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最後の仕上げ
216. 王を引きずり落とすための仕組み
「下克上などと、とんでもないことでございます。これは決して、そのような物騒なものではございませんよ」
俺が言うと、王と王妃はますます満面の警戒顔になった。
大臣達までものすごく訝しそうにしているけれど、俺が喋っている時は行儀よく静かにしてくれているので助かる。
それに、欠席者がおらず全員揃っているのもいい。
「この場にて表決をとりたいと存じます。なお、これから私が申し上げることは四公全員が『是』と回答しており、私が代表としてお伝えしていることをご承知おきください」
誰かがごくりと息を呑んだ。俺が何を言い出すのかと、謁見の間に張り詰めた空気が満ちる。
そんなに難しいことじゃないよ。
「先ほど宰相閣下がお伝えした通り、陛下のお身体は猛毒に蝕まれ続けたため、既にぼろぼろになっておいでです。――よって、リヒトハイム王国の国王という重責を今後担い続けることは不可能であり、陛下の御身のためにも、このリヒトハイム王国のためにも、速やかに退位していただくべきである。大臣の皆様方、『是』であれば起立を、『否』であればご着席のままでお願いいたします」
さて、結果はどうなるかな?
こういうのって本来の手順なら、予め根回しをして、自分に都合のいい票を入れる人間を確保しておくべきなんだろうけどね。
もちろん裏切りのリスクも高いから諸刃の剣なんだけど。
今回はそういうの、全然なくてもいけるでしょ。
――その予想は当たった。
「なっ……なん、んあ……フガ、フゴ……!?」
「お、お、おまえ達、なんてことを……」
国王夫妻が、眼球を落っことしそうな勢いで目をひん剥いている。
つうかあのオーク、なんかフゴフゴ言ってねえ?
いや、オークだから当たり前だった。びっくりしすぎて人化の術でも解けたかな? もとから人間のフリなんて失敗してたけどね。
――大臣席の全員が起立していた。
自分はどうすべきか、隣同士で目を見合わせて相談しようとした者もいた。だが半数ほどが迷わずに立ち上がり、残りの人々もその様子に心を決めて続いた……そんな流れだった。
王国の中枢にあり、国政を担う頂点の者全員が、王の廃位に賛成と表明した。
「リヒトハイム王国宰相として、臨時議会における表決をただ今より効力の発生するものと認めます」
宰相が悠然と、淀みなく言ってくれた。
そう。これは子供同士がグループに分かれ、「どっちに賛成するの? あっちに賛成するの?」と争う類のものではない。
国王夫妻がおり、宰相がおり、大臣が全員揃い、四公も全員が揃っている。
国にとって大きな決定をするための臨時議会の条件が、この場には完璧に揃っているのだ。
場所が謁見の間であろうと関係ない。この面子が集まっていることが重要なのだから。
「フ、フガ、……よ、余はっ……フゴゴッ!?」
「い、いい加減になさい!! このような、このような……わたくしは認めませんよ!! この国の世継ぎはどうするのです!?」
顔を真っ赤にして唾を飛ばす夫婦。人語が通じるのは奥さんだけだな。
「ご安心を。あなたが気になさらずとも、世継ぎは何人もおります」
「フゴ!?」
「は!?」
夫婦はすっかり瞬きも忘れ、血走った丸い目で凝視してくる。
大臣さん達からも「どうするんだろう?」という視線を感じるな。
さて、ここからはハッタリの勝負だ。……こういうところをしっかりリシェルに学ばれてしまったわけなんだけども、悔いなしである。
俺は先ほどまで浮かべていた優しそうな微笑みを消した。途端、何人かが後退りそうになっている。
ううん、母上様にそっくりなこの顔、ほんと便利だな。
声のトーンもやや低めに落とすと、より母上様みたいな氷の王っぽい印象になるはずだ。
「――この国は本日ただ今より、我ら四公が共同統治を行うことになった。それに伴い、我ら四公の身分は公爵から大公となり、国名もリヒトハイム四大公国と改められる。現在の宰相と大臣の皆は留任してもらうつもりだ」
「宰相として、いずれも承認いたします」
やるね宰相のおじさん。すごく冷静、かつ威厳のある声だ。俺のセリフよりも説得力がありそう。
「な、なにを、何を言っているのおまえ達は……わたくしは許しませんよ!! このようなことを勝手に決めて、国をめちゃくちゃにする気なのですか!?」
「はて? おかしなことを言うな、元王妃よ」
シュピラーレの小父さんの張りのある声が響いた。
「国をめちゃくちゃにしているのは、おまえ達夫婦だろう」
「ぶ、無礼者!! わたくしは王妃です!! このわたくしに『おまえ』などと――」
「元王妃だ。そしてそこにいるのも元国王だ。先ほどの問いに戻すが、おまえは自分の夫が、まともに公務に励む姿を目にしたことはあるか?」
元王妃はうぐ、と詰まり、シュピラーレの小父さんは鼻で嗤った。
「なかろうよ。おまえ達夫婦は、国の頂に在る者としての責務を何ひとつ果たしておらん。おまえ達が放置してきた政を、これまで誰がやってきたと思っておるのだ。――宰相と、この大臣達と、その部下達だ」
大臣の皆さんも深々と頷いている。
だよな。このオークも元王妃も、王や王妃としてやらなきゃいけない仕事をまるっと放棄して、自分達がやりたいように遊び暮らしてきたんだから。
俺は再びにっこりと笑みを浮かべた。
「シュピラーレ大公の仰る通りだ。おまえ達がやらねばならない仕事は、ずっとおまえ達以外の誰かが肩代わりをしてきた。何の役目も果たさず、国庫をいたずらに消費するだけの穀潰しなど、いなくとも支障はないのだよ」
リヒトハイムは王国だ。国王が最高権力者であり、最大の決定権を持っている。
本来ならば国王の意思によって国は動くものであり、大臣達から票を集めて何事かを決定するという、まるで議会政治のような仕組みなんてこの国には存在しなかったんだよ。
なのにそういう仕組みを必要としたのは、肝心の国王が国王としてまったく使い物にならなかったからだ。
シュピラーレのおじさんによれば、先代国王の時代はまだマシだったらしい。
女好きで面倒くさがりのしょうもないジジイだったものの、それでも一応、国王として最低限の仕事はしていたんだそうだ。
完全に何もやらなくなったのは、当代の国王から。
この野郎が本気で怠けグセの酷い愚王だったもんで、大臣達は賢明な王妃様を求めたんだが、この野郎は自分好みじゃない賢い奥さんを嫌って冷遇した。挙句、子ができない理由を相手のせいにして勝手に離縁を言い渡してしまった。
まあ、要するにだな。
おまえが原因でこういう仕組みができて、その仕組みによっておまえの廃位を決められるようになったわけ。
つまり自業自得な。
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