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最後の仕上げ
217. 四君主の意味
しおりを挟むこれは下克上ではない。
とても平和的で民主主義的な権力者の交代である。
愚王を引きずり下ろしたければ内乱を起こすか、そいつに接近して斬り殺すしかないパターンが多いこの世界では、あんまり前例がないだろうな。
もちろん今回使った手段は、将来にわたって永遠に素晴らしい方法というわけでもない。
たとえば他国には、元老院というものが存在する国もある。その国では元老院を牛耳る爺さんどもが腐り果て、君主を傀儡にすることが長年問題になっているのに、改善の手立てがないという状況に陥っていた。
君主のみに力を持たせず、力を分散させる議会政治は一長一短。
国王に強権が集中している場合、今回みたいに愚王になった時の被害が大きいのは間違いない。でも議会が腐って権力を握り、国政をほしいままにし始めた時の被害だって、負けずに大きいのだ。
ともかく、我が国にはもともと『元老院』的なものがなく、臣下の合議によって国王の廃位を決定するというのは、建国してから一度もやったことがないんだ。
だから誰もこれを思い付かなかったし、思い付いたとしても普通は「恐れ多い」と怯んで、言葉にすらできない。
そう、こういうのは「恐れ多い」とほざく者が必ず出てくるんだ、普通なら。
どんなにどうしようもない愚王でも、それでも「建国王の血筋を持つ正統な王を廃位などしていいものか」と邪魔をしてくる。
国にとっての善し悪しよりも何よりも、血筋が第一っていう奴は結構いるんだ。
なのに今回、そんな奴らでさえ俺達の側についたのは何故か。
――愚王陛下が万人に恐怖と嫌悪感を催すほどの、とてつもないオークにご成長あそばされたからだ。
これを傀儡にして操るとか無理。
早く退治しないと、いつか頭から食われる。
仮にこれが巻き戻される前の、ティバルトが謀反を起こした時の王であれば、反対する奴が大勢いたことだろう。
ゲームで見た王様は身体の大きさが今の半分ぐらいだったと思うし、思い通りに四公を引っ掻き回せて、ご満悦な日が多かっただろうからな。
もしティバルトがめちゃくちゃにしなかったとしても、あの世界のリヒトハイム王国は、遠からず滅びる道を辿ったんじゃないかと俺は思っている。
そして今日、俺は――俺達は『大公』であり、この国の新たな君主となることを宣言した。
新たな王を一人立てるのではなく、俺達四人で王となるんだ。
これから先、俺達は友であり、兄弟であり、互いを監視し合う仲となる。
一人の新王に重責を押し付けるのではなく、何かと派閥争いを始める大臣達に議会政治を定着させるのでもなく、これが現在のリヒトハイムという国に合っていると判断した。
もうひとつ、俺達が四君主となるに相応しい理由がある。
「よ、よ、余は……フガッ……余は、せいとうなる、リヒトハイム王の、血を持つ者ぞっ……」
「そ、そうですわ! 四公など、所詮は臣下にすぎぬではありませんか! 臣下に王を名乗らせるなど、他国から嘲笑を浴びると思わないのですか!?」
この元国王が己の血を残すことはない。元王妃だってそれは承知だろうに、それでも『王妃』という立場にしがみつこうとしている。
「他国の評判など気にしたことがあったのか。これは驚きだ」
「ムスター公! 臣下ごときが、わたくしを愚弄するのですか!」
「おまえが愚か者だから愚弄しているんだが? もはやおまえは王妃ではなく、私はおまえの臣下ではないと言っているのに、未だ自分がこの私より偉いつもりでいるのだから」
「なっ……なっ……」
「それに、おまえ達夫妻はどちらもわかっていないようだから、この際しっかりと覚えておきなさい。――我々は四人とも、リヒトハイム建国王の正統なる子孫なのだよ」
「えっ!?」
「フゴ!?」
いやいやおまえら、なんでここでビックリすんの。
大臣達の中にも「あっ、そういえば」みたいな顔をしている奴らがいるぞ。
「謀るのはおやめなさい! おまえ達の祖先は建国王ではなく、その弟達でしょう!?」
「建国当時はな。その後、代々の王家から四公いずれかの家に王女が降嫁することや、王子が大勢生まれた際に四公の養子に迎えることもあった。その逆も然り。つまり我々全員、いつでも国王として立てるだけの『血』を持っているのだよ。だからおまえ達も、シュピラーレ小父様やエアハルトの子を世継ぎにしてやるからよこせなどと言ってきたのだろうが」
「あ……!」
当たり前じゃんそんなの。ここまで言わんとわからんかね?
元国王夫妻は、瞬きを忘れ目を見開いたまま、口もぱっかりと開けている。
これ以上、こいつらとお喋りしてやる必要はないな。
言葉で説明されてもなかなか呑み込めないようだし、自分達が王でも王妃でもないことを、身体で理解してもらおう。
俺は衛兵に目をやった。
「元国王と元王妃をお連れしろ」
「はっ!」
いい返事だ。意外にも衛兵達は顔色がいい。
いや、意外でもないか。もうこいつらに仕えなくていいんだと思ったら、晴れやかな表情にもなるよな。
――そして謁見の間には、どでかい輿が運び込まれた。
よくよく見たら、それは輿というより荷車だった。豪華な椅子がドンと乗せられた荷車。
王宮の使用人がぞろりと元国王の周りを囲み、俺はやっと気付いた。
俺も鈍さでは人のことを言えないかもしれない。これまでこのオークの移動している姿を見たことがなかったのである。
巨大な特注の玉座へフィットするあの巨体は、自分の足で自分の体重を支えることができないのだ。
つまり、自力で歩けない。
癇癪持ちの元国王は激昂しようとして、ぴたりと口をつぐんだ。
衛兵達の槍先が、一斉に自分に向けられたからだ。
「よ、余は、王であるぞっ……?」
嘘のようにおどおどとし、ぎょろぎょろと助けを求める視線をあちこちに飛ばすも、応える視線はどれも冷ややかだ。
使用人達がものすごく嫌そうな顔で、力を合わせてオークを荷車の椅子に移動させた。
そして、ドナドナと出荷……行き先は離宮なんだが、そこまであの荷車で運ばれるのかな?
奴はこれから、地獄のダイエットを体験することになる。伸びきった皮膚が大変なことになるのは目に見えているが、俺の知ったことではない。
そのうち急激に体重が減ることによるショック症状、なんてものが起きるかもしれないけれど、知らないなぁ。
元王妃は血の気の引いた顔で震えながら、縋る目を俺に向けてきていた。衛兵も王宮の使用人も俺の命令に従い、大臣達も彼女の味方をしない。
ここに至ってようやく、本当に立場が逆転しているんだと理解できたようだ。
「あ、あの、ムスター公……わたくし……」
「衛兵。連れて行け」
「はっ!」
「や、やめて! わたくしは! お願い、慈悲を……!」
元王妃は質素倹約生活を体験してもらうか。案外似た者夫婦だし、仲が悪いと見せかけて実は仲良しだったんじゃない?
だから旦那と同じ離宮で暮らさせてあげよう。勝手にお出かけはできないけれど、とても壁が分厚くて安心安全な離宮だよ!
俺は元王妃のキンキン声が聞こえなくなると、特注の椅子がドドンと並んだ上段へ目をやった。
「あれはもういらん。解体せよ」
兵士達がものすごくいい声で「はっ!」と応えた。
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読んでくださってありがとうございます!
更新のお知らせ:7/17~19投稿お休み 7/20から再開予定ですm(_ _)m
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