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育てた子が育ちすぎている
16. 狭い世界の外を知る
天気のいい日に、花を見ながらお弁当を食べるなんて何年ぶりだろう。
もともと佳斗はイベントごとに興味が強かったわけではない。けれどあの会社に入り、季節のイベントを一緒に楽しめる相手も時間もゼロになって、切ない気持ちになることが増えた。
他人を羨んだことはない。ただ、どうしても懐かしさと一緒に、心の中にぽっかりとあいた空洞を意識してしまう。
自分独りではどうしようもなかった、ほのかな喪失感。
それも今日、ナイゼルのおかげで完全に消え去った。
(はー。弁当うまいし空は青いし。最高)
ナイゼルはよほどお腹がすいていたのか、それとも初めての花見が楽しかったのか、いつもより食べるスピードが速かった気がする。
行儀の良い彼には珍しく、口元におにぎりのご飯粒がついていたので指で取ってやると、ちょんとついばんでもむもむ食べた。
佳斗の指に何の抵抗もなく口をつけ、ご飯粒を食べるナイゼルの愛らしさときたら、言葉では語り尽くせないほどだ。
(く、あ、あ、可愛い~!)
人見知りだった黒い犬が、自分にすっかり懐いてくれている。
このとんでもない愛らしさを、世界中に自慢してやりたくなる佳斗だった。
「……ケイト。水がこぼれそうになってる」
「うわっとぉ! あぶね」
無意識に持っていたカップを変な角度にしていたらしい。
慌てて持ち直すと、中はもう残り少なく、全部飲んでしまうことにした。
「ところでナイゼル、この水すごく美味しいね。何か特別な水にした?」
「そんなはずは……別に、何の味もないぞ?」
「美味しいよ。さっぱりしてるし、舌触りがまろやかな感じがする」
「……?」
ナイゼルは不思議そうな顔で、自分もカップに口をつけた。同じように残りを飲み干し、やはりいつもの水と区別がつかなかったのか、首を傾げる。
佳斗も最後のひと口を飲みつつ、ナイゼルが用意してくれたから余計美味しく感じるのかも、と当たりをつけた。
(用意と言えば、これもだよな)
そう、もうひとつあった。
「この靴、どうやって買ったの?」
購入したということは、物々交換ではなく、物を得るのに金銭が必要な世界ということだ。
ぱっと思いつくのは、身の回りの何かを売って購入資金にしたということぐらいだが、あの部屋に売れるものなどあったろうか?
佳斗が『プレゼント』したあれこれを、この少年が無断で売却するとも思えない。
すると彼は誇らしそうな表情で、心持ち背筋を伸ばした。
(な、なんだ?)
つられて佳斗も背筋を伸ばす。
まるで保護者に重大な報告をするかのように、ナイゼルは口をひらいた。
「実は、仕事というのをしてみたんだ」
「し、仕事!?」
予想だにしなかった言葉が出てきた。
目を真ん丸にした佳斗にナイゼルは頷き、ポケットの上に軽く手を当てる。
その中には、彼の書いた大量の魔法式があった。
「ケイトの世界では、便利屋と呼ぶのだと思う。探し物や調達を依頼されて、対価を得る」
「へえ。なんか冒険ファンタジーでよく見るギルドとか、そういう感じ?」
「『スマホ』の中にあった物語だな。そのギルドというのは、どれも登録が必要だったろう? 俺は特にそういうのをしていない。仕事の斡旋人がいて、そいつを介して依頼を受けたんだ」
「……それ、大丈夫なのか? 危ない仕事とかは……」
「身の危険を感じる仕事じゃない。簡単な依頼ばかりだから、安心してくれ」
ホッとした佳斗に、ナイゼルは続けた。
「この国、魔道王国という名前の通り、魔法がとても重視されている。けれど民の全員が魔法の使い手というわけじゃなく、『格』が存在するんだ。そして優れた魔法の使い手は、地位も身分も高く、敬意を払われる存在になる。――俺ぐらいの魔法を使える者は、仕事に困らない。どこでも重宝されるんだ」
「そうだったの?」
「ああ。転移の魔法式に成功して、外をあちこち見て回って……そういうことが、わかるようになった」
言いながら、ナイゼルは苦々しい笑みを作り、佳斗から目を逸らした。
それは到底、いい種類の笑みではなかった。暗い負の感情が湧き上がり、勝手に出てしまったような笑みだ。
十代半ばの少年が浮かべていい表情ではない。
けれど佳斗には、それに見覚えがある。
(俺の顔だ。父さんと母さんが死んじゃった頃の……)
違う。両親が亡くなり、伯父夫婦に引き取られた頃の――いいや、そのあとだ。
伯父夫婦の家を出て、就職し、そして彼らに裏切られていたと知った時だ。
それを知りながら、何もできない現実に直面して笑うしかなかった日。
あの瞬間、鏡を見て後悔した。酷い顔がそこにあったからだ。
(俺の人生いったい何だったんだろう、て思ったら、笑おうと思わなくても笑えてきたんだよな……)
この子はもしかしたら、自分のことを無価値だと思い込まされていたんだろうか。
おまえは無価値だと誰かに教えられ、それを本当のことだと信じて。
ところが外の世界に踏み出し、そうではなかったと悟った。
外には彼の魔法に価値を見出す人々が、きっとたくさんいたのだ。
佳斗はそれが嬉しいような、寂しいような複雑な気分になった。
まだまだ小さいと思っていた子が、親に内緒でアルバイトをして、稼いだお金でプレゼントを買ってくれたという……多分、そういう気持ちだ。
心配と誇らしさと嬉しさと、こうやって我が子は巣立って行くんだなぁという、何とも言えない切なさが去来する。
親父くさい思考を振り払い、佳斗はことさら明るい声を発した。
「ほんとすごいよナイゼル! 俺なんてこれっぽっちも魔法使えないから、この国だとひょっとして最底辺か? どこへ行っても『おまえみたいな無能はいらん』ってバカにされちゃうかもな!」
――ナイゼルの瞳が細められ、ギラリと光った。
「ケイトをバカにする輩がいたら、俺が絶対に許さない」
「お、おう? ……頼りにしとく」
「うん」
剣呑な光はすぐに消え、そこには頼られて嬉しそうな少年の微笑があった。
さっき一瞬、怖くなったのは気のせいか? 佳斗が瞬きをしている間に、いい子のナイゼルはさくさくと弁当箱を片付け始めた。
箸とフォークと使用済みウェットティッシュを入れて蓋を閉め、布で包み直すだけだが、案外これだけでもまったく手伝わない人間は多い。
「ナイゼル、おまえ絶対いい男に育つよ。大人になったらきっとモテる」
「そう? ……俺はケイトから見て、いい男になりそう?」
「絶対なる。今でも充分かっこいいけど、将来もっとかっこよくなりそうだな」
どちらかといえば感情表現の控えめな少年は、落ち着いた面にほんのり喜びを滲ませた。
不意に浮かびかけた過去の嫌な気分は霧散し、楽しい気分に取って代わった。
昼食が済んだあとも、今日はまだ時間がある。
「このあとはどうする?」
「ケイトがよければ、街に行こう」
「いいのか? 正直、すんごく見たいけど」
「もちろん。だからこの靴、用意したんじゃないか」
ナイゼルは指先で自分のブーツをトントンと叩いた。彼は最初から佳斗を案内してあげるつもりだったのだ。
「おまえ、ほんっとうにいい男だな!」
「ケイト。苦しい」
猛烈な勢いで抱きしめ、頭をうりうりする佳斗。
ナイゼルは文句を言いつつも、こらえきれない様子で噴き出した。
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