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堕ちた天使を狩る
214. 天使式の罰
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再開いたします!
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それにしても今回お越しくださったミッテちゃんの先輩方は、非常に話のわかる方々ばかりだな。
話の通じないパワハラ上司的な奴が来たら、モヤモヤ感の残る対処しかしてくれないかもと案じていただけに、ものすごくホッとした。
俺の前世の職場、少なくとも俺の部署内にはパワハラ上司なんていなかったけどね。だって部下も上司もみんな戦友だったもの。
『きさまは他者の人生をことごとく強奪し、成長を目指す者の世界で無用な災禍を振り撒いてきたおぞましき怪物だ。よって聖性は永久剥奪とする。元に戻ることは永遠に無いと心得よ』
『そんな! 私は……』
『本来の魂に侵入した挙句、食らい尽くした以上はその肉体に責任を持て。おまけに〝試練〟だと? 己自身は試練を乗り越えたことなど無かろうに、よくぞそこまで厚顔になれたものだ』
クリティカルな正論にエンデは言葉を失っている。
やっぱりこの寄生天使、自分の試練は失敗しかしてないんだな。
というかそもそも『天使』という種族なら、俺達の世界で起こった災害級の人災みたいなの、我が身で味わった経験なんてないんじゃないか?
『無いな。こやつは、〝己が人間であれば乗り越えられたかどうか〟という点を一切考慮せずにやっていたのだ』
疑問は先輩のお答えですぐに解消した。
つまり自分のことは棚に上げ、人には達成不可能なノルマを「やれ」と強要する、パワハラ上司タイプだったわけね。
加えて、他責思考もあり。自分は絶対悪くない、悪いのはおまえらだろ! と、己の非を何がなんでも認めないタイプ。
やがて立場を笠に着て好き放題していたら、もっと上役が出てきてしまってアウト。
今この状況がまさにそれな。
『この者は既に人間となった。よってこの者の罪、そなたらが裁くとよい』
『そうさせていただけるとありがたい!』
エンデがビクッ! と震え、いきなり喚き出した。
『この男を放置していいのですか!? この男は魔――うぐっ』
エンデの口にじゃらりと鎖が巻き付いた。何か騒ぎかけたけど、こいつの弁解を聞いてやる時間はもう終わりということだな。
弁解というにはお粗末なことしか喋らなかったし、これ以上聞いてやっても無意味だと判断するのはもっともだ。
ただ、俺達で裁くとなると、ひとつ心配ごとがある。
『我々の基準で罰を与え、仮に命を落とした場合、この者の魂はどうなります?』
自害は禁じたものの、こいつは最終的に処刑になる可能性が高い。
寄生天使をわざわざ解放してやるわけにいかないから、エンデを捕獲した際、こいつを処刑させないよう動く予定でいたんだけど。
最後にはどうしたって寿命が尽きる。そうなった時にどうしようか、ミッテちゃん達と相談中だったんだよな。
聖性を取り上げられた以上、肉体が『壊れ』ても二度と誰かに寄生することはできないだろう。ただ、『憑依』は普通にできるとしたら困る。
『心配には及ばぬ。これが死したのちは我らが回収し、魂の牢獄に入れる』
『ひ……!?』
エンデが悲鳴を上げた。よし、それでお願いします!
なんかわかんないけどすごく怖そう!
「ランハート。魂の牢獄はですね、とてつもない『罪』に隅々まで染まり切っている魂が放り込まれる場所なのですよ。世界に還しても無害なものとなるよう、端から少しずつ魂を浄化して削り取ってゆくのです。あなたの前世の世界で言う『地獄』に近いかもしれません」
ミッテちゃんがピヨヨと補足してくれた。
じ、地獄ですか。この世で人間としてとことん罰を受け、死んでからも地獄で罰を受け続けると。
――うん、妥当じゃないかな。
ティバルトによる大虐殺を裏から支えて人類滅亡コース、五回繰り返した奴なんだから。
『では、そろそろ時間だ。これ以上我らがこの場にいると、おまえ達の試験に障りが出る』
『どうしても手に負えぬ何ごとかが起きた場合、特例として一度だけ我らを呼べるようにしておこう』
ん? ミッテちゃんの試験なんだけれど、俺もセット?
まあいいか。ミッテちゃんに協力しているのは確かだし。
特例というのはあれか、本来ならギブアップ宣言をする時以外は呼べないのを、今回は事情が事情だからそれ以外でも助けを呼べるようにしてくれたんだね。
初めてこの世界に来た時、ミッテちゃんの持ちかけてきた契約がものっすごくホワイトだな~と感激したものだけど、先輩方もフォローが手厚いなぁ。
『おや? となると、俺とミッテちゃんの約束、これで達成できたということになるのか?』
『そのあたりは、ここを出てから改めて話し合うといい』
確かに、その通りっすね。
先輩方、いろいろとありがとうございます!
心からの感謝が聞こえたのかどうかは不明なうちに、この不思議な空間からどこかへ押し出されるのを感じた。
■ ■ ■
「ランハート!」
「……ん?」
ぐらりと身体が傾ぎ、駆けつけた誰かに抱きとめられた。
瞼を明けてみて、自分がいつの間にか瞼を閉じていたのだと自覚する。
ゆるりと顔を上げたら、輝かんばかりに美しい天使が、憂い顔で俺を見下ろしていた。
「……天国かな?」
「え? ――もう、バカ! 違うよ」
叱られてしまった。ごめんごめん、心配かけちゃったかな?
憂い顔の天使の正体はリシェルだった。今や身長は俺より少し低い程度、確実に百七十センチ台の後半ぐらいにはなっているけれど、それでも俺より細いなと感じる。
自分よりもでかくて重い俺を抱きとめるのは、少し大変そうだった。
でもリシェルの腕の中が気持ちいいせいで、手放したくないジレンマがある。
「起きてあげなさいよ、ランハート。リシェルがいつまでも心配してしまいますよ?」
一緒に戻ってきたミッテちゃんがピヨヨと注意してきた。
おっと、そうだな。いくら気持ちいいからって、彼の心を曇らせたままではいけない。
「ごめん、リシェル。俺はどのぐらい寝てた?」
「寝てはいなかったよ。目を閉じたと思ったら、少しして急に身体が斜めになって。びっくりした……」
俺は椅子の上ではなく、上半身をリシェルの身体に預け、下半身が床に伸びている格好だった。
足元で粗末な椅子が横倒しになっているのが目に映る。どうやら俺はほぼ仰向けの状態で倒れかけたみたいで、もし彼に受け止めてもらえなかったら、後頭部をしたたかに床へ打ち付ける羽目になっていたわけだ。
「助かったよリシェル。頭を打った拍子に記憶喪失にでもなっていたら、大変どころじゃなかった」
「わたしを忘れるなんて許さないよランハート。そうなったら怒るからね?」
「仰せのままに」
俺は自力で起き上がりながら、身体をよじってリシェルの唇に吸い付いた。俺の顔へかすかに触れた彼のまつ毛が、びっくりしたように震える。
「ン……」
深く重ねて舌を差し入れると、小さく切ない声が漏れた。その声も吐息も甘く感じ、俺は正面からしっかり彼を抱き直して――
「あのう……」
遠慮がちな声が割り込み、リシェルの顔が「ぷはっ」と可愛い音を立てて離れた。
おっと、しまった。ここには看守くんがいたのだった。
いやぁごめんごめん、うっかり夢中になっちゃって。
看守の青年は真っ赤な顔で申し訳なさそうにしつつ、俺の顔と鉄格子の中を交互に見ていた。
俺も中を見やると、エンデがぐったりと項垂れている。
まだ意識が戻っていない? ……いや。
小刻みに震えている。起きてはいるようだ。
俺はリシェルを抱きしめながら、晴れ晴れとした心地で満面の笑みを浮かべた。
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