死の花

丸井竹

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31.夫の正体

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「とある嵐の日のことだ。お前達が通ってきたあの岩山のふもと近くの道で土砂崩れがあった。
その道をたまたま通りかかった馬車が巻き込まれ、乗っていた両親は死に、息子が生き残った。それがフェスターだった」

痛ましい話の始まりに、二人は表情を強張らせた。

「両親は死んだが、彼にも親戚がいるであろうし育った場所もある。私は彼が生まれ育った村に連れていってやろうとした。
しかし村の様子をうかがってみれば、村の人々はフェスターを恐れていた。
彼はもともと死の森の縁にある村の出身で、生まれつき魔力を持っていた彼は、その影響もあって既に膨大な魔力を体に宿していた。
両親は彼を国に売るため、王都に向かっている途中だったのだ。
王国に引き渡せば、太古の魔法契約に縛られ、魔力制限を受けることになる。
それは決して悪いことでもない。周囲を危険に晒すことなく安全に魔力を人の役に立てるための教育を受けることが出来るからだ。私は彼を国のそうした機関に届けるべきか迷った。
しかし、私も野良の魔法使い。もし、制限も受けず、安全な使い方なども学ばずにいたら、どんな魔法使いになるのか見てみたくなった。私は、彼をここで自由に育てることに決めた」

ロナがフェスターの育ての母親と知り、二人は驚きの表情になった。

「この庭にいれば彼の力が外に出ることはない。
彼は実に生き生きと遊び、好きなだけ学んだ。生き物を愛し、育て、それから破壊した。
全ての命に宿る魔力の仕組みを学び、それを自由に操る術を身につけた。
枠にとらわれず、あらゆる分野において彼は力を試し続けた。
そんなある日、フェスターは死の花を見つけてきた。
それは、ここにある分には何の害もなく、ただ純粋に美しい白い花だった。
ところが、彼はその研究に没頭し、ある時、外に出ると言い出した。
必ず連絡をするように約束させ、彼を送り出した。
フェスタ―が、お前の母親に会ったのはその直後だ」

レイシャは、困ったように顔をしかめた。

「レフリア様?母親と言われても実感がわかないわ……」

不安げなレイシャの手をディーンがそっと握った。

「レフリアの父親は王城に勤めていた文官だったが、勢力争いに敗れ、辺境の地に追い出されてきたばかりだった。
偶然かどうかわからないが、フェスターは森でレフリアに会い、仲良く遊ぶようになった。
フェスタ―はレフリアに魔力を使って様々なものを見せた。
花を咲かせ、水を噴き上げ虹を作り、石を集めて希少な宝石を作った。
それはレフリアの野心に火をつけた。
父親にすぐれた魔法使いを発見したと報告したのだ。
国は忠誠を誓う魔法使いを欲しているのと同時に恐れてもいる。
すぐれた魔法使いを国は管理し使いたいと思うだろうと、レフリアの父親は考えた。
父親はレフリアにフェスターを王都に誘えと命じた。
最初は渋っていたフェスターだったが、レフリアに説得され、やがて少しなら行っても良いと返事をした。
その話を聞き、私はフェスターに忠告した。
人の世界にいくのであれば、その能力を隠すことだ。恐れは不信感を生み、敵を産むと」

ロナは悲し気にため息をつき、フェスターが残した小さな玩具たちに視線を向けた。
川べりや、花壇の植え込み、木々の枝先に、子供時代のフェスターの思い出がある。

「レフリアとその父親、そしてフェスターは王都に向かった。
詳しいことは知らないが、誰にも出来なかったようなことをフェスターは軽々とやってのけたらしい。
とにかく、全ての分野において彼はその能力を遺憾なく発揮した。
レフリアの父親はフェスターのおかげで王城勤めの地位に返り咲き、レフリアは再び王都で暮らせるようになった。
フェスタ―もまた、王城で高い地位を与えられ、王国の魔力使いとして生き始めた。
しかし……突然現れた年若いフェスタ―に嫉妬し、反感を抱く者も多かった。
それは私が警告していたことだ。
彼の魔力は桁違いであり、独学でその力を極めたフェスターは、不可能を可能に変える天才だった。
妬まれ、憎まれた。
さらに、フェスターはまだ国の魔法契約で縛られていなかった。
彼の魔力に制限をかけようと、研究者たちが国に訴えた。彼を契約でしばるべきだと。
フェスタ―はそんなものに縛られるぐらいなら田舎に帰ると拒絶した。
そして、彼が戻ってくると私に連絡を寄越したその年、死の花の胞子が王都に現れた」

「ここにあった死の花が王都に?」

レイシャはまだ見たことがなかった。

「そうだ。ここにあっては無害なものだったが、王都ではそうではなかった。
人がいる場所には花の養分になる醜い感情が溢れていた。
その花の魔力を研究していたフェスターだけが、その対処方法を知っていた。
しかしフェスターは、誰にもそれを教えなかった。
死の花の研究を始めた王国の研究者たちは、その花がもつ恐るべき力に気が付いた。
人を呪い殺す力になることが判明したのだ。
その力を最も有効に活用できる呪術師に注目が集まった。
彼らはもともと悪い運気を払うといった、まじない師のような存在だったが、それが実際の力を手に入れてしまった。
死の花の魔力を借り、政敵を簡単に殺せることが判明すると、王宮内には死がはびこりだした。
呪いを受けた者は復讐を考え、貴族たちに雇われた呪術師たちの戦いが激化していった。
混沌とした王宮内の陰謀をおさめたのはやはりフェスターだった。
彼は全ての死の呪いを消滅させ、死に瀕していた人々を救い、王城内で人が死の花によって殺されるような事件はもう起こらないと宣言した」

「国を救ったのね」

両手を胸の前で組み合わせ、レイシャは興奮したように囁いた。
ディーンは固い表情で黙っていた。
そんなことをすればさらに、妬みや嫉妬を煽ることになるとわかっていた。

「死と呪いを終わらせたフェスターは英雄扱いだったが、それは……自分こそがこの難題を解決してみせようと野心を燃やし、魔力を磨いていた研究者たちの反感を買った。
自分の評価を上げるため、フェスター自身が死の花をばらまいたに違いないと王に訴えたのだ。
実際、フェスターの使っていた研究室から死の花が発見された。
誰かがこっそり入れたものだったかもしれないが、とにかくフェスタ―に容疑がかかった。
既に死の花は人々に恐怖をうえつけていた。その死の花を容易に退けたフェスターを、王もまた恐れたのだ。
死の花を操るための呪術師としての力を封印させようと、魔法契約を迫った。
力を制限されるその契約をフェスターが断っていたことも、無駄に人々の恐れを招いたのだ。
王はフェスターと親しかったレフリアに、フェスターを説得するように頼んだ。
長い間フェスターはレフリアと過ごしてきた。
レフリアの言葉なら聞くだろうと思ったのだ。
そして、レフリアは……王に恋をしていた。もし、フェスターを従えることが出来るならば未来の王妃になれると夢見ていた。
それ故、国に協力することを約束した」

「フェスター様から……力を奪ったのは王妃様?」

ロナは頷いた。

「レフリアは、一時的なことだとフェスターを説得した。太古の魔法契約は、魔力を持つ者にとって絶対の力を持つ。その力で魔力を制限されてしまえば、フェスターの力のほとんどが封じられてしまう。
しかし死の花の呪いを完璧に防ぐことが出来るのはフェスターだけだ。それゆえ、解呪師としての力のみを残し、他の力は一時的に制限する契約に同意して欲しいとレフリアはフェスターに頼んだ」

「そんな……」

偉大なる力は人の妬みや憎しみにより封じ込まれたのだ。

「もちろん、フェスターは断った。
研究も、学問も、身につけた力も、全ては努力してきた成果であり、自分の生みだした子供のような存在だとレフリアに語った。そして、もし一時的に力を封じるというのならば、自分の子供を一時的にでも手放せるのかとレフリアに問いかけた」

まさか、それが?とレイシャは自分を指さし、眉をひそめた。
そうだとロナが頷く。

「レフリアは既に王の子供を宿していた。生まれた子供を手放すことを同意出来るわけがない。
ところが、王はレフリアを王妃にすることを確約し、一時的なことであるのだから、手放すべきだと主張した。
結果、レフリアは最初の子供をフェスターに渡すことを約束した。
魔法対価契約を交わし、フェスターは一時的に魔術の使用を封じられることになった。
さらに王国内の呪術師たちも力を捨てることになった。
王国の決まりにより、呪術師という仕事は消えることになった。
一年近く、フェスターはガラス張りの研究室に作られた牢獄で暮らした。
その外では再び死の花が増え、呪いや死がはびこった。
さらにフェスターは様々な分野で活躍していたため、解決できない事件が山積みになった。
フェスタ―には解呪師としての能力が残されていたが、一切王国のために働こうとはしなかった。
呪いで死にかけている人々を連れていっても、フェスターは平気で見殺しにした。
レフリアが娘を産み、魔法契約によりフェスターのもとに運ばれた。
王妃は泣いたが、契約を違えれば対価となった娘は消滅することになる。
生まれたばかりの子供を受け取ったフェスターは、取引をもちかけた。
月に一度、解呪師として国に仕えることを条件に、城の外に出て暮らすことを要求した。
フェスタ―は罪人たちで呪器を作り、誰にも治せなかった呪いを解いて見せた。
王国はフェスターが王城の外で暮らすことを許可し、フェスターは王国の解呪師として正式に雇用されることになった」

「一時的だと言ったのに、フェスター様の力は返されなかったのですね?契約はそのまま?」

レイシャの質問にロナはまた頷いた。

「一時的なものだからと言われ、王妃の娘を力の対価に預かったフェスターは、その約束を反故にされ、最悪の養い親を探し、そこにレイシャの養育を丸投げしにした。憎しみと復讐のはけ口にレイシャを呪器に育てようとしたのだ。
あの子が力を一時的に捨てる可能性があることを知らせて来た時に、魔力を封じる石を送った。
レイシャ、あんたの漆黒鳥の髪飾り、それからディーン、あんたの指輪、あらゆるところにあの子の持っていた魔力が生きている。
それらは死の花の呪いからお前達の命を守る役割を果たしている。
あの子は時々私に手紙を送ってきた。今回はあんた達が来ることを知らせてきた。
復讐に囚われていくあの子の心を、あんた達が止めたのだと私は思っているよ。
特にあんただ、レイシャ。あんたを不幸にするのは大変だったとフェスターが手紙で書いてきた」

ゆっくりとお茶を啜ったロナだったが、ディーンもレイシャもそんな気分ではなかった。

「あんまりです……。フェスター様は、どうなるのですか?」

レイシャの震える声に、老婆はお茶のカップをテーブルに戻しながらゆっくりと答えた。

「そうさな……。恐らく呪術師が一人残っているのだろう。フェスターを呪い殺そうとするかもしれないな。呪器を失ったフェスターは身を守れず死ぬだろう。覚悟の上でお前達をここに送ったのだから、気にすることはない」

淡々とロナは語ったが、レイシャはじっとしていられなかった。

「そ、そんなことできません。まだフェスター様は私の夫で……」

「フェスターが死ねば、レイシャ、あんたとの婚姻は終わる。その子と結ばれたらいい。あの子はそれを願ったのだろうよ」

レイシャはディーンと目を合わせた。
言葉もなく、二人は互いの意思を確かめ合った。

「どうか、教えてください。どうすればフェスター様を助けることができますか?」

身を乗り出した二人を見上げ、ロナは深い息をついた。

「全く、若い連中は頑固でいけない……」

お茶をすすり、ロナはやれやれと席を立った。


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