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堕ちた天使を狩る
212. あの日からずっと……
ミッテちゃんがヒヨコの顔をどことなく愉快そうに歪め、「そういうことですねぇ」と肯定してくれた。
片方の羽を嘴に添え、もう一方の羽を腰に当てているポーズは、いわゆる高笑いポーズではなかろうか。
『そんな……私の、私の力が無い……羽も消えている……!? 嘘だ! 何故この私がっ!?』
案の定、エンデは叫んだ。罰を素直に受け入れられる奴じゃないのは知っていたけど、とことん往生際が悪いな。
何故じゃねえよ、おまえが罪人だからだよ。先輩方も最初っからそう仰っているだろ?
『――きさまなどに訊いてはいない!! 口を挟むな下等生物ごときがっ!!』
『はっはっは、活きがいいなぁ下等生物のエンデくん! 今日からおまえも俺と同じ下等生物の仲間入りだ! よろしくな!』
『私はきさまなどとは違う!! 私は!!』
『ははは混乱するのも無理はないさ、下等生物のエンデくん! だがもう少しばかり、目上の人間への口の利き方や態度や表情を学んだほうがいいぞぉ? なんたってきみは、下等生物人間の中でも、さらに下等な〝罪人〟なのだからな!』
きっと俺のセリフには♪マークが飛びまくっている。
しかし寄生天使改めエンデの野郎は、何を言われたのかいまいちわかっていないようだ。
性懲りもなく俺に怒りを向けつつ、その中に困惑を滲ませている。
俺はこれから彼に待ち受けている現実を、丁寧に言い聞かせてやった。
『なあエンデくん、俺の身分はなんだ? 公爵だ。さて、エンデくんの身分は何かな? ――爵位なしの貴族だ』
さらに今回の件で、貴族階級からの除籍処分はもう確定している。
すなわちエンデくん、きみは平民であり、平民の中でも最低な罪人という『身分』なのだ。
詐欺、殺人、国家転覆未遂、罪状はたんまりあるぞぉ?
『呑み込みの悪いおまえのために、大事なことだからもう一度言ってあげよう。俺は公爵。おまえは一般市民ですらない犯罪者。頭が高い、控えおろう~!』
『……!!』
エンデが俺を凝視し、次いで首から上がぐつぐつと茹だった。
リシェルの茹でダコはあんなに可愛いのに、こいつの茹でダコ顔は愛らしさの微塵もないな。相変わらずこの俺に対し、怒りを燃え立たせているみたいだし。
俺はフンと鼻で嗤った。
『てめぇごときに俺を怒る権利なんざねえって言ったのを、もうさっぱり忘れたか? ほんと、記憶力の乏しい野郎だな』
『なんだと!?』
『もう間違えんなよ? ――俺が、てめぇに、怒ってるんだよ』
毎日毎日苦しみ続けた『ランハート』。
ミッテちゃんはおまえと違い、『ランハート』の魂を消すことを許さなかった。俺も肉体を奪いたいとはこれっぽっちも思わなかったから、ごく自然と融合した状態で安定したのだ。
苦痛の中で意識を何度も飛ばしかけながら、寝心地のよさそうな棺桶を夢想していた幼い子供を、俺はよく覚えている。
あの時、俺は自分自身となったその子に、こう語りかけた。
■ ■ ■
『なあ、ここで終わってやるのはまだ早いぜ。先にやることがあるだろう?』
『やること? なあに?』
『はは、そんなの決まっているじゃねーか。……引きずり出してやるんだよ』
誰が、『俺』を、こんな目に、
遭わせやがったかってことをな……!
■ ■ ■
ドロリと何かが蠢いた。
今は肉体から一時的に離れた精神体であるはずなのに、生身の肉体と大差のない実感がある。
俺の存在を形作る核が胸の中心にあり、そこからマグマが溢れ出ていた。
名付けるとするならば、『憤怒』が最も近いだろう。
なのに心の中には極寒の氷山が流れ、唇にはゆるりと微笑が浮かんでいた。
エンデが後退ろうとでもしたのか、巻きついた鎖がじゃらりと音を立てている。
なあ、エンデよ。想像したことはあるか?
この日が来るのを、俺がどれだけ楽しみにしていたか。
おまえを安全な巣から引きずり出し、地べたに這いつくばらせ、早く棺桶で休みたいと切望する日々を与えることが――
ツツツツン!! と足に衝撃がきた。
『痛たたたっ! ミッテちゃん!?』
あのね、俺の足は木の幹じゃないからね!?
そこに巣穴を開けるのはヤメテ!?
「正気に戻りましたか」
『あのうミッテちゃん、俺はいつだって正気ですよ?』
――って、この世界、痛覚があるのか。前にミッテちゃんと会った時は、そんなのなかったんだけどな。
それでも通常の痛覚とは別物なのか、ジンジンとした痛みが長引くことはなかった。ヒヨコの嘴にそこまでの攻撃力がないだけかもしれないけれど。
「疑似的な痛覚を再現しているのですよ。転生前と異なり、あなたの今の姿が魂にすっかり馴染んでおりますので。……言っておきますがそれ、あなたが自分でやっているのですからね?」
え、俺が?
きょとんとしたら、先輩天使の皆様が『その者の言う通りだ』と教えてくれた。
『我らはおまえをこの空間に招きはしたが、姿形の指定はしていない。おまえが無意識に、己の姿を反映させているのだ』
『痛覚もそれと同じ。痛みを感じぬのは〝不自然〟とおまえ自身が感じておるゆえに、それに近い感覚が再現されておるだけだ』
ほえ~。そうなんですね。
きっちり説明してくださる先輩方にふむふむと感心していたら、何やらまたも微妙な視線をそそがれている。
顔立ちすら不明な発光体なのに、どうして表情がわかるんだろう。
ミッテちゃんも横で「ふうピヨ」みたいに溜め息をついている。
そういえばさっき、ほんのちょっぴり怒りかけていたのに、なんか有耶無耶になっちゃったな。
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