取り残された聖女

丸井竹

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第三章 呪われた聖女

44.消えた聖女

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店主が入ってきてもう一人客を取れるかと聞くと、ルナは掃除の手を止めて振り返り、にっこりと大丈夫ですと答えた。

だが、入ってきたユロを目にして驚いた。

「ユロ?そうした趣味だとは知らなかったわ」

ルナはすぐに心得て服を脱ぎ、ユロの服を脱がせようとした。ユロは慌ててその手を止めた。

「ち、ちがうよ。ちょっとその話がしたかったから」

「話?酒場で待っていてくれたら出来るのに」

ルナは寝台の上を叩いて、ユロに座ってと促した。ユロは寝台に座るとルナに詰め寄った。

「なんでこんな商売しているの。あんな嫌な客相手にしなくていいのに」

今日一日、ユロはルナの相手をずっと観察していた。中には女を単なる道具としか思っていないような男もいたのだ。ルナは誰に対しても嫌な顔一つしなかった。

「楽しいし、好きなの」

イグルにルナの秘密は誰にも明かすなと言われていた。
聖女でありながらルナを殺すのは簡単だ。一定期間どこかに閉じ込めて男と交わらせなければいいのだ。
呪いを明かすことは弱みを見せることになる。

ユロはルナの表情を注意深くみた。何か隠しているように思うが、確かに男達と寝ているときのルナは心から楽しんでいるようだった。

「そっか……」

ルナはお人好しなぐらい優しい。あの男たちがいなければ落とすのは簡単だとユロは思った。

「ルナ、お願いがある。私のように死の呪いにかかったまま働かされている誓約魔法使いがまだ何人もいる。
皆の呪いを解いてあげてくれないかな?」

「いいわよ」

躊躇うことなくあっさり答えたルナにユロは内心でほくそ笑んだ。

「そんなに簡単に引き受けていいの?ことによってはさ、危ない力を持った魔法使いが野放しになるし、助けてもらってお恩を感じるとは限らないよ」

だが、ルナは微笑んだ。

「いいわよ。魂の自由を取り戻したいと思うのは当然だわ」

快く引き受けたルナだったが、暗殺魔法使いの仕えるボーゼ国近くまで来て欲しいと告げると、ルナは答えを渋った。

「私から遠くに行くのは難しいわ……」

「わかったわ。じゃあすぐそばでいいから。クイントゥールの郊外かモイアの町の手前ぐらいまでならどう?」

ここから三日ぐらいの行程だろうかとルナは考えて頷いた。ユロはそっとルナに近づいた。

「じゃあさ、ルナ、ごめんね」

ユロの柔らかな唇がルナに重なった。その時、何か固いものがころんとルナの口の中に落ちて、喉を滑り落ちた。
ルナが異変に気付き、はっとした時にはもう遅かった。
ルナの意識は遠のき、天井裏から黒装束の男が下りてくるのが見えた。記憶に残ったのはそれだけだった。


娼館薔薇の園亭の前で待っていたトリスがルナが出てこないことに疑問を持ったのは店の看板を片付けに店主が出てきたときだった。すっかり夜は明けていた。

「ルナはどこだ」

トリスの刺すような目ににらまれ、店主はあわあわとしながらなんとか言葉を吐きだした。

「あ、あのさっき一緒に居たお連れの女の人と帰ったと聞きました。一緒にいたし、庇っているようだったのでお友達かと……」

ユロであった。
しかも同性であり、店主もさすがに女なら問題ないと思ったのだろう。
トリスは舌打ちし、娼館に上がり込むと、ルナの使っていた部屋を探した。
中を確認し、天井板が少し歪んでいるのを確認すると、ルナがどこから出て行ったのかと娼婦に聞き込んだ。

すると誰も顔をみていないというのだった。
ただ、ルナの服を着た女の後姿が裏門を出たというのだった。
ルナの事情を知って連れ出したのか、それとも知らずにつれ出したのか。

トリスはしばらく黙って考えていたが、即座にするべきことを決めて動きだした。
鋼の樽亭は当分店じまいとなったのだ。



__


クイントゥールの北門を出て、モイアへ向けて一台の馬車が走っていた。
御者の男は頭からすっぽりとフード付きのマントを被り、荷台は分厚く幌で覆われ中の様子は外からわからなかった。

がたがたと揺れる荷台の中で、丸められた絨毯のように横たわっていた少女が一人目を覚ました。
体が布でまかれているのに気付くと、首だけ動かして辺りを見回した。

見知った女の姿をとらえると、少女は微笑んだ。

「ユロ……?」

ユロはルナの傍らに座り込み、武器を片手に敵が現れればすぐにでも動ける構えだった。

「ルナ、手荒なことしてわるいけど、あんたをボーゼ国に連れて行く。ロンギ山は越えられないからロン町から迂回して具国の北から入る」

ルナはその地形を頭に浮かべて困ったような顔をした。

「娼館のある街が近くにあるかしら?」

「そんなところに寄っている暇はない」

ユロの目は確固たる決意に燃えていた。

「ユロ……でも困るの。私……娼婦の仕事が出来ないと死んでしまうのよ」

そんな馬鹿なことがあるものかとユロは鼻で笑った。

「ルナはなんでそんなに男の相手をするのが好きなんだ。それよりちょっと待っていてくれ。私の仲間の呪いも解いてほしい」

ユロは御者のところへ行くと、その役割を交代し、御者席に座っていた男が入れ替わりに馬車の中に入ってきた。

体格から男とわかるが、顔までフードで覆われておりその姿を見ることが出来ない。

「逃げないからロープを解いてくれない?手を握らせて」

ローブの男はルナを縛っていた布を解いた。
ルナは体を起こすと、手を出した。

「手を繋いで」

男が黙って手袋に包まれた手を差し出した。その仕草でフードがずれて、中の顔がちらりと見えた。

顔半分が赤黒い痣で覆われている。表情は無く細い目が鋭く光っている。
ルナは手を取ってその顔を見上げた。

ルナの手を伝って温かな光がローブの男の全身を包んだ。
呪いを見つけるとそれを丁寧に解き、さらに痛めつけられた傷を見つけて癒しの力を注いだ。

顔の痣が体の方までつながっているのを感じ取り、それが呪いの一部だと気づいた。
丁寧に聖の力でそれら清めていくと、男から全ての傷と痛みが消え去った。

男はそれに気づき、ローブを脱ぎ捨て、服をめくってその下にある傷まで確認した。

「ないぞ!何もない!すべて治っている!」

男が叫ぶと、ユロが振り返った。

「そうだろう?私の古傷も全部治ったよ」

男は改めてルナの前に座り、頭を下げた。

「私はゼム。ユロと共に働いていた。命令に反して死を間近にしていた。まさか本当に治るとは……」

ルナはにっこりして疲れたように横たわった。

「少し疲れたわ……」

力も使ったし、昨夜は客をたくさんとったのだ。

しばらくは大丈夫だと思うけど、ルナは不安な思いを抱えていたが、今は睡魔が勝ったのだ。
大きな街道に入る前に、ユロは馬車を捨てて小型の騎獣トーラに乗り換えた。
二足歩行のトカゲ型で、前足は時々しか地面に付かない。
小回りがきくため木々が密集している山の中でも乗り回せるのだ。

ゼムがルナを抱いてまたがった。
ユロはそれを見て、少し妙な顔をしたが、そのまま山に入った。ゴーラ山を越えて具国に入ると告げたのだ。
険しい山道であり、尾根伝いに行っても時間がかかる。
数日かかる行程だった。

順調に進んだが、4日目を過ぎたあたりからルナの様子がおかしくなってきた。

そしてその夜だった。

ユロは仮眠をしており、ゼムが見張りで火の傍に座っていた。ルナはその傍らにいたが、息は荒く、顔は熱っぽく、明らかに体調を崩していた。

「ルナ、自分は癒せないのか?」

ゼムが問いかけたが、ルナは熱っぽい目を上げて唇をわずかに開き、舌で下唇を舐めた。どきりとするほど艶っぽい仕草だった。
ゼムは目を逸らした。

「お願い、町に寄ってほしいの。私……」

ルナの手がゼムの股間に伸びた。
ゼムが視線を戻すと、ルナは既に裸で、ほてった体をゼムに押し付けていた。

まだ少女の体であったが、十分に慣れた仕草でのしかかってくる。
ゼムはユロのほうを一瞥し、ユロが見ていないことを確認すると素早くルナに覆いかぶさった。

口づけを交わし、その体を愛撫しようとするのをルナはもどかしそうに首を振った。

「入れて。それだけでいいの」

すぐに熱く猛る物がルナの胎内に侵入した。

ほっとしたように息を吐いた時だった。
焼けた薪が飛んできた。

「あつっ!」

ゼムが跳ねるように退いた。
ルナはその火傷を治してやろうとしたが、もう意識が朦朧としていた。

「何しているのよ!」

ユロが叫んだ。

「ち、違う。ルナが、ルナが抱いてほしいと言ってきたんだ」

ユロはルナを睨んだ。

「男好きなのは勝手だけど、私の男まで寝取ろうとするのは許さない!」

ユロはルナに襲い掛かり、その頬を殴った。ルナは抑えきれない欲求に身をよじった。

「ご、ごめんなさい。でも、誰でもいいのよ。誰でもいいの。もうその辺の山賊でも盗賊でもいい。お願い。死んじゃうの。信じて……」

気味が悪いというように二人は身もだえるルナを見下ろした。

「薬じゃないか?媚薬をしこまれて奴隷にされていたのかもしれないぞ」

ゼムは薬の禁断症状ではないかと思ったのだ。

ルナは自らを慰めるように胸を抱き、股間に手を伸ばした。

「助けて……」

そのルナを見下ろして、ユロは一瞬、ルナを守っていた男たちの姿を思い出した。イグルは明らかにルナに熱を上げていた。夫だと言っているのに娼館に何度も送迎していたのだ。

トリスもエイアスもルナとベッドを共にしていた。だが、娼館通いを黙認していた。

男と寝ないと死んでしまう体なんてあるだろうか。そんな話聞いたこともなかった。
聖女が出たらしいという話は知っていたが、それ以上は情報が下りてこない下っ端だ。

ユロはゼムに縛り上げて早く連れていこうと告げたのだった。
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