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18. 竜の眷属の生まれた瞬間
しおりを挟む『奈落の竜』の召喚は成功した。竜は自分を果ての底から喚び出したレイエス子爵を、怯える彼が何か言葉を発する前に、頭からがぷりと食らい尽くした。
離れた場所からそれを見ていた者達は慌てて逃げ惑うも、次々と同じように食い荒らされてゆく。
竜は雷鳴に似た咆哮を轟かせながら、儀式の行われていた建物を、皇国の民を、土地を、皇宮を、端から奈落に呑み込んでいった。
皇帝と人々がどれほど抵抗してもむなしく、およそ十年後、聖竜皇国はこの地上から消え去ることとなる。
竜の記憶に、ロシータは口が大きく開いたまま塞がらなかった。
自分のいなくなったあと、自分の生まれた家が、国がどうなったのか、その末路を知って。
しかも終わりをもたらしたのが、実の父親の短慮と愚行なのである。
そんな彼女の様子にいちいち斟酌などはせず、『時渡りの竜』は言いたいことを告げた。
『〝奈落の竜〟が暴れ、私の卵が壊れてしまった。おまえ達のせいだ』
『え……待って……お待ちください、私は……』
『よっておまえを我が眷属とし、〝印〟を与える』
竜はロシータの都合などどうでもよかった。一方的に話し終え、彼女の魂に己の眷属の証を刻んだ。
肉体はないはずなのに、とてつもない激痛が胸の奥から生じ、ロシータは悲鳴を上げる。やがて竜の力は業火となって彼女の全身を舐め回し、骨まで灰になる感覚にのたうって、それでも全然楽になれなかった。
――どうして。どうして、どうして私、私が何をしたの。こんな……!
熱い。痛い。苦しい。助けて。
叫び続けてどのぐらい経ったのだろう。
それとも本当は、時間などまったく進んでいなかったのか。
やがて竜の証が己に定着し、その力の一端が己の隅々まで満ちるのをロシータは感じた。
竜の精神が一時的に同期した影響か、彼女の中から混乱と恐怖が去り、潮が引くように心が凪ぐ。
そして――なんということだろうか。可笑しくてたまらなくなってきた。
こみあげる嘲笑に唇が歪む。
本当に、なんてバカらしいことだろう。あんな愚物の群れが幸せになるためだけに、自分は寄ってたかって犠牲にされたのか。
(無邪気な顔で私から婚約者を奪っておきながら、嫁いでたった一年で飽きられたのね、パトリシア……可哀想なこと)
そんなパトリシアを手に入れるために、己の婚約者を処刑台に送り込んだダリオ。
邪魔なローサを始末し、その娘を裏で虐げ続けたカタリナ。
ただの醜い略奪愛を美しい恋物語と呼び、小さな令嬢を痛めつける言い訳にした使用人達。
最も最低なのは言わずもがな、レイエス子爵だ。
(結局どこまでも変わらない。あなたはローサを失った自分が可哀想で、カタリナに騙された自分が可哀想で、その娘にローサの娘を奪われた自分が可哀想でたまらないだけ。せっかく延長できたと思っていた恋物語を破かれて、癇癪を起こしているだけなのよ)
それは絶望と呼べるほど上等なものではない。
幼い欲望と個人的な都合に満ち溢れた、醜悪な喜劇。
その劇で道化役を強制的に押し付けられたのが、ロシータという娘だった。
誰から見ても明白な悪として、最もちょうどいいところにいる登場人物。
『ああ、なんて、バカらしいの……』
竜の精神に同調しているせいか、ロシータの心はどこまでも冷めてゆく。
記憶の中の彼らに対する感覚が、人という生き物ではなくただの物体に置き換わり、『人』として持つべき最低限の慈悲の感情すら急激に薄れていった。
これは今までにないことだった。今までのロシータは何らかの強い感情を抱きそうになるたび、条件反射のように諦念が湧いて頭を冷ましてきた。
それが今はまったくない。
(私がおとなしくしていたから、あの者達は安心して、いくらでも私を責めることができていたのよ。どうしてそんな簡単なことがわからなかったのかしら?)
眷属になった瞬間から目の前の竜と繋がり、与えられた力の性質を本能的に理解した。
『戻れ。すべて。在りし日に』
竜の咆哮に世界が共鳴し、雷雲が無数の巨大なとぐろを巻いて、世界は急激に巻き戻されてゆく。
彼女の卵が壊されてしまう前に。
そして再び壊される『未来』を避けるために、ロシータは送り込まれるのだ。
この竜がロシータを選んだのは、奈落の竜を召喚した者の身内であり、決してその者に協力することはない魂だったからだ。
彼女は誰よりも純粋な敵として彼らの『未来』を破壊し、『奈落の竜』の出現を阻むことだろう。
『ええ……やってみせましょう……』
ロシータは微笑んでいた。琥珀の瞳の内側に光が灯り、灼熱で熔かされた黄金となって虚空を見つめる。
その瞳孔は細く、天に伸ばした両手の爪は鋭く尖って、全身を包む炎に悲鳴を上げることもなく身をゆだねた。
崩れ落ちる指先を目にしながら、彼女は理解していた。これは再構築だと。
この記憶と力を保ったまま、竜の送り込んだ世界で生まれ直すための。
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