあるでしょ》
「迷宮の外へたまに出現する魔力の溜まり場のことですね。そこから普段はいるはずのないモンスターが出て来るっていう……」
《そうそれ。それをね、ネーベルハイムの近くに出現させて、結果を観察してみることにしたんだ。市内はもう全然いじれなくなってるけど、平原のフィールドだったら設定できたからさ》
「へえ……もしかして、出るモンスターも指定できるんですか?」
《当たり。ゴーストはハイランクの冒険者なんでしょ? だから『森の迷宮』のボスモンスターが出現するように設定したんだ》
……なんてことを。この野郎。迷宮ボスって。
《時間加速も解除したから、誰かがダイブしたら外からも観られるようにしてある。後のことはこっちでやるんで、向坂くんはもう気にしなくていいよ》
「僕がダイブしなくてもいいんですか?」
《うん。きみ用に登録してた社用アカウントはもう削除したから》
削除したから。削除したから……?
つまり、『レン』も消えた。こんなに呆気なく。僕の知らないところで、勝手に。
あんたの兎なんてとっくに死んじゃったわよ、と呆れた母親の声が頭の中に反響した。
僕は携帯を持つ左手へ無意識に力をこめ――カチリと微かな音がして、それが僕の沸騰しそうな頭を瞬時に冷ましてくれた。
消えていない。あのアカウントが消されても、証はここにある。
つまり僕はまだあの世界から、死んだとは見做されていない。
「……だけど迷宮ボスって、Sランクですよね? 誰がダイブするんですか?」
《まあそのへんはこっちのことだから。それにその人も離れて観戦するだけだから大丈夫だよ、戦闘はそのデューラーっていうゴーストに任せるし。そいつ実力はSランクなんでしょ? 全力を出してる時の様子を見たいってさ》
見たいってさ? つまりそれ自体は、高村の思い付きだけでやるわけじゃないのか。
「上の方にそう指示されたんですか?」
《んー、まあ、そんなとこかな?》
「観察をするにはそこそこ近付かないといけませんよね? Sランクの攻撃範囲は広いから、慣れたプレイヤーじゃないとすぐ食らいますよ」
《ギリギリ距離あけてれば大丈夫でしょ。ボスっていってもラスボスじゃないんだから》
「ラスボスじゃない……?」
僕は眉を顰めた。高村は「あっ」と口を押さえ、しまったなぁと言いたげな顔で頭を軽く掻いた。
「……高村さん。『巡る世界の創生記』に、ラスボスがいるんですか?」
ほのぼの路線の世界だから、邪神だの魔王だの、そういうのは設定しないんじゃなかったのか。
ハッキリ確かめたわけでもないから、僕の勝手な思い込みと言われればそれまでだけれど。
《ま、どうせ全部消すんだし言ってもいいかな。――ラスボス、僕が作ったんだよ》
「作った?」
《ほのぼの世界なんて、そればっかりじゃそのうち飽きられるし、なんかスパイスあったほうが受けるじゃん。で、まあ、提案したら採用されたんだ》
「初耳です」
《公表前にこんなことになっちゃってさぁ。踏んだり蹴ったりだよ》
「ちなみに、実装するのはいつ頃からですか?」
《最初からだよ。大物は直前に設定すると想定通りに動かないリスク高いから、動作確認もかねて早めに用意しとくんだってさ。登録者がもう少し増えて、新しいマップを追加することになったタイミングで『実は……』っていうのを予定してたんだけどね》
つまり僕が配信前のテストプレイを開始し、ウォルがあの世界に現われた時点で、既に居た。
――直感があった。根拠はない。
でも、ウォルがどうしてあの世界から移って来たのか。もし彼以外にも移って来た者がいたとすれば、それは。
「高村さん。ラスボスの様子、見るだけなら見れますよね。どうなっているか見てもらえませんか、今すぐに」
《ん? なんで? 別に異常はなかったよ》
「自分の目で確かめてみました? システムのチェック項目にペケを入れただけじゃありませんか?」
高村は少し不満そうな顔になった。図星なのだろう。
監視システムで追えないゴーストがいるというのに、彼は自分の目では何ひとつ確認していない。
《そういうの今関係ないよね?》
「あるから言っているんです。この際だから言わせてもらいますが、以前から僕が話していることは、あんたが思ってるほど無関係のことじゃないんですよ。なんでもかんでも『関係ないよね』とか『そういうのはいいから』とか、あんた個人の薄っぺらい気分と独断で決めつけないでください!」
とうとう言ってやった。他人に向けてこんな大声を出したのは久しぶりだ。久しぶりだから、ちょっと抑え気味の怒鳴り声になっちゃったけどね。
これで給料ゼロになったって構うもんか!
《…………》
良く言えば常に爽やか、悪く言えば始終ヘラヘラしていた高村は、ハッキリわかるほどに顔をしかめた。
まさか僕からこんな風に怒りをぶつけられるとは思ってもみなかったんだろうな。前のテスターと違って、僕はずっと大人しくて従順だったから。
《なんだよ、ったく……》
高村はぶちぶち言いながら、それでも手元で何かを操作していた。やっぱりこいつはかなり若い。年齢が若いだけじゃなく、精神的に未熟だ。同僚でもない相手へ、消音すら使わず、平気で愚痴を駄々洩れにするんだから。
真剣にバンドやりたいけれど、ボーカルトレーニングはダサいから受けない。レッスン受けなくても歌える俺カッコイイ。そんな学生時代の精神レベルから、微塵も成長していないのだ。
《……は? なんだこれ》
高村が目を丸くした。
「高村さん。何がありました?」
《あ、あー……それは……》
「こっちにも見せてくれませんか」
《いや、それは、でも……なんでこんな…………ん?》
こんな時に、誰かから高村へコールが入ったようだ。音は聞こえないけれど、僕のほうからはコールマークだけが見える。
高村は急に焦り始めた。
《ごめんね向坂くん、急用入っちゃってさ、もう時間ないんだ。お給料は来月振り込まれるから確認しておいてね。それじゃあ》
「ちょっ――」
止める間もなく、一方的に切電されてしまった。そして高村の名前の下に『不在』の文字が。
「あの野郎! 言いたいことだけ言って切りやがって! だからさっき何が見え――……あれ?」
コール音が鳴った。一瞬、高村がまたかけてきたのかと思ったが、違った。
ピコピコ動く受話器マークの近くに表示された名前は、『吉野』。
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