愛があってもやっぱり難しい

丸井竹

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3.悪名高い村長の息子

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ようやく冬の出稼ぎの疲れが取れてきたある日のことだった。
その日、二人は納屋の片付けに追われていた。

片づけついでに、糸麦の種の状態を確認した二人は、今年は孔雀草の他にパイナという名前の穀物を植えようと相談し合った。
供給が過多になれば、それだけ穀物の値段は安くなる。

当たり外れがあるため、毎年、数種類の野菜や穀物を植えるのだ。

「土の状態があまり良くないみたいだから、鎖虫を仕入れた方がいいかもしれない。根を傷めずに土を耕してくれる」

北の大地はただでさえ土は凍り付き、土に良いとされる生き物の活動も消極的になりがちだ。肥料も多すぎれば毒になる。

「市場に行ってみるか……。アロナはまだ疲れが抜けていないだろう?俺が一人で行ってくるよ。馬ならばあっという間だ」

カインが一人で出かけると、アロナはカインが買ってきた物を収納する場所を作るため、納屋に戻った。

薄暗い小屋の中で、アロナが腰を屈め仕事に没頭していると、手元が少し陰った。
雲でも横切ったのかと、アロナは納屋の窓を見上げた。

と、ぱたんと扉が閉まる音がした。

はっと振り返ると、そこに黒い人影が立っている。
その顔を薄闇に透かし見て、アロナは驚きの声をあげた。

「え?!ルータス……さん?どうして……」

それは悪名高い村長の息子、ルータスだった。
ついこの間、親友夫婦が、アロナを狙っているようだと忠告してくれたばかりだ。
アロナは顔を強張らせ、後ろにじりじりと逃げた。

「旦那が町に行くのを見かけてね。お隣も出かけているようだったし、今はあんた一人だろう?」

嫌らしい目つきでルータスは、アロナをじろじろ見ている。
白髪交じりの短い髪を山羊油で固め、重そうに腹を揺らしている。
歳や体格は似ているが、ドルバインと違って、ただひたすらにだらしない体に見えた。

日中だというのに、酒のにおいまでさせている。

アロナは視線をルータスに向けたまま、何か武器になるものはないかと地面を手で探った。

「あ、あの……話があるなら、家で聞きます。お茶を入れますから……」

伸ばした手が後ろの壁にあたる。

「今更上品ぶるなよ。誰とでもやっているんだろう?それとも、貴族様の物しか入れないなんてお高く止まったようなことを言い出すつもりか?しかしその言い訳も立たないな。旦那とは毎日やっているみたいじゃないか」

まるで寝室の壁に聞き耳を立てているかのような台詞にぞっとして、アロナはルータスの横を素早く通り抜けようとした。
その背中にルータスが飛びついた。
うつ伏せに転んだアロナの背中にルータスがのしかかる。

「い、いやあああっ!」

土をかきだし、アロナは必死に後ろに投げつけた。

「誰でもいいわけじゃない!あんたなんて、お断り!」

その手を押さえつけ、ルータスはあっというまにアロナをひっくり返した。
ルータスの顔が正面に来て、アロナはまた悲鳴をあげた。

「いやっ!無理!無理!絶対無理!」

「入れてやるよ」

まくりあげられたスカートが、アロナの顔まで隠してしまう。
女の部分さえついてればどうでもいいといわんばかりの態度に、アロナは深く傷つき、泣きながらもがいた。
スカートの布地が口に被さり悲鳴もうまくあげられない。

下着がずりさげられ、素肌にひんやりとした空気と土が触れる。
すぐに重い体がぴたりと被さってくる。

「いやあああっ」

その時、耳もとで鈍い音が聞こえ、ふっと上から押さえこんでいた力が消えた。
アロナは飛び起き、扉に向かって走ろうとした。
壁のようなものにぶつかり、転びそうになる。その腰を強い力が支えた。

顔を上げ、アロナはほっとしたように力を抜いた。

「ど、ドルバイン様……」

拳を握ったドルバインがアロナの腰をしっかり支え立っている。
その鋭い目は地面に転がったルータスを見据えている。

ルータスは震えながら四つん這いになり、額を地面にすりつけた。
ドルバインに殴られた頬が赤くなっている。

「お、お許しください……そ、その女が誘惑してきて……」

「ほお。彼女は冬の間、俺が友人たちを招いて開くパーティーに、従業員として夫婦で働きに来てくれている。彼女は深く夫を愛し、他の男を誘うようなまねは一度もしたことがない。
互いに愛し合っている夫婦しか我が屋敷には招かないことにしているからな。
それなのに、彼女がお前を誘ったというのか?俺にはそうは見えないが、俺の目が間違えているといいたいのか?どう思う?」

冷や汗を流し、顔を真っ赤にしながらルータスは激しく首を横に振った。

「いいえ、間違いなどあろうはずがありません!私が、私が間違えていました!そ、そういう女性だと誤解しただけです!」

「誤解は解けたか?」

今度は首を縦に振り、ルータスは何度も額を地面にたたきつけた。

「アロナ、どうする?ここで殺しても問題ないぞ」

確かにドルバインはそれが出来る立場なのだ。アロナは真っ青になった。

「い、いいえ!こんなところでは困ります!これから植える苗や種もあるし、大事な道具ばかりなのに」

ここでなければ殺しても良いと言わんばかりの言葉に、ルータスは震えあがり、地面に這いつくばった。

「ゆ、許してください!もう二度と手は出しません!」

「いいのか?」

ドルバインの問いかけに、アロナが頷いた。

「いいだろう。もう二度とここに近づくな」

ルータスは地面を這うようにドルバインの横をすり抜け、扉の隙間から外に逃げだした。
ほっとしたアロナは、改めてドルバインを見上げた。

頭髪は薄いし、腹も出ているが、やはり少しもルータスとは似ていない。紳士的な物腰で、強面だが誠実さが滲み出ていてとても頼もしい。

「ドルバイン様、どうしてここに……」

その質問には答えず、ドルバインはアロナを抱き寄せ、その唇を奪った。

「んっ……」

甘く、痺れていくような感覚に身をゆだね、アロナはドルバインにしがみついた。
その時、背後で何かが落ちる音がした。

視線を向けると、開いた扉の向こうに、カインが立っていた。
大きな荷物を足元に落とし、口をぽかんと開け、その目は大きく見開かれている。
その股間は完全に出来上がっていた。

「ち、違うの!これは!」

アロナは否定しようとしたが、ドルバインはさらにアロナを引き寄せ、その唇を奪い、片手でアロナのスカートをまくりあげた。

「最高だ……アロナ……きれいだ」

夫のいない間にドルバインと逢引する妻の姿を見つけたのだ。
寝取られ好きのカインが欲情しないわけがない。

急いで後ろ手に納屋の扉を閉め、ズボンを下ろすと土の上で膝をつく。
窮屈な股間を解放しながらも、手でいじろうとはせず、舌を出してドルバインの許しを待つ。
仕事をするための納屋の中でそんな状況になることにアロナは耐えきれず、両手を突き出してドルバインを遠ざけた。

「ここでは嫌です!」

ドルバインは苦笑し、アロナのスカートを戻し、その髪についた土を優しく払った。
アロナはカインに駆け寄った。

「カイン!違うの!ルータスが襲ってきて、ドルバイン様が助けて下さったの」

その瞬間、大きくなっていたそれが、空気が抜けたように縮んでしまう。
そんなに簡単に大きさが変わるのかと、アロナが驚いていると、ドルバインはさっさと二人の横を通り過ぎた。

「話がある。家に戻るぞ」

二人は慌ててドルバインを追いかけた。

アロナにとって村長の息子に襲われたことはたいした事件だったが、数々の問題を抱え、実際の戦場も経験済みのドルバインには事件とも呼べないような些細な出来事だった。

ドルバインはまだ周囲を警戒し、不安そうに後ろを見ながらついてきた二人を呆れたように振り返り、さっさと食堂の椅子を引っ張り出して腰を下ろした。

「屋敷の厨房より狭いな」

室内を見回し、眉をひそめる。

「一般的な家だと思いますが……」

扉に鍵をかけ、窓にカーテンを閉め終えたカインが向かいに座る。
アロナがお盆にお茶を乗せて運んできた。

「給料は十分払っているだろう」

「ほとんど村への寄付に回しています。私とアロナは両親を早く亡くしていて、この村に育ててもらったようなものなのです。町の孤児院に入れられてもおかしくなかったのに、村の皆が、村で面倒をみようと会議で決めてくれて、俺達はここで一緒に育つことが出来ました。
だから、少しでも役に立ちたいと思っているのです」

「十分、生きていけるぐらいはありますから」

アロナがテーブルにお茶を並べ、素朴な焼き菓子の皿を真ん中に置いた。
それからカインの横に座る。
仲睦まじい二人を見て、ドルバインは腕組みをした。

「三日後にナリアが別荘に来ることになった」

驚く二人に、ドルバインは淡々と告げた。

「日程の調整をしようと手紙を出したが、返事はナリアの屋敷の執事からで、もう出立したと早馬で知らせがきた。彼女は馬車でゆっくり来るだろうから、だいたい三日後に到着すると思われる」

「急ですね……」

困惑するカインに、ドルバインもこちらも不本意だといわんばかりな不機嫌な顔で応える。

「俺にも予定がある。できればもっと春先に来てもらいたかったが、もう出てしまったものは仕方がない。俺が不在の間、二人にはもてなしを頼みたい」

「私達にも予定があります」

アロナは言ったが、ドルバインが無言で革袋をテーブルに置いた。
紐をほどき、中を二人に見せる。

「き、金貨?!」

声に出してしまい、カインが口を両手で塞いだ。

「この村はどうも最近不作なようだな。土壌改良にもう少し金をかけた方がいい。あるいは何か害虫が入り込んだ可能性もある。調査を雇うにも金がいるだろう」

カインとアロナは顔を見合わせる。

「何より、この金があれば、人を雇って仕事を任せることも出来るだろう。それこそ、村の人たちに手伝ってもらえばいいのではないか?」

それでも渋るアロナに、ドルバインは最後の報酬を提示した。

「前払いに……アロナをそこの寝室で抱いて行ってやろう」

アロナを動かすには夫の協力が不可欠だと、ドルバインはよく知っている。
顔を輝かせ、カインがアロナの両手を握った。
夫婦の寝室で、妻を奪われることになるなんて最高だと、カインの眼差しが訴える。
最愛の夫にねだられては、アロナも断りづらかった。

「一年が決まる大事な作付けの時期なのに……。仕方がないわね。マーラとカルビンに頼みましょう」

飛び上がらんばかりに喜んだのはやはりカインで、さっさと寝室の準備に向かい、無表情のドルバインと、困惑するアロナが残された。


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