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かつて悪(役)だった令息との結婚
182. 休暇明けにはみんなこうなる
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再開いたします!
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「どう、リシェル? きつくはない?」
「ちょうどいいよ。ありがとう」
ソファの上に並んで密着し、いちゃいちゃしながら交わす言葉の内容は、上着のサイズの話でもズボンのサイズの話でもない。首輪の話だ。
大事なリシェルの首へ、俺の用意した首輪を自分でつけてあげる儀式のようなこの瞬間、俺の心の中は支配欲と独占欲で仄暗さ満点。
これについて、もはや前世を思い出して懐かしくなったり、視線が遠くを彷徨うことすらない己に感慨深ささえ覚える。
彼のための首輪はつけ心地の良さを追求し、後ろの半分以上はしなやかで肌に優しい最高級の黒革なんだが、汗や水分を吸収してしまうことだけが難点だった。
なので入浴時には必ず外していたんだけども、ほら、ベッドで激しい運動をすると汗をかくから……。
この休暇の間だけ外しっぱなしにしようかとも考えたけれど、リシェルはそれをつけていない時間が長引くと、どうしても落ち着かなくて気持ちが不安定になるらしいのだ。
彼に限らず、これはフェーミナ全員に共通した本能に近いもの。
無理に外しっぱなしで生活をさせるとストレスが溜まり、下手をするとそれが原因で体調を崩してしまうのだとか。
というわけで、俺は革のスペアを事前に用意していた。
交換の回数は、本日の朝で三回目である。
悔いなし。
「それにしても……仕事、行きたくない……!」
気分は夏休みが終わって絶望する学生だ。
前世で勤めていた部署はGWなんて関係なかったから、俺にはこれが一番しっくりくる。
これでもかと情けない声を絞り出し、ぎゅうぎゅうとリシェルを抱きしめた。
首輪をつけてあげるために、二人とも斜めに座っていたので、背中から抱く格好になる。
「もう……ダメだよ、ランハート。いい加減に戻らなきゃ」
なんて口では言いつつも、肩に埋めた俺の頭をさらさらと優しく撫でてくれるリシェル。
あぁぁあぁ……ますますこれを手放したくねぇぇえぇ……!
往生際の悪い俺は綺麗な白金の髪を掻き分け、うなじにちゅっちゅと吸い付いた。
腕の中の身体がそのたびにフルフルと震え、耳が美味しそうな色に染まってゆく。
「だ、ダメ……ランハート……今日は、もう……」
声が甘く切羽詰まってきた。
腹と胸に回した俺の腕をきゅっと掴むも、強引に引き剥がそうとはしない。
もぎ取っていた休暇は十日間。そして今は、十一日目の朝。
なんだが、一日ぐらい延長したって別にいいんじゃないかな。
いいよきっと。
大丈夫大丈夫。なんかそんな気がする。根拠はないよ!
だからこのまま――
寝室のドアがコンコンと鳴らされ、初老の執事の声が続いた。
「おはようございます、閣下、リシェル様。イゾルデ様より、『今朝の食事を一緒にどうですか』とのことでございます」
コーヒーよりも強烈に効く一撃に、十日間の休暇で寝惚けきった俺の頭は秒で覚醒した。
領民には農業を生業としている者が多い。
それ以外にも雪の季節になれば仕事にならない職種は多く、冬の間はひたすら休んで内職に励む民が多かった。
そのため、領主の仕事も自然とこの時期には減るのだが、我が家は公爵家。減りはしても、ゼロにはならない。
世の中にはこの期間、趣味に没頭して遊び暮らす連中もいるという。実にうらやましい話である。
ただそういう奴らの家って大抵、子供や孫の代で火の車になるんだよな。
貴族の必須教養、行儀作法だけじゃなくマネーリテラシーも入れたらいいんじゃね?
負債は子孫に残さず、贅沢三昧した本人が負えよ――と、よその家のまだ起こってすらいない未来の不幸を想像して憤り、俺は自分をなぐさめた。
断じて母上様との朝ゴハンが嫌なわけではない。
朝も昼も夜もリシェルを愛でられる日々が幸せすぎて、次の機会はいつになるのかなぁと思うと、すごく切なくなるだけである。
母上様も俺がこうなるのを見越して、確実に部屋から引きずり出すためにお誘いをくださったんだろう。
いやぁ、我ながら爛れた毎日を送ってしまいました。当主って、その気になれば十日間も奥さんと部屋に籠もれてしまうものなんだな。
……うちだけか?
いや、きっとよその家もやってるよ。どこかでは。
ところで、先ほど執事が俺を呼びに来た時、『奥様』ではなく『イゾルデ様』と言っていた。
俺は当分以前の呼び方のままでいいと思っていたんだけれど、母上様が変えさせたようだ。
俺の奥さんはリシェルだし、何より新婚真っ盛り。そんな俺達へ呼びかける際、特にリシェルのいる時に、彼以外へ『奥様』を使うのはよくないとやめさせたらしい。
となると、ヨハンを『旦那様』と呼ぶことも、母上様がやめさせるかな。
「お久しぶりでございます、ランハート様、リシェル様」
久々に顔を見るカイから、笑顔と一緒に軽くジャブを贈られた。
「本当にお久しぶりでございます。特にリシェル様、ご無事で安堵いたしました」
くっ、ノアよ。なかなかに痛烈なパンチだな。だが俺は負けんぞ。
こいつマジで十日間も籠もりやがって、と彼らには思われていそうだが、俺は人の心なんて読めないからそんなのは気のせいなのだ。
後ろ髪を引かれながら――本当にものすごく引かれながら――俺とリシェルはお互いの部屋に移動し、カイとノアに着替えを手伝ってもらった。
「着替えだけですから。今生の別れではありませんよ」
「そんなことはわかっている。だがカイ、僕の前で金輪際、『別れ』は禁止だ」
「……失言でした」
これに関しては呆れることもなく、カイは真面目な顔で謝罪した。
新婚さんの前で口にしちゃいけないNGワードだもんな。
「ここにメイドがいなくてよかったな、おまえ。もし彼女らに聞かれていたら、これ以降の業務が地獄になっていたぞ」
「――俺もそう思います」
その光景を想像したのか、カイがぞぞっと身を震わせた。
たまたまかもしれんけど、今朝ここにいるのがおまえ達だけで命拾いしたな。
「リシェル、そろそろ準備できた?」
「うん、もうできているよ」
室内を通ってあちらの部屋へ呼びに行くと、ほぼ同時に準備の完了していたリシェルに出迎えられた。
彼の笑顔がどことなくホッとして見えるのは、俺の願望のせいではあるまい。
少なくとも俺のほうは、この短時間だけでもうロスだったよ。『あなたに会いたい』状態でジリジリしていたのが、俺だけじゃなければいいなと思ってしまう。
リシェルと手を繋ぎ、カイとノア、それに廊下で待機していた数名のメイドさん達を引き連れて食堂に向かった。
ああ、ただの廊下でさえなんだか懐かしいし、世界が輝いて見える。
食堂では母上様とヨハンが待っていて、母上様がいつも通りな一方、ヨハンはあからさまに複雑そうな顔をしていた。
リシェルは大丈夫かな? みたいに気遣わしそうな目を彼にチラチラと向けている。
いいから、おめーは朝メシに集中しやがれ。
そんな感じで、休暇明けの朝は、懐かしくもいつも通りに始まった。
「ランハート、緊急事態です。黒幕に会いました。後ほどできるだけ早く、お話のできる時間をください」
ミッテちゃんが粟とパンくずのお皿の前で、そんなことを言い出すまでは。
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