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かつて悪(役)だった令息との結婚
185. まさかそんなことで?
しおりを挟むなんとかギリギリ持ちこたえたものの、目がちょっと潤んでいるのはバレバレだろうなぁ。
初っ端から情けないツラを見せちまったぜ……。
再び水を飲みながら、恥ずかしさを誤魔化そうとしている俺を、横から見つめてくるリシェル。その微笑みが、あまりにも優しくて尊い。
小さく弱々しくて、守ってあげなきゃと決意したこともあった子は、今ではもう完全に俺より年上の、綺麗で格好良くて可愛くて心の強い素敵な大人だった。
「でも本当に、ランハートが全部話してくれてよかった。秘密はなくしてほしいとまでは言わないけれど、身の危険があることは隠されたくないよ。だって何も聞いていなかったら、きみの敵と知らずに仲良くしていたかもしれないんだし」
――そうなんだよな。
リシェルには昔の俺のことも、ミッテちゃんの同族である妨害野郎についても話してある。
大切な人を危険なことに巻き込みたくないのは、誰だってそうだ。
だからといって、黙っていたら避けられない危険もある。知識を与えることで危険に巻き込むリスクと、そうしないリスクを天秤にかけたら、今回の件は断然黙っておくほうが危ないんだよな。
「ところでその妨害者、普段は何をしているの?」
「普段? それは多分、王宮で執事の日常業務を……」
「そうじゃなく、本業のほうだよ。人の身体に入り込んで乗っ取っていても、本質はミッテちゃんの同族なんでしょう? そちらはどんなお役目があって、どんなお仕事をしてるのかな?」
「それは……」
何やってんだろう? まだミッテちゃんにはそこんとこを訊いてないな。
人外の黒幕野郎ってことと、そいつがこの世界にいる間は使えない能力とか、そのへんは訊いたけど。
ミッテちゃん、どうなんです?
「……何をしているんでしょう?」
っておおおおぉ~い?
「そ、そこで呆れないでくださいっ! 親しい相手ではないのですから、そんなに詳しくはないのですよっ! わかる範囲ですと、あの者は私よりも格が上で、私と同じく『管理者』なのです」
ヒヨコが羽をパタパタさせながら、焦った様子で弁明するのを通訳すると、リシェルは首を傾げた。
「つまりミッテちゃんみたいに、どこかの世界の管理を任されているということ? その世界は今どうしているのかな」
……ミッテちゃん? どうなんです?
「……どうしているのでしょう?」
っておおおおぉ~い?
いや、今のはミッテちゃんに呆れたわけじゃないよ。妨害野郎に向けたやつだから、ぺしょりと落ち込まないでってば。
ちなみに俺がミッテちゃんのピヨ語を訳すと、リシェルの瞳がすぅ……と細くなった。
「まさか自分の世界を放置して、自分よりも格下のミッテちゃんの邪魔をしに来たということ? そいつ、ヒマなんだね」
りっ、リシェルの目がゴミを見る目にッ!?
――ってこらミッテちゃん、俺のほうに逃げてくんなっ! 肩に登るなっ! リシェルのゴミを見る目が俺の顔に向かうだろ、そんなん絶望するわ魂の死を迎えるわっ!!
……なんて一幕はあったけれど、大丈夫、わかっているよ。俺やミッテちゃんに向けたまなざしじゃない。重々わかっているから。大丈夫、まだ俺達は生きていける。
心臓がキュッと止まりそうになっただけさ。
ともかく、リシェルの疑問は俺の疑問でもある。
俺がそいつの立場だったとしたら、ムスター領を何年も部下に丸投げしてどこかの下位貴族の領に潜入し、火種の近くに燃えやすい油を撒いて回ると、要はそういう行動だよな。
もし俺がやってたら、なんの意味があんの俺って、自分相手に突っ込むわ。
「いえ、あの者に部下はいないはずです。基本的に己だけでやらねばならないことですから。何かがあった時だけ、同胞を呼んで助力を求めることはあります」
そうなんだ。
じゃあますます、何やってんだそいつは。
俺からミッテちゃんの言葉を聞いて、リシェルもますます怪訝そうにしている。
「――ねえミッテちゃん。そいつは『合格』しているの?」
ミッテちゃんが胡麻粒アイをぱちくりとさせていた。
うん、俺も今、リシェルと同じ疑問抱いたわ。
「ミッテちゃんは試験の最中であっても、この世界の人々の『管理者』なんだよね? そいつも進化の申請というのをやって、無事に進化できたからミッテちゃんより格上なのかな? それとも、もしかしてそいつも今、試験中ということはある?」
「いえ……それは」
ヒヨコはパチパチ、と瞬きし、小さな頭を右へ左へヒョコヒョコとひねった。
むっちゃ可愛い。それを見たリシェルの瞳も和んでいる。話題は全然和やかじゃねーけどな。
「なあミッテちゃん。実際のところそいつ、合格していたらこんなことをやっているヒマなんてあるのか? 時間の流れがあちらとこちらで違うから大丈夫とか、あちらの世界が安定し過ぎて退屈だから、暇潰しにこの世界をいじりに来やがったとか?」
ミッテちゃん的には、どれが一番有り得そうかね?
俺とリシェルからいくつも問いかけられ、ヒヨコは混乱しつつもうーんと考え込み。
「……世界の違いにより、多少は時間のずれが生じることは確かにあります。ですがいくらなんでも、あの者がこの世界に潜伏していた期間が長すぎますね。これほど長く己の世界を不在にするというのは、確かに有り得ません。試験の最中であれば、よその世界に首を突っ込むなど、まず不可能です」
と、いうことは。
合格して無事進化したあと、自分の世界の世話を放棄したか。あるいは。
先に口をひらいたのはリシェルだった。
「ミッテちゃん。そいつ、実は『不合格』になっている、なんてことはない?」
「同感だ。俺も今それを思ったよ」
「ランハートも? やっぱりそう思うよね」
思う思う。
――くそプライドの高い自信家がまさかの不合格になって、今まさに試験中の後輩へ『俺でもダメだったのにおまえなんかが合格できるもんか』の精神で嫌がらせをしに来た、ていうのが真相だったりしてな。
ミッテちゃんはきょとんとしている。
「え、まさか? そのようなことで? まさかでしょう?」
胡麻粒アイで瞬きをパチパチ。
はは、俺も自分が何回も殺られた動機が、まさかソレだったとは思いたかねぇわ。だけど無いとは言い切れないっつーか、可能性そんなに低くないやつだよな、それ。
バカバカしくて嗤っちゃうわぁ。
「俺だって、まさかいくらなんでも、と思いたいさ。でもな」
自分の命を奪ったからには、絶対にご大層な理由があったはずだ――なきゃおかしい。
あってくれなければ、あまりにも。
……でも残念ながら世の中、人を不幸のどん底に陥れるのに、たいした理由がなくともやる奴は結構いる。
そしてそいつがミッテちゃんに披露した素晴らしいお言葉の数々は、そいつがそういう奴だってにおいを、ぷんぷん漂わせている。
「……ランハート。ここまで聞かせておいて、今さらわたしを仲間外れになんてしないよね」
リシェルの目が据わっていた。
めちゃくちゃ怖いです。ステキ。
「もちろんだ。俺と一緒に妨害野郎を叩きのめして――っと、ごめん。さっきから言葉遣いが崩れてるな」
「う、ううん、前も言ったけれど直さなくていいよ! それがランハートの本来の口調なんでしょう?」
「あ~、ごめん。実はそうなんだ。昔、クズメイドどもが愛人を連れ込んでどうこうというのは実話だけど、品のない俗語関連は全部あっちの世界から持ち込んだもんでさ……」
「わたしの前ではそのままでいいよ。直さなくていいから!」
「そう? ……普段の『僕』よりも、こっちのほうが好き?」
「う……」
リシェルがぽー……っと頬を染めて、頷くかと思いきや。
「どっちも、好きだよ……」
っって!!
おまっっ!!
んな、か細い声でっっ!!
――ソファに押し倒したら「ここじゃダメ」と泣きそうな顔で訴えられたので、抱えてベッドに直行した。
次の日の朝、ミッテちゃんはどことなく悟りをひらいた気配を纏うヒヨコと化していた。
ごめん、ミッテちゃんのフォローすっかり忘れて放置してたわ。
「ふ。いいのですよ。仲良きことはよきことなのです。リシェルと我々の意思も統一できたのですから、それでよしといたしましょう」
う、うん。そうだね。
ごめん。
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