陽廻りの書

日村透

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神秘と心霊と

59. 救い主との思わぬ関わり

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 どちらかといえば小柄な老人だ。身長に応じた標準的な体型で、人によっては細身に見えるだろう。
 しかしその瞳は眼光鋭く、ことさら表情を変えずとも相手を威圧する力に満ちている。

(ダグラス・モーガンだ。下院議員の)

 新聞で何度か見かけた顔だ。警官が慌てふためき、直立不動になるのも無理はない。
 思わぬ大物の登場にオズワルドも驚きつつ、さっと髪を手櫛てぐしで整えて背筋を伸ばした。議員に対して失礼があってはならない。
 そのモーガン議員は、何故か警官ではなくオズワルドの様子をじっと見つめたあと、何やら納得した顔で頷いた。

「あの、モーガン議員。この怪しい男は先ほど、あちらの通りから……」
「私の知人だ。怪しい人間ではない」
「ええっ!?」

 警官だけでなくオズワルドも仰天した。

(知り合った覚えはないぞ? いくら俺だってこんな印象的なご老人、ひと目でも会ったなら強烈に記憶に残っているはず……)

 ふと、馬車に目をやった。
 開いた扉の奥で座っている、上品なご夫人。ここからは顔が見えないが、もしやあの夫人は。

「……もしや、一等車でお会いした?」
「うむ。妻と話が弾んでいたろう」

 やはり、あの時の老夫婦だ。

(なんであの時わからなかったんだ!? モーガン議員の顔は前から知ってたのに――)

 当時のことを思い返し、オズワルドはあっと目を見開く。
 あの紳士は帽子をフックにかけ、新聞を読んでいた。顔を上げた時には厳しそうな表情でずっと眉間を揉んでおり、夫人はそれを乗り物酔いだと言った。

(……手で、顔のほとんどが隠れていたんだ)

 警官達はオズワルドよりもさらに目をき、二人の顔を見比べている。

「え、え? 一等車って……」
「それでは本当に、お知り合いなのですか?」
「私の知人で間違いない。人違いかと思ったが、馬車を停めさせてよかった。ただならぬ様子だが、いったい何事だ?」

 モーガン議員は眉根を寄せた。初対面の時のきっちりとしていた青年が、この場所でこの時間に、そんな格好でうろうろしているわけがない。そう思い、当初は馬車を素通りさせるところだったのだ。
 そこでオズワルドは、やっと自分の声がまともに出せることに気付いた。

「ええ、実は――書店街で辻馬車を拾ったあと、馬車が行き先とはまったく関係のない方向に走り始めたのです」
「なに? 馬が暴走したのか」
「いいえ。御者は馬をしっかり制御していました」

 何度も角を曲がられたせいで、身体を支えるのに必死でろくに叫べなかったこと。
 やがてどことも知れぬ暗い道で馬車が停まり、御者に銃を突き付けられたこと。
 下手に作り話をするよりも、なるべく事実を話したほうがいいと判断し、オズワルドは一部を除いてありのままの経緯を口にした。

「撃たれると思ったのですが、その男は再び馬車を動かして去っていったのです」
「なんと? 命も金も取らないとなると、目的はなんなのだ」
「いえ、狙いはおそらく命だったのでしょう。そこは街灯が暗く、数も少なく、周辺の建物にも灯りは見えませんでした。なので、だったのではないかと思います。身の危険を感じてすぐにその場から離れたのですが、案の定、何者かに追いかけられました」

 モーガン議員だけでなく、警官達の目の色も変わった。
 オズワルドを追いかけたのは、日の沈む時間帯になると徘徊し始める犯罪者か、その御者の仲間だと見当をつけたようだ。

「とにかく必死で逃げ、どこをどう通ったかも定かではなく……ですが幸運にも、正しい方角に逃げていたようです。しかし途中でステッキと帽子を落としてしまい、ここに着いた直後は胸が苦しくて言葉を発することもできず、彼らに誤解をさせてしまいました」
「――これは、そのような事情とは存じ上げず大変失礼いたしました」

 警官達は改めてオズワルドに詫びた。
 彼らは仕事をしただけなのだから、謝る必要はない――というわけにはいかないのだ。議員と親しく言葉を交わす『知人』を、危うく犯罪者扱いするところだったのだから。

「しかしお命を狙われたとなると、やはりお話を伺う必要があります。失礼ながら、お名前を教えていただいても?」
「オズワルド・クラーク。ターナーの館で下宿をしています」
「た、ターナーの……!?」
「はい。遅くなったので心配させているかもしれません。明日改めて署に伺いますから、今夜は一旦帰っても構いませんか?」
「も、もちろんです! いえ、ご足労いただかずとも、我々が明日そちらに伺いますので!」

 彼らは議員に対してだけでなく、オズワルド相手にも直立不動となった。
 どうやら、この議員の知人であのターナーの下宿人という点で、こいつも大物だと思われたらしい。

「その前に一点だけ伺いたいのですが。その馬車のはご覧になりましたか?」
「――ええ、見ました」

 辻馬車の番号標だ。
 レッドフォードの辻馬車は例外なく、営業許可番号の書かれた板を、馬車の前後に目立つように取り付けている。
 辻馬車の絡んだトラブルが後を絶たなかったことから登録制にした経緯があり、その番号は警察によって管理されていた。

(もしかしたら偽物かもしれないけどな。どうせこいつはここで終わると思って、偽装していなかった可能性もある)

 そう思って、オズワルドは念のため番号を記憶しておいたのだ。
 ちなみに御者の顔や特徴は覚えていない。暗かったから仕方がないのである。


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