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新婚兎と狼の日常
6. 基本は大事にしないとろくなことにならない
しおりを挟むウォルの背より高い巨大マッシュルームは、逃げると見せかけて突進攻撃をしてきた。
足もないのにどうやって動いているんだろう、あれ。
しかもたまに軽くジャンプもしている。ボールみたいに弾みをつけて、「ぴょん、ぴょん、ばいん!」みたいに飛ぶんだけれど、初見の冒険者はさぞビックリさせられることだろう。
この世界にはだいぶ慣れたけど、まだまだ不思議な生き物がいっぱいいるなぁ。
「拘束」
「ピギィッ!?」
動きを止めるために魔法で拘束したら、キノコの内側から妙に甲高い悲鳴が聞こえた。
……口もないのにどうやって叫ぶんだろう。
ちなみに僕は呪文を唱えずとも魔法を使える。なのにあえて口に出しているのは、格好をつけたいからじゃなく、単純に自分がイメージをしやすいからだ。
それと、僕が何の魔法を使っているのか、仲間に知らせる合図の意味もある。
ジャンプに失敗してドシンと転んだマッシュルームに、数本の矢が突き刺さる。
イヴォニーの矢だ。
そのうちの一本がマッシュルームの弱点である体内の核を貫いたようで、「キュゥ……」と気の抜けた声を発して動かなくなった。
「まだ二匹いるぜ。レン、頼む!」
ロルフが別のマッシュルームを見つけ、それらを刺激し、追いかけられるふりをしながら誘導して来た。
僕がロルフの背後の二匹にも拘束をかけると、彼はすぐにくるりと反転し、剣を深々と突き立てる。
イヴォニーよりも嗅覚のするどい犬族は、追われながらも核の位置を正確に探っていたようだ。こちらは一撃で仕留め、そしてもう一匹は……
綺麗にすっぱりと半分になっている。
ウォルの剣で両断されたのだ。
半分になって転がったその断面は、異様な大きさを除けば、あちらの世界のカレーに入っていたマッシュルームにそっくりである。
近くにほかの魔物の気配はなく、計三匹のフォレストマッシュルームの収獲、あっさりと依頼達成。
依頼では『何匹』という指定はなく、食材として多ければ多いほどいいというものだったから、一匹でも充分なぐらいだ。
「わぁ~、美味しそう!」
「だな。めっちゃいい香りだわ、こいつら」
「俺らで食う分と、買い取りに出す分を決めておけ。俺はどれでもいいぞ」
「りょーかい! でも迷うなぁ」
「イヴォニーの仕留めたヤツが一番うまそうじゃね?」
「そお? じゃあこれ、あたしらが食べる分にしよ!」
ほくほくと機嫌のよさそうな彼らの会話に、キノコ類を食べられない僕は「ふぅん、そうなんだ」と思いながら、それらを『収納空間』へ入れていく。
仕舞う時は触れて念じるだけでいいので便利だ。
依頼分はすぐに片付いたので、次は僕用の食材集めとなった。
深層なだけはあって、美味しくて貴重なトパーズベリーだけじゃなく、柿や梨、葡萄みたいな果物があちこちに見つかり、僕もほくほく。
そのうちの半分近くは、魔物から生えているやつだったけど。
なんだろう、甘い香りで僕みたいな草食獣人を誘う効果でもあるのかな?
とにかく、僕は食べ始めたら止まらなくなるから、ここで味見はせずにさっさと『収納空間』へ放り込んでいく。
巨大キノコ三匹分よりも、僕の収穫量のほうが下手をしたら多いな? というぐらいに一杯たまり、誰からともなくそろそろ帰ろうかと話し始めた頃。
僕の耳が複数名の足音を捉え、ひょこりと立った。
明らかに慌てた息遣い。
それらは勢いよく、こちらに接近してきている。
「ねえウォル。誰かこっちへ来てない?」
「来てるな。チッ……」
ウォルも気付いていて、不愉快そうに舌打ちをする。
ロルフもなんだか嫌そうな顔をしていた。
――明らかに同業者がいるとわかっていて、急いで駆けてくるということは、大概トラブルなんだよな。
魔物を背後にぞろぞろ引き連れている気配はないし、ウォルはひとまず待ってやることにしたようだ。
そして低木をガサガサと掻き分けて現れたのは、やはり同業の冒険者パーティだった。
真っ青になって呼吸は荒く、何かから急いで逃げて来たようだ。
けれど怪我はなく、状態異常もなかった。何があったのだろう。
「た、頼む! あんたら、アレを――」
「断る。レン、ロルフ、イヴォニー、帰るぞ」
「おう、了解っす!」
「りょうかい!」
一刀両断されて「そんな!?」と叫ぶ冒険者パーティ。
「ま、待てって、まだなんも言ってねぇだろ!?」
「聞く必要はない。においで当たりはつく」
「だ、だったら手伝ってくれてもいいじゃねえかよ! あんたデューラーだろ!? 俺らよりランク上の!」
「知るか。何が『だったら』だ。素直にギルドへ依頼失敗を届け出ろ」
「だけどよ……!」
「嫌なら自力でやれ。怪我もないんだろうが」
「そりゃなんともねぇけど! アレがあんなんだって知らなかったんだよ!」
――あ。
アレってもしや、アレか。
「引き受けた以上はおまえらの仕事だろうが。手伝う義理はない。話は以上だ、俺らは帰る」
「そんなぁっ……」
絶望の表情を浮かべ、哀れっぽい声で縋ってくるけれど、ウォルの言っていることが正論だ。
だって彼らには傷もなければ骨折もしていないし、状態異常だってないんだよ。見たところ能力的にも倒せるよね?
そういうわけで僕らは彼らを振り切り、さっさと背を向けて『森の迷宮』を出た。
「あれはよそから来て日のない連中だな。しかもつい最近、CランクからBランクに上がったばかりのパーティだ」
ネーベルハイム市へ向けて歩きながら、ウォルは低くうなるように言った。
彼の声も表情も、不機嫌をまだ引きずっている。
「上がりたてかぁ。道理でね~」
「騙されちまったんだな。自分らのせいだろうけどよ」
いつもカラッとした性格のイヴォニーやロルフも、珍しく嫌な気分が長引いているようだ。
Bランクなら二人もそうだけれど、きみらはあんな失敗しないからね。
あのパーティが受けた依頼は、十中八九、ミートマッシュルームだ。
見た目がとてつもなくナニに似た巨大キノコ。ゲーム時代、誰がこれをデザインしたんだ、全年齢ゲームでこんなモンスターを出していいのかと物議を醸したアレな魔物。
みんながその依頼を嫌がって受けたがらないから、冒険者ギルドは依頼書にちょっとした工夫をしている。
ソレの具体的な姿を書かず、報酬を高く設定しているのだ。
僕からすれば怪しい依頼にしか見えないけれど、案外引っかかる奴がいるんだよ。
これまで騙された経験が少なく、とんとん拍子にランクの上がった冒険者が特に引っかかるらしい。
その魔物のことをよく調べ、本当に自分達で達成できる依頼なのか、事前にしっかり確認しておくのは基本中の基本だ。
そういうことをなおざりにしがちなのが、順調にCからBランクになった者なんだそうだ。
高ランクの仲間入りをして浮かれている面もあるだろうから、この依頼で慎重さを思い出せ。そういう戒めの意味もこめて、ミートマッシュルームの騙し討ちに等しい依頼書は許容されている。
高ランカーは特にそれを歓迎しているみたいだね。
だってあまりに長い期間滞っている依頼は、高ランカーに指名依頼が来るからさ。
ひとつ勉強になったと思って、彼らには頑張って依頼を達成してほしいな。
自力で。
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