僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

文字の大きさ
71 / 99
新婚兎と狼の日常

6. 基本は大事にしないとろくなことにならない

しおりを挟む

 ウォルの背より高い巨大マッシュルームは、逃げると見せかけて突進攻撃をしてきた。
 足もないのにどうやって動いているんだろう、あれ。
 しかもたまに軽くジャンプもしている。ボールみたいに弾みをつけて、「ぴょん、ぴょん、ばいん!」みたいに飛ぶんだけれど、初見の冒険者はさぞビックリさせられることだろう。
 この世界にはだいぶ慣れたけど、まだまだ不思議な生き物がいっぱいいるなぁ。

拘束バインド
「ピギィッ!?」

 動きを止めるために魔法で拘束したら、キノコの内側から妙に甲高い悲鳴が聞こえた。
 ……口もないのにどうやって叫ぶんだろう。
 ちなみに僕は呪文を唱えずとも魔法を使える。なのにあえて口に出しているのは、格好をつけたいからじゃなく、単純に自分がイメージをしやすいからだ。
 それと、僕が何の魔法を使っているのか、仲間に知らせる合図の意味もある。

 ジャンプに失敗してドシンと転んだマッシュルームに、数本の矢が突き刺さる。
 イヴォニーの矢だ。
 そのうちの一本がマッシュルームの弱点である体内の核を貫いたようで、「キュゥ……」と気の抜けた声を発して動かなくなった。

「まだ二匹いるぜ。レン、頼む!」

 ロルフが別のマッシュルームを見つけ、それらを刺激し、追いかけられるふりをしながら誘導して来た。
 僕がロルフの背後の二匹にも拘束バインドをかけると、彼はすぐにくるりと反転し、剣を深々と突き立てる。
 イヴォニーよりも嗅覚のするどい犬族は、追われながらも核の位置を正確に探っていたようだ。こちらは一撃で仕留め、そしてもう一匹は……

 綺麗にすっぱりと半分になっている。
 ウォルの剣で両断されたのだ。
 半分になって転がったその断面は、異様な大きさを除けば、あちらの世界のカレーに入っていたマッシュルームにそっくりである。

 近くにほかの魔物の気配はなく、計三匹のフォレストマッシュルームの収獲、あっさりと依頼達成。
 依頼では『何匹』という指定はなく、食材として多ければ多いほどいいというものだったから、一匹でも充分なぐらいだ。

「わぁ~、美味しそう!」
「だな。めっちゃいい香りだわ、こいつら」
「俺らで食う分と、買い取りに出す分を決めておけ。俺はどれでもいいぞ」
「りょーかい! でも迷うなぁ」
「イヴォニーの仕留めたヤツが一番うまそうじゃね?」
「そお? じゃあこれ、あたしらが食べる分にしよ!」

 ほくほくと機嫌のよさそうな彼らの会話に、キノコ類を食べられない僕は「ふぅん、そうなんだ」と思いながら、それらを『収納空間』へ入れていく。
 仕舞う時は触れて念じるだけでいいので便利だ。

 依頼分はすぐに片付いたので、次は僕用の食材おやつ集めとなった。
 深層なだけはあって、美味しくて貴重なトパーズベリーだけじゃなく、柿や梨、葡萄みたいな果物があちこちに見つかり、僕もほくほく。
 そのうちの半分近くは、魔物から生えているやつだったけど。
 なんだろう、甘い香りで僕みたいな草食獣人を誘う効果でもあるのかな?

 とにかく、僕は食べ始めたら止まらなくなるから、ここで味見はせずにさっさと『収納空間』へ放り込んでいく。
 巨大キノコ三匹分よりも、僕の収穫量のほうが下手をしたら多いな? というぐらいに一杯たまり、誰からともなくそろそろ帰ろうかと話し始めた頃。
 僕の耳が複数名の足音を捉え、ひょこりと立った。
 明らかに慌てた息遣い。
 それらは勢いよく、こちらに接近してきている。

「ねえウォル。誰かこっちへ来てない?」
「来てるな。チッ……」

 ウォルも気付いていて、不愉快そうに舌打ちをする。
 ロルフもなんだか嫌そうな顔をしていた。

 ――明らかに同業者がいるとわかっていて、急いで駆けてくるということは、大概トラブルなんだよな。

 魔物を背後にぞろぞろ引き連れている気配はないし、ウォルはひとまず待ってやることにしたようだ。

 そして低木をガサガサと掻き分けて現れたのは、やはり同業の冒険者パーティだった。
 真っ青になって呼吸は荒く、何かから急いで逃げて来たようだ。
 けれど怪我はなく、状態異常もなかった。何があったのだろう。

「た、頼む! あんたら、アレを――」
「断る。レン、ロルフ、イヴォニー、帰るぞ」
「おう、了解っす!」
「りょうかい!」

 一刀両断されて「そんな!?」と叫ぶ冒険者パーティ。

「ま、待てって、まだなんも言ってねぇだろ!?」
「聞く必要はない。においで当たりはつく」
「だ、だったら手伝ってくれてもいいじゃねえかよ! あんたデューラーだろ!? 俺らよりランク上の!」
「知るか。何が『だったら』だ。素直にギルドへ依頼失敗を届け出ろ」
「だけどよ……!」
「嫌なら自力でやれ。怪我もないんだろうが」
「そりゃなんともねぇけど! アレがあんなんだって知らなかったんだよ!」

 ――あ。
 アレってもしや、アレか。

「引き受けた以上はおまえらの仕事だろうが。手伝う義理はない。話は以上だ、俺らは帰る」
「そんなぁっ……」

 絶望の表情を浮かべ、哀れっぽい声ですがってくるけれど、ウォルの言っていることが正論だ。
 だって彼らには傷もなければ骨折もしていないし、状態異常だってないんだよ。見たところ能力的にも倒せるよね?
 そういうわけで僕らは彼らを振り切り、さっさと背を向けて『森の迷宮』を出た。



「あれはよそから来て日のない連中だな。しかもつい最近、CランクからBランクに上がったばかりのパーティだ」

 ネーベルハイム市へ向けて歩きながら、ウォルは低くうなるように言った。
 彼の声も表情も、不機嫌をまだ引きずっている。

「上がりたてかぁ。道理でね~」
「騙されちまったんだな。自分らのせいだろうけどよ」

 いつもカラッとした性格のイヴォニーやロルフも、珍しく嫌な気分が長引いているようだ。
 Bランクなら二人もそうだけれど、きみらはあんなしないからね。

 あのパーティが受けた依頼は、十中八九、ミートマッシュルームだ。
 見た目がとてつもなくナニに似た巨大キノコ。ゲーム時代、誰がこれをデザインしたんだ、全年齢ゲームでこんなモンスターを出していいのかと物議を醸したアレな魔物。

 みんながその依頼を嫌がって受けたがらないから、冒険者ギルドは依頼書にちょっとした工夫をしている。
 ソレの具体的な姿を書かず、報酬を高く設定しているのだ。

 僕からすれば怪しい依頼にしか見えないけれど、案外引っかかる奴がいるんだよ。
 これまで騙された経験が少なく、とんとん拍子にランクの上がった冒険者が特に引っかかるらしい。
 その魔物のことをよく調べ、本当に自分達で達成できる依頼なのか、事前にしっかり確認しておくのは基本中の基本だ。
 そういうことをなおざりにしがちなのが、順調にCからBランクになった者なんだそうだ。

 高ランクの仲間入りをして浮かれている面もあるだろうから、この依頼で慎重さを思い出せ。そういう戒めの意味もこめて、ミートマッシュルームの騙し討ちに等しい依頼書は許容されている。
 高ランカーは特にそれを歓迎しているみたいだね。
 だってあまりに長い期間とどこおっている依頼は、高ランカーに指名依頼が来るからさ。

 ひとつ勉強になったと思って、彼らには頑張って依頼を達成してほしいな。
 自力で。


しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

処理中です...