死の花

丸井竹

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14.人妻に恋する男娼

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 避難民たちは大抵、走れば町に逃げ込めるような、門の傍にテントを張る。
しかし二人の前に現れた男達は、誰も近づきたがらない墓地のすぐ手前から現れた。

となれば、何か悪事をやらかして隠れている悪党に違いなかった。
物取りであれば、金を渡して逃げてしまえばよかったが、レイシャは今朝方、アンナに重い財布を投げつけてしまっていた。
ディーンがレイシャを後ろに庇い、手で小さく逃げろと合図をした。
直後、背後からも土を踏む足音が聞こえてきた。

「その女を置いていってもおうか?」

太い声が迫り、レイシャを後ろに逃がそうとしていたディーンは、急いでレイシャを引き寄せ、そちらに視線を向ける。
悪人面の大男が、道に立ちふさがり、レイシャにいやらしい視線を向けている。
その腰には大きな大剣が吊り下げられていた。

死の呪いが広まり、王都を捨てた人々の中には生活が立ち行かなくなり、野党になる者も多い。

なんとか警備兵のいる門まで引き返せないだろうかと、ディーンは道を探す。
その時、レイシャがディーンにしか聞こえない声で囁いた。

「ディーン、私を置いていって。私は大丈夫だから、裏門まで走って逃げてちょうだい」

ディーンは耳を疑った。
咄嗟のことに、声もでない。

レイシャが本気のわけがないとディーンは考えた。
悪人達に囲まれ、女が一人残されたら、どんな目に合うかさすがにわからないわけがない。

ところが、レイシャは腕を振りほどき、前に出ようとした。
ディーンの手を腕からはずそうと、つかまれていない方の手でディーンの指を剥がしにかかる。
その力は本気だった。

「ディーン、早く逃げてっ」

腕を放してくれないディーンに、苛立ったようにレイシャが叫ぶ。
その高い女性の声は、悪党たちを刺激してしまう。
レイシャは本気で自分に男達を引き付け、ディーンを逃がすつもりなのだ。

そのレイシャの姿に、ディーンの心は震えた。

娼婦経験もない小柄なレイシャが、これだけの男達を相手に出来るわけがない。
適当にあしらう方法さえ知らないだろう。
それなのに、ディーンを庇おうとしているのだ。

「君が逃げろ」

早口で囁き返すと、ディーンはぴしゃりと心を切り替えた。

するりとレイシャの前に出て、ディーンはあっという間にシャツを脱ぎ捨てた。
唖然とするレイシャを振り返り、片目をつぶる。
それから、悪党たちに向き直り、男娼と一目でわかるような妖艶な笑みを浮かべた。

「それは困ります。お兄さんたち。彼女は私の上客なのです」

「なんだと?」

突然表情や口調を変えたディーンに、男達も驚いた。

それは悪い反応ではなかった。
余裕たっぷりのディーンの意味深な微笑と振る舞いに、悪党達は、吸い込まれるように魅入っていた。

ランプの灯りの中で、ディーンは誘うように微笑みかけた。

「兄さんたち、私をご存じないとはこの町の方ではなさそうですね。私はコト町の溺れる魚亭で男娼をしている者。これでもかなり売れている方なのですよ。
今さっき、店で彼女の財布を空にして送ってきたところです。今後のためにも彼女に手荒なことをされては困ります。ですが、私で良ければお相手しますよ」

レイシャが震えながらディーンの手を握ろうとしたが、ディーンは静かにその手を押し返した。

「男なんて抱く趣味はねえよ!」

ひと際大きな体躯の男ががなり立てたが、ディーンは艶やかに笑い、男達を引き寄せるように体を逸らした。
その動きに男らしいところは一つもなかった。

「ならば試してみます?普段は有料ですが、彼女を見逃していただけるなら、ただでご奉仕いたしましょう。男も悪くないときっと思わせてさしあげます」

淫靡な眼差しで悪党たちを見回しながら、ディーンは片手を体に這わせ、乳首を撫でると、頬に滑らせた指で唇を押し上げた。
男でもなく女でもない、不思議な魅力を湛えた美女がそこにいるかのようだった。

「旅の思い出に、試してみてはいかがです?男は無理だというお客を、何人も骨抜きにしてきた私の技を試してみませんか?」

一番手前にいた大男がごくりと喉を鳴らした。

彼らはちょっとした物取りをして、衛兵が交代する夜を待って一日身を隠していたのだ。
せっかく大きな町に来たというのに、遊びらしい遊びも出来ず、退屈で死にかけていた。

暗くなってきたところに弱々しい男と女が来たということで喜んだが、遊びを提供してくれるというなら願ったりかなったりだと、ディーンの様子を見て心境が変わってきた。

ディーンは細く締まった体をくねらせ、色っぽく歩き出すと大男の前で足を止めた。
しなやかなに、右手を大男の太ももから股間に向けて滑らせる。

「もし楽しかったら、次はお店で指名してください」

下卑た笑い声を立て、大男はディーンの腰を抱き寄せた。
大男と並んでみれば、確かにディーンは少し細身の女に見えた。
そのなまめかしい表情は妖艶な美女そのものだ。

これならば抱けるのではないかと悪党たちは、興奮し始めた。
しかも懇切丁寧に男とのやり方を、プロの男娼が教えてくれるというのだ。
未知の快感を体験できるかもしれないと、悪党たちが生唾を飲む。

「なるほど、旅の思い出か。面白い。試してやる」

男達がディーンの体に群がっていく中、レイシャは暗い森の中に飛び込み、後ろも見ずに走り出した。
背後から耳を覆いたくなるような下品な笑い声が聞こえてきた。

「おおっ!こいつはなかなか、その辺の酒場女よりうまいかもしれないぜ」

胸が締め付けられるような、残酷な男達の野次が遠ざかる。

レイシャは溢れる涙を拭いながら、真っ暗な墓地に飛び込んだ。

闇の中を全速力で走るレイシャの体は傷だらけになった。
尖った岩や木切れもいくつも踏み抜いた。
何かにぶつかり、何度も転んだが、すぐに立ち上がりレイシャは必死に走り続けた。

やっと呪われた解呪師の屋敷に到着すると、レイシャは階段を駆け上がった。
そのままフェスターの書斎に向かい、ノックもせずに扉を開ける。

「フェスター様!」

フェスターはいつもの場所に座っていた。
レイシャは泣きながら書斎机に飛びあがった。

さすがのフェスターも眉をひそめ、正気を疑うようにレイシャに目を向けた。

「フェスター様!お願いです!助けて!ディーンが、ディーンが、男達に……うううう……男達に囲まれて犯されちゃう!私の身代わりなの!お願い!」

叫ぶや否や、レイシャはフェスターの首に泣きながら抱き着き、無理やりその体を引っ張り上げようとした。
冷酷な夫に対し、そんな乱暴な振る舞いをしたことは一度もなかったが、レイシャは必死だった。

フェスターは首にしがみつくレイシャの腕を簡単に振りほどき、その体を机から押しのけた。
後ろから床に落ち、レイシャはしたたかにお尻を打ち付けた。

「痛いっ!」

フェスターは机を迂回し、床に倒れたレイシャを見おろすと、顔をしかめた。

底なし沼にでもはまっていたのかと思うほど、レイシャの全身は泥だらけだった。
さらに、着ている服もぼろぼろで、よく体にまだ張り付いているものだと感心するほど原型をとどめていない。

剥き出しの肌は切り傷や打ち身による痣だらけで、無事なところを探す方が難しい。
顔も例外ではなく、半面が大きく腫れあがり、人相が完全に変わっていた。

鞭を使うまでもなく、何処に出しても恥ずかしくない、立派な虐待されている妻の姿だった。
外に出せば、この妻は一体夫に何をしてこうなったのかと、誰もが恐ろしい想像をかきたてられ、ぞっとすることだろう。
その状況を想像し、フェスターは悪くないと考えた。

「フェスター様、お願いします!助けてください」

レイシャは必死だった。こうしている間にも、ディーンが何をされているのかわからない。

「ディーンが……私を庇って……」

フェスタ―の足にしがみついていたレイシャは、もう夫はあてには出来ないと立ち上がった。
よろよろと暖炉まで歩き、火かき棒を取り出す。

それを杖のようにつきながら、レイシャは入ってきた扉に向かった。
その腕をフェスターが掴んだ。

「どこに行く」

レイシャは必死に足を前に出そうともがいた。

「助けに行きます!」

「仕方がない」とフェスターが呟いた。

「待っていろ」

窓も開いていないのに、どこからともなく黒い風が吹き込んだ。
それは黒い霧のようにフェスターの全身を包み込み、一瞬でフェスターの体を消し去った。

書斎に一人残されたレイシャは、火かき棒を杖代わりに部屋を出た。

よく考えてみれば、解呪師は人と戦う仕事ではない。
見た目だけは良い、フェスターが逆にやられる可能性だってある。

助けを求めるのであれば、町の方向に走るべきだったのだ。
その事にやっと思い至り、レイシャは全身の痛みを無視し、急いで階段を下り始めた。



外はすっかり日が暮れていた。
森の中は完全な闇に包まれ、不気味は音ばかりが聞こえてくる。

呪いの花の養分である、悪意のざわめきが、フェスターにその居場所を知らせていた。
墓地の中に姿を現したフェスターは、森に入るとしばらく進み、足を止めた。

木立の向こうで大きな炎が揺らめいている。
近づくと、その灯りの中に、複数の人影が見えてきた。

焚火のむこうにある木立に、大きな人影が映り込み、混じり合うように動いている。
手前に目を向けると、実際に、そこで二人の男が器用に交わっていた。

そのすぐ傍には既に事を終えたらしい男達が、満足げに腰を下ろし、不快なだみ声で話をしている。
女かと思うような甘い声が、断続的に男達の声に被ってきこえてくる。

「あんっ……はっ……あっ……はっ……」

色っぽい息遣いをしているのは、仰向けに寝そべった大男の上にまたがっている、いかにも男娼といった容姿の整った若い男で、しなやかな体をのけぞらせ、腰を揺らしながら大男の股間を片手でまさぐっている。
その慣れた仕草は、流れるようで無駄がない。
的確に大男の欲望を刺激し、満たしていく。

「ああ……いい。男も結構いける……いや……抜ける」

大男は、野太いで喘ぎながら、限界に近付いているように太い腰を大きく突き上げた。
甘く鳴く若い男の体を抱き寄せ、分厚い唇でその唇を奪う。

抵抗もなくその乱暴な口づけを受けた若い男は、巧みに唇や舌を使って大男を蕩けさせていく。
男娼としては、なかなかの腕前だった。

満足そうに欲望を吐きだした大男は、若い男を強く抱きしめた。
その胸にすがるように若い男は大男の胸毛の中を指で撫でる。

「すごくよかったですよ、お客さん。どうです?これからうちの娼館に来ません?こんなところでは体が痛むでしょう。お風呂もありますよ?」

中性的な甘い男娼の声に、まんざらでもないように笑い声を漏らし、ごろつき共は腰を上げた。

「いいや。そろそろ宿を探すぜ。お前、どこの店だっけ?」

「娼館街の奥から三軒目、溺れる魚亭です。ディーンと申します。ごひいきにどうぞ。サービスしますよ」

裸の胸を晒したまま、ディーンは地面に腰を落とし両足を大きく開いて誘うように微笑んだ。尻の穴に吐きだされた白濁した液体が、ぬるりと出てきて地面に広がる。
その淫靡な姿は、股間の物があるにも関わらず、やはり妖艶な美女のようにも見え、悪党達に男を抱くのも悪くなかったと思わせた。

「そのうち寄ってやるよ。まぁでも女がいいってことになるかもな」

男達は下品な声を立てながら町の方へ消えて行く。

悪党たちの姿が見えなくなると、ディーンはほっとして、散らばった服を探し始めた。
久しぶりに男に抱かれ、体中が悲鳴をあげている。

ズボンを履いていたディーンは、ふと後ろを振り返った。

視線を感じたような気がして、レイシャが戻ってきたのかもしれないと考えた。
しばらく待ったが、闇の中からは物音一つしない。

レイシャの無事を確かめに行くべきではないかとディーンは考えた。
夫に鞭を使われ、叱られているかもしれない。

この細道の先に何があるのか、ディーンは何も知らなかった。
町の地図には、この先は立ち入り禁止区域とあった気がしたが、そこまでの道は長く、途中には何も記載されていなかった。

もしこの先に、複数の分かれ道が出てきたら、道を知らないディーンはすぐに迷ってしまう。

夜に森に入るのは危険だと思いながらも、やはりレイシャの無事を確かめたい気持ちが勝った。
脱いだ服を身につけ、ディーンは森の道を進もうとした。

「レイシャなら無事だ。このまま引き返せ。この先は立ち入り禁止区域だ」

突然聞こえた低い男の声に、心臓が跳ね上がるほど驚き、ディーンは闇の中に目を凝らした。

その姿は見えてこないが、裕福な女性であるレイシャを呼び捨てに出来る人物は、レイシャの夫しかいない。
ディーンはそう確信した。

レイシャを叱らないで欲しいと懇願するべきか迷い、それが逆効果になる可能性を考えた。
ディーンは闇に向かって深くお辞儀をした。

その胸には複雑な思いが渦巻いている。
無事に夫のもとに帰れたことに安堵しながらも、胸を焼かれるような嫉妬とひりつくような恋しさが膨れ上がる。
それから、レイシャが鞭でぶたれないように心から祈った。

レイシャが夫の元に戻ったのならば、自分の役目はここまでだ。
ディーンは自身にそう言い聞かせ、森に背を向け、町に引き返した。
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