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新たな兎の始動
60. ダメ兎の経験に基く予測
しおりを挟む「俺は二年前、ガリオンと組んで冒険者のノウハウを教わったんだ。あれで奴は教え方が巧くてな、馴染むのにだいたい半年ぐらいで済んで、その後順調にAランクに達した」
「へぇ~。ガリオンさんて、あの獅子族の?」
「そいつだ。ロルフやイヴォニーに会ったのもその頃でな。最初はソロで考えていたんだが、ギルド長に『有望だが危なっかしい』と言われていた新米冒険者の面倒を任せられた」
「さすがキーファーさん! ウォルは仲間がいたほうが能力発揮できるタイプだよ。あの二人もソロよりパーティー活動に向いてるタイプだから、ウォルとの組み合わせはすごくいいバランスに見える」
「そうか?」
「そうだよ」
お喋りを楽しみながら美味しく朝林檎を食べ終え、残った黄金の皮は『収納空間』に片付けた。皮の厚みは一センチぐらいあり、さすがにそれは食べられない。
この皮は魔力を帯びやすい特殊な黄金で、実の形が崩れた今は衝撃耐性がなくなり、硬さも普通の黄金並みになっている。けれど一般的な金よりも稀少で価値が高いから、このまま魔道具の素材として持っておくか、後日ギルドに買い取ってもらおう。
「今日もギルドに行く?」
「ああ。あいつらと合流して依頼をチェックしようと思うが、どこか行きたいところでもあるか?」
「足りない家具を買いに行きたい。でもギルドの後、時間があればでいいよ」
「わかった。じゃあ、後で見に行こう」
「うん」
僕はふとハンガーラックへ目をやり、もとから持っていたローブと、ウォルに買ってもらったマントのどちらにするか少しだけ迷ってから、マントのほうを肩にかけた。
「に、似合う?」
訊いてみて、何をやってるんだ僕はと自分の頭を殴りたくなった。これってもしかしなくても、バカップルの定番じゃないか?
「すげぇ似合う」
速攻で甘く微笑まれ、ものすごく居たたまれくなった。
耳をぱたぱた振って顔に集中しそうな熱を払い、これまた新しくプレゼントされたボディバッグを身につけた。
「さ、行こ――んっ?」
振り向いたらいきなり腰を抱かれ、深めのキスをされてしまった。
腰へやばい感覚が走りそうになった瞬間、すぐに口は離されたけれど、その代わりに唇をペロリと舐められた。
「行こうか」
「……っっ」
ううう~、甘いよ~っ!
朝っぱらから、自分で自分にダメージを与えてしまった……。
当然のように恋人繋ぎをされた手を睨みつつ、鍵をかけずに宿を出た。ウォルの侵入防止魔法があるから、かけなくてもいいのだ。
この世界にはもともと存在しなかった魔法だし、かけている瞬間を見たら「これは強そう」と感じたから、鍵よりも強力なのは間違いない。
それにしても、今朝もまた誰にも会わなかったな。全室埋まっているはずなのに、ここでもほかの住民と顔を合わせたことが一度もない。
不思議だけど、ただの偶然だろう。真相は突き止めなくてもいい。肉食獣人の間で、僕は危険物兎扱いされているなんて、まさかそんなことはないよきっと。この狼族が僕に付けた威嚇臭がどれだけ強力なのかというのも、別に知らなくてもいいことだ。
「そういえば、ウォルは適性があると判断されたんだろうけど、ほかの冒険者はやっぱり生活のためとか、一獲千金を夢見て始める者が多いのかな?」
「よくそういう話は聞くな。特に一獲千金は誰もが夢見るものらしい。俺はよくわからん」
やっぱりそうなんだな。
だけど身も蓋もないことを言ってしまえば、僕は――『ロートス・クライン』は、その千金を既に何度も手に入れてしまっている。
ゲーム時代に稼いだお金はそのまま残っていて、口座には一生豪遊しても困らないぐらいの額があった。
ウォルにしても、これまでの貯金に加え、黄金鹿の枝角を売却すれば、一生とまでは言わずともしばらく遊んで暮らせるだろう。
けれど僕らの間では、そういう提案はどちらからも出なかった。
ウォルは以前聖騎士だったことから、元来勤勉で、遊び暮らすという選択肢がそもそも頭にないのだと思う。
加えて、ロルフやイヴォニーのこともあった。一度面倒を見ると決めたあの二人を、彼が中途半端に放り出すわけがない。
そして僕の動機、なんだけど。
僕はハッキリ言って、誘惑に弱いし心も弱い。怠けられる環境がそこにあれば、遠慮なく怠けたい。
なのに迷わず冒険者として仕事をする気になっているのは、そうしないとSランクの強制依頼が舞い込みやすくなるからだ。
これはゲーム時代にあった仕組みだけれど、確実に今も存在するだろう。むしろ現実だからこそ、これは無くなっていないと断言できる。
配信停止になる直前、『巡る世界の創生記』におけるSランカーは僕だけじゃなかった。彼らの共通点として、そのランクに到達した途端、少ししたらみんな活動をやめてしまうんだ。
飽きてしまった、というのが一番多い理由だろう。
Aランクの中でも、ごくわずかな者だけが最上位に行ける。その段階でかなり高ランク・高報酬の依頼をいくつもこなしているから、口座にはたっぷりお金が貯まり、真新しい敵はおらず、手に入らないアイテムもほとんどなくなっている。
僕はその頃、レベルを上げるためだけに、ひたすら迷宮ボス狩りをしていた。――ボス以外に敵がいなくなってしまったからだ。
同じことを何度も繰り返すばかりで、次第にタイムアタックなんてやり始めたけれど、プレイヤーによってはそういう遊び方を苦痛に感じる。
だから面白くなくなって、次第に冒険者活動をやめてしまう人が多かったんだけれど、そうしたら今度は国からの指名依頼がどんどん舞い込むようになる。
面倒がってこれを何度も無視していたら、あっさりAランクに落とされてしまうんだ。
それが嫌で、ほとんどのプレイヤーは定期的にギルドの依頼をこなしていた。これは一部のユーザーからは作業ゲーと言われ、不評だった記憶がある。
だけどこうなってみれば、あれはすごく良い仕組みだったんだな。
たとえば同じぐらいの能力を持った人が二人いて、どちらかに仕事を頼みたいとなった時、手の空いているほうに頼むのはごく普通のことだ。
それにSランクに上げてやった途端に何もしなくなるのなら、Aランクのままにしておけばよかったって話になるのは当たり前じゃないか。
最高ランクの恩恵だけは享受しておきながら、それに見合った貢献を一切しなくなるなんて、普通に考えたらダメだろう。
そういうわけで、胸を張って「今は忙しいから別の獣人に頼んでください」と断れるように、適度に忙しくしておきたい。それが僕の動機だ。
プラス、ひとつ無視できない懸念がある。
「ねえウォル。あの黄金鹿の討伐戦に参加していたハンター、何ランクだったかわかる?」
「ん? 俺とガリオンがAで、あとはほとんどがB、力自慢のCが少数だ。それがどうかしたのか?」
「ネーベルハイム市の高ランクハンターが、この後しばらく依頼受けなくなるよ。受ける必要がないから」
「そいつは……」
ウォルはハッとしたようだ。やっぱり、彼にはそういう発想があんまりなかったみたいだな。
滅多に出回らない迷宮ボスの素材は今回、多くの高ランク冒険者の懐を潤わせることだろう。
その結果、「しばらく遊んで暮らせるぜ!」とホクホク顔で休暇に入る者が続出し、冒険者ギルドは閑古鳥が鳴くことになる。
そうなる未来が目に見えるんだよ。
だって僕がまさに、あぶく銭が入れば使い果たすまで遊び暮らしたいタイプなんだから。
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