僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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新婚兎と狼の日常

5. 食の誘惑

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 迷宮へ向かう時、時々僕らを乗せてくれるたぬき族の商人のおじさんがいる。でもあいにく彼は今、ほかの市へ稼ぎに行って不在だった。
 『森の迷宮』は比較的近く、僕らは徒歩でも充分に行ける。それなのにたびたびおじさんの荷馬車を利用させてもらうのは、捕まえた獲物を持ち帰る際に便利だからだ。

 僕はけっこう大きな『収納空間』持ちだから、本当なら大荷物を運ぶ心配なんてなくなったはずなんだけれど……しばらく黄金の実でぎっしり占められていたものだから、獲物を入れるスペースがなかったんだよね。
 なので、狸のおじさんのお世話になることが多かった。
 みんなごめん。

 そんな黄金の実も残念ながらすっかり食べ尽くし、多少大物でも余裕で仕舞えるようになった。
 受付でフォレストマッシュルームの討伐依頼を受け、さあ秋の味覚狩りといこう。
 僕とウォルとロルフは、『森の迷宮』までずっと走り続けていても持つけれど、イヴォニーの持久力はそこまでではない。だから今回は早歩きで進む。
 どのあたりの層で何が見つかるか、何を食べたいか、喋りながら行けば到着するのはあっという間だ。

 木々の葉は黄土色や黄色、赤っぽいものとさまざまで、いかにも秋の森という雰囲気になっていた。
 ゲームだった頃は、迷宮の手前まで来ると『〇〇の迷宮』という文字が表示されていたけれど、今はそんなものはない。
 純粋に僕らの嗅覚と勘で「ここは迷宮だ」とわかり、「奥へ進むと危険だ」と感じ取ることができるようになっている。
 勘にも個人差があるから、鈍い者は鋭い者と組むのが一般的だ。

「あれっ? ルビーベリーが前よりも増えてる?」
「この季節になるとそういうのも多めに生えてくるぞ。深層でも増えているはずだから、ここではあまり摘まんほうがいい」
「ん、わかった」

 ウォルの忠告に従い、ここで食べるのは我慢することにしよう。
 浅い層では何も狩らずにほぼ素通りし、僕らはどんどん深層を目指していった。
 ボスのねぐらまでは行かない。目的地の狩場はその手前だ。

 ごくたまにほかの冒険者を見かけることがあるものの、声はかけずに彼らのことも素通りする。
 僕らが話しかけることで、彼らの狙っている獲物を逃してしまうことがあるからだ。
 同業者を見かけた時は、なるべく声も足音も抑えて通るのがルール。
 それから、同業者の通りそうな場所には絶対に罠を設置しないこと。

 捕獲用の罠を無雑作に仕掛けたら、ほかの誰かにとって危ないことぐらい想像がつくと思っていたら、ギルドに登録してあまり日のない初心者が結構やるんだ。
 『森の迷宮』は広く、なんだか自分達しかいないような錯覚を起こしがちだけれど、単に鉢合わせないだけで常時何組もいる。特に低層から中層までは多い。
 けれど彼らは自分の依頼しか見えていなくて、そういうことにあまり頭が働かないらしい。

「よそから流れて来た初心者が増えたせいか、罠を仕掛ける奴が増えたな」

 ウォルが不愉快そうに呟き、ロルフとイヴォニーが「マジうざい」「ほんとほんと!」と頭をぶんぶん縦に振っている。
 ギルド職員もやるなって注意はしているのに、バレなきゃいいと思っているのか、聞き流す奴がいるんだよな。

「誰かが戦闘中に引っかかりでもしたら命にかかわる。途中で見つけたら、全部作動させていくぞ」
「わかった」
「おう」
「りょーかい!」

 僕らはそういうのにすぐ気付くし簡単に回避できるけれど、初心者は難しいだろう。
 ウォルはそれらの罠のにおいを覚え、帰ったらギルドに報告するそうだ。においの説明ができなくても、仕掛けた者に会えば一発でわかる。

 そんなこともありつつ、深層に進めば進むほど、同業者の気配は少なくなっていった。
 出現する魔物はより強力になり、獲得できるものの貴重さも増していく。
 しかし本日の僕らの仕事は、食材狩り。依頼だってそういう内容になっている。『持ち帰る部位は多ければ多いほどいい』だってさ。
 一部はウォル達のお腹におさまって、それ以外は全部ギルドへ買い取りに出すんだ。

 そしてやっと、該当の魔物のいそうな層にやって来たんだけれど。

「レン。ほら」

 ウォルが僕の顔の前に、そこらへんで詰んだらしい一本の植物を差し出してきた。
 頑丈そうな茎の先には、一粒が葡萄ぐらいの大きさの、とても綺麗な丸いが鈴生りになっている。
 色は多様で、琥珀色や赤褐色、黄色や水色、それらがグラデーションになっているもあった。
 丸くツヤツヤしているのに、内部はカットした宝石のように輝いている、不思議なそれ。
 
 すごく……すごくいい香りがする。
 美味しそう。

「トパーズベリーだ。綺麗にしてあるぞ」

 既にウォルが魔法をかけ、表面の汚れを全部取り除いてくれているようだ。
 遠慮なくいただきます。

 ぱくり――その瞬間、口の中にひろがる芳香といったら。
 トロピカルフルーツにメイプルシロップや蜂蜜をかけ、くどくない甘さに調整し、爽やかさを足したような……ほかに何と言ったらいいんだろう。
 とにかく、ものすごく美味しい!

 ウォルの手にあるトパーズベリーを夢中になってぱくぱくもぐもぐしていると、何やら彼は僕の頭上で耳をはむはむしていた。
 ちょっとウォル、僕の耳は食べ物じゃないんだけど?
 でもどうしよう、ダメだこれ、止まらない。

「レ~ン、デューラーぁ? 仲良しなのはいいけどさ、獲物がいたぞ~?」
「早いとこ捕まえないと逃げちゃうよ~?」
「――はッ!? ご、ごめんっ」

 慌ててウォルから飛び退ったら、ロルフ達の指差す方向に、巨大なマッシュルームがのこのこと逃げていくのが見えた。
 あれ、どうやって移動しているんだろう……。

「もぉ~っ、デューラーったらダメじゃん! カワイイから早く食べさせてあげたいって気持ちわかるけどさ、先に依頼やっとかないと時間いくらあっても足んないよ?」
「……悪い」

 ぷりぷり怒るイヴォニー。これはウォルの分が悪い。
 というか、美味しそうなものがあったらすぐに食いつく僕も悪いな。
 説教されているのは僕じゃないのに、恥ずかしくて耳がぺしょりとなった。


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