僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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新たな兎の始動

61. 自由獲得のためのバランス感覚

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 ギルドの建物へ入るなり、ロルフとイヴォニーが手を振ってくれたまではいいけれど、そこにはギルド長も一緒に待ち構えていた。

「おはよー」
「おっはよ~!」
「おう、来てくれたか! 助かるぜ!」

 僕はついウォルと顔を見合わせた。これはやっぱり、僕の予測が当たってしまったみたいだな。

「おはようございます、キーファーさん。今後の依頼についてのご相談ですか?」
「お、おう……さすがクライン、お見通しってか?」
「レンでいいですよ。――こうなるかなぁ、ってウォルともさっき話していたんですけれど、さっそく影響が出ていそうですか?」

 僕は閑散とした受付前を眺めながら尋ねた。
 稼ぐ冒険者は、案外みんな朝が早い。早朝に張り出される依頼が一番多いからだ。
 冒険者の依頼に関しては、残り物に福が巡ることなんて滅多にない。これは誰も隠してはいない基本情報で、こういうのを積極的に調べようとするかどうかでもランクに関わってくる。
 いつもならこの時間帯には、高ランクの獣人をそこそこ見かけるのに、今朝は初級装備の獣人をちらほらと見かけるだけだった。

「まぁ、ご覧の通りってやつでよ……」

 何の話? と不思議そうにしているロルフやイヴォニーとは真逆に、キーファーさんの苦笑いは深刻そうだ。

「ここで立ち話もなんだ、『黒熊亭』で話そうぜ。あんたらメシは?」
「俺とレンは食って来た」
「俺とイヴォニーはまだだぜ」

 僕とウォルはビールだけを頼むことにした。僕の味覚では、きめ細かな泡の多いまろやかなジンジャーエールだけれど、彼らにはどんな味なんだろうな。
 『黒熊亭』に行ってみると、こちらもいつもより閑散としていた。今回はキーファーさんもいるので、いつもの四角い四人テーブルではなく、もう少し大人数で座れる丸テーブルにつく。
 キーファーさんはビールを煽り、困り果てた顔で頭をかいた。

「俺もな、最初は『大物が来やがった!』つって浮かれまくってたんだけどな。ほかの職員と報酬額の話になった時に、こいつぁヤベえってなったんだよ」
「ほとんどのハンターは素材の買い取り希望、それが結構な額になったんですね?」
「おうよ……。あのデッカイ魔獣の一枚皮をそのまんま売ったって買い手がつかねぇから、そこそこの大きさに切り分けて売るんだけどよ。手もとに素材を持っときてぇ奴が何人いるかで、大きさや枚数が変わるだろ? だからそこんとこを最初に聴取しといて、これはまぁ全員買い取りっつうことで話は早くまとまったんだが」

 その冒険者が最低でもCランク、ほとんどがBランク以上の者ばかりと気付いて、キーファーさんは青くなったそうだ。

「出稼ぎに来ててな、引退して故郷の親の店を継ぐとか、家買ってヨメさんと一緒に住むとか、そーゆー奴がゴロゴロいんだよ……!」
「ああ~……それは、仕方ない、ですね……。趣味で冒険者をやっていたわけではないでしょうし……」

 頭を抱えるキーファーさんに、僕は乾いた笑みを向けることしかできなかった。
 一時的な活動休止じゃなく、引退か。遠くの町や村に家族を残して稼ぎに来ていたのなら、そりゃあまとまったお金が入ったから危ない仕事はやめて、家族みんなで暮らそうってなるよな。

「なるほど。あいつらにとっては、これも『千金』になるのか」

 ウォルが複雑そうな顔で独りごちた。彼もスムーズに高ランクになったから、お金に困る感覚って実はよくわからなかったんだろうね。
 稼いでいるのに質素な生活を続けてきたのは、贅沢に興味のない彼自身の性格のせいだ。僕に関しては散財させてしまっているけれど、ちゃんと実用的なものばかりだから無駄遣いではないしな。
 それにしても、出稼ぎ組か。真っ先に「しばらく遊び暮らすぜ!」が思い浮かんだダメ兎は、何を隠そうこの僕だよ。ははは。
 ――ん? もしかして、僕がダメ男に引っかかるタイプだったんじゃなく、逆なのか?
 真面目で堅実なウォルのほうが、僕というダメ兎に引っかかってしまった?
 ……。

「すまねぇな。んな顔するほどのこたぁねえぜ、って言えりゃよかったんだけどよ。実際、やべぇんだわ」

 口元を手で押さえて考え込んでいたら、キーファーさんに意味を誤解されてしまった。
 すみません、全然違うことを考えてました……なんて言えない。

「なあ、なんか問題でも起きてんのか?」
「何の話~?」
「ああごめん、二人そっちのけで話を進めてたね」

 軽く詫びながら、僕とウォルは交互に説明した。ネーベルハイム市の高ランクハンターが、今回『千金』を手にしたことでゴッソリと引退、または長期間の活動休止に入ってしまうことを。
 話し終えれば、イヴォニーが「ふぅん?」と首を傾げた。彼女にはいまいちピンとこなかったようだ。

「でもここの依頼って、ほとんどは『迷宮』がらみでしょ? 強い魔物の討伐が減って、何か困ることってあるの?」
「そりゃおまえ、儲けが減りまくってギルドが潰れちまうだろ」
「そーなの!?」
「そーだよ。そんで商人の売り物も少なくなって、ネーベルハイム市の全部が貧乏になっちまうんだぜ」

 ロルフ、やっぱり頭がいいな? 先輩冒険者の受け売りかもしれないけれど、ちゃんと理解して話している感じがするぞ。
 冒険者ギルドは獲物の買い取りと素材の売却、その差額によって収益を得ている。その一部でギルドが運営され、冒険者の割引制度なんかにも使われているから、それが立ち行かなくなると困るのは冒険者だ。
 そして真新しい素材が入らなくなれば商人に見放され、最終的にはネーベルハイム市全体が貧しくなってしまう。
 イヴォニーも決して鈍いわけじゃない。『迷宮』の魔物は、これまで低層にいたものがたまに外へ迷い出るぐらいだった。深層の魔物の討伐が滞ったところで、周辺の住民に被害が出るわけではないのだから、そんなに青い顔をするほどのことかな、って不思議に思ったのだろう。
 でも、違うんだ。

「おおむねロルフの言う通りだけど、ほかにもあるんだよ。迷宮内の魔物が減らなくなったら、外へ溢れ出すんだ」
「えぇっ、そーなの!?」
「マジかよ!?」
「そんなことがあるのか?」

 この二人はともかく、ウォルも知らなかったんだな。
 ダンジョンの存在するファンタジーゲームにおいて、これは珍しい現象ではなかった。ダンジョン内の魔物は、一定数に達したら増えなくなるゲームもある一方、放置していれば増え続けるゲームもあり、『巡る世界の創生記』では後者だった。

「『迷宮』は謎が多いけれど、例えるなら大きなエネルギーを持った生き物みたいなものなんだ。中にいる魔物を定期的に間引いていれば、それを回復させるのにエネルギーを使うから、一定以上増えることはない。でもずっと放っておいたら、エネルギーがどんどん溜まって、ある日いきなり爆発的に魔物が増えることがある。そうなると、深層にいる奴だって外に出て来るんだよ。それを防ぐために、討伐や採集を行う冒険者という職業ができて、その活動を支援するための相互補助組織として冒険者ギルドができたんだ」

 身も蓋もないことを言えば、これはただの設定でしかなかったんだけどね。
 いつだってプレイヤーが『迷宮』に潜っていたし、住民の数に偏りが出ないようシステムが調整していたから、こんな事態は起こり得なかったんだ。
 ここが新エリアへの通過点として作られ、結局未発展のまま放り出されてしまったために、有り得ないことが起きてしまっている。
 もっと言えば、迷宮ボスを外に出現させた奴のせいだな。本来ならAランクのハンターですら、簡単に挑めない特大の大物だったのに。

「さすがクライン――いや、レン。やっぱあんたは知ってたか」
「つうことは、今の話ってマジなんか? 別にレンを疑っちゃいねえけどよ」
「マジだぜ。レンがガセネタ掴まされたわけじゃねえよ。最近は知らねえ奴が増えてっけど、このギルドができた元々の理由がそれなんだぜ」
「うおぉ、そうなんか……」
「てことはぁ、ええと……つまり、なんにもしなかったら強い魔物がいっぱい外に出てきちゃうってことだよね? やばいじゃんそれぇ!?」
「だからやべえつってんだろ、嬢ちゃん」
「だってぇ、初めて聞いたもん!」

 イヴォニーに限らず、キーファーさん以外はみんな初耳だったようで、心底ビックリしているな。
 すぐに冷静になったのは、やはりウォルだ。

「要は俺らがせっせと仕事をしていれば、そうなるのは防げるってことか?」
「そうだね、いつもより増やしたほうがいいかも。僕は依頼に関してランク制限を設けられていないから、Bランクの依頼もガンガン受けられるよ」
「やってくれるか、ありがてぇ! それをおまえらに頼みたかったんだよ! 指名依頼すんのにも、頼める奴自体がごっそりいなくなっちまってよう」

 涙目で感謝されたタイミングで、女将さんが彼らの料理を運んできた。話の区切りがつくのを見計らっていたのかな。

「なあレン。仕事のランク制限がなくなるんだったら、俺もSランクに上がるべきか? 話を聞いた限り面倒そうに感じたから、あまり興味がなかったんだが」
「実際面倒だし、ウォルはやめといたほうがいいよ、絶対!」

 だってただのゲームだった時でさえ、一筋縄ではいかない依頼ばかりだったんだよ。いくら報酬が良くても、現実であれをやるもんじゃない。
 本気で止めたら、ウォルはパチリと目を瞬かせつつ、「わかった」と頷いてくれた。
 ――そうだ、今回のこれ、利用できるかも?
 憂いが晴れた表情でガフガフ肉料理を貪るギルド長に、僕の脳内でピコンと電球が光った。

「キーファーさん」
「んを? モグモグ……なんだ?」
「Sランクって、ちょくちょく国から指名依頼が来るんですよ。原則断れないんですが、今は緊急事態です。もし僕を指名した依頼や要請が来た場合、事情を説明して断っておいてもらえませんか?」
「おう、もちろんだぜ!」

 よし! これで面倒な強制依頼は回避できた!


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