真夜中の侵入者に恋をした貴族令嬢

丸井竹

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3.侵入者の正体

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連れて行かれた場所は、広々とした豪華な寝室だった。
新婚夫婦のための寝台が整えられ、白い花びらが絨毯にまかれている。

「あ……」

シンシアはすぐに部屋を出ようと振り返った。
そこにはヒースが立っており、もう扉に鍵をかけていた。

「こ、これは……」

ヒースは穏やかに微笑み、シンシアの手を取った。

「まずは話しをさせて欲しいな。君は……俺を恐れてはいないだろう?」

「え?!」

確かに、ヒースの言葉通りだった。
シンシアは、灰色狼とだって戦える。
ヒースと二人きりになって襲われたとしても、勝てる自信すらあった。
しかしそれが正しい判断かどうかはまた別の問題だ。

ヒースは豪華な寝台に座り、そのまま仰向けに寝そべった。
それから、隣を手で軽く叩いた。

シンシアはなるべく淑やかにそこに座った。

「どこから話すかな……。あれは半年前、冬が終わったばかりの頃だ。春先で雪解けが始まっていた。領地の森に腹をすかせた穴熊がうろつきはじめたと報告を受け、狩りの大会を開くことにした。部下達を連れ、さらに未婚の美女達も同行させた。
獰猛な熊を打ち倒す俺の姿を見せつけ、美女達にちやほやされたいと思っていた」

何の話を始めたのかと、シンシアは困惑したが、男性の話を妨げないよう黙っていた。

「すると、領地の端の方に穴熊を見つけた。犬が鳴き、それを知らせた。まだ雪が深く、なかなかそこに辿り着けなかった。すると、向こうの方に、穴熊に向かって突進していく人影が見えた。遠目からにも、その装備は粗末で、とても穴熊と対峙出来るものとは思えなかった。
矢を持ってこさせ、穴熊を追い払おうと身構えたが、なんと、その粗末な身なりの狩人はあっという間に穴熊を倒してしまった。
さらに、たった一人でその巨大な獣を解体し、山羊たちに引かせたそりに乗せて持ち去った。
あまりにも鮮やかな手際で、見送ってしまったが、あれは俺の領地の獲物だったな……」

シンシアは青ざめぷるぷると震えだした。
小さなシンシアの家の領地に、ステーキになりそうな獲物はいない。
それ故、肉代を節約し、こっそりヒースの領地から獲物をおびき寄せては狩っていた。
その行為はまさに密猟であり、ばれないように素早く仕事を終える必要があった。
まさか、それを見られていたとは。

ヒースの話はまだ続いていた。

「その後、もう一頭穴熊を見つけたが、誰もお前のようにあっさり倒すことは出来なかった。
同行していた美女達が、さっきの狩人の方が鮮やかだったと、こそこそ話している声が聞こえてきた。密猟者に恥をかかされ、俺は頭に血が上り、あれは誰だったのかと部下に命じて後をつけさせた。すると、驚いたことに、貧乏貴族の一人娘だったというではないか。
結婚適齢期にさしかかる娘のために、両親が恥ずかしい手紙を何通も出していると聞き、廃棄処分の箱にあったその手紙を持ってこさせた。
部下達より、専属の狩り案内人たちの方がよっぽどお前のことを知っていた。
町や酒場でも有名な男勝りの豪傑で、とにかく生意気だから、嫁の貰い手なんて見つかるわけがないと、笑い話になっていると聞かされた」

シンシアは耳まで赤くして耐え難い時間を耐えている。

「俺も美女達の前で恥をかかされ頭にきていたし、そうした噂にも気分が悪くなった。
所詮は女なのだと思い知らせてやろうと、あのぼろい屋敷の窓によじ登り、鍵の壊れた窓からお前の寝室に忍び込んだ」

「え?!」

今度こそ震えあがり、シンシアは毛布を引き寄せ、頭から被った。
しかし布越しに容赦なくヒースの声は聞こえてくる。

「お前が起きていることは気配でわかった。やはり噂通りの手練れなのだろうと覚悟したが、お前はいつまでも起きてこないし、下手な寝たふりを続けている。
ちょっと怖がらせてやろうと襲い掛かってみれば、驚くほどあっさり俺に組み敷かれ、しかもわざわざボタンを外しやすいように胸まで突き出した。
鼻にかかったような女の声で甘く鳴き、俺の下で悶え始めた時には、何が起こっているのかと思ったよ」

「も、もうやめてください!」

盛り上がった毛布をちらりと見て、ヒースはその上をそっと撫でた。

「あまりにも可愛い声に驚いた。体も完璧だった。鍛えられ、しなやかなのに胸は大きいし肌も吸い付くように滑らかだ。
俺はお前が欲しくてたまらなくなった。すぐにお前の家に求婚したいと使いを出した。それからお前のことをもっと調べた。
驚いたよ。大人四人をお前が一人で食わせていた。地方で行われる剣技大会にも出場して、賞金や賞品を根こそぎ獲得していくと評判だった。優勝者の名前が女になるのは困ると主催者がお前を出入り禁止にして、お前が激しくごねて審査員を投げ飛ばしたことも聞いた。
貴重な収入源を断たれ、お前は俺の領地に密猟に入っていたというわけだ」

「す、すみません……」

毛布の中から聞こえるか細い声に、ヒースはうっとりと耳を澄ませて微笑んだ。

「どんな女なのかと、実際に会ってみた時の感動は忘れられない。体は知っていたが、顔を見るのは初めてだったからな。どんな男っぽい顔なのかと覚悟していたら、愛らしい少女のような女性で度肝を抜かれた。本当に噂に聞く男勝りな剣士なのかと、目を疑った。
双子なのか、あるいは誰かが入れ替わっているのかと、いろいろ調査を重ねたが、身代わりになれるような剣士は周りに一人もいなかった。
冬に強盗団が出た時の話を思い出した。君の領地の近くだった。俺と部下達は丸裸にされて道端で転がっていた強盗達を発見した。大半が凍死していたが、息があるものが、たった一人の男に襲われたと話していた。金目の物を奪うと、なんと、山羊にそりを引かせて逃げたとか……。恐らく、女一人にやられたとは口が裂けても言えなかったのだと俺は思った」

ヒースはそっと毛布をまくりあげようとした。
毛布は内側からぐっと引っ張られ、剥がされてなるものかと抵抗を見せる。

「シンシア、俺の領地は国境に接している。戦場に出ることもたびたびある。そんな時、城を任せておける勇敢な奥方が必要だ。しかも強いだけではなく、領主婦人として女性らしい振る舞いも出来てくれなくては困る。君に出会い、俺はきっぱり女遊びを止めた。
それに、女は男に支配されるべきだという古い考え方もやめた。
だからシンシア、俺の妻になってほしい。半年、俺は君に男としての忍耐と強さを見せたはずだ。夜ごと、君の見事な体を抱きしめながら純潔を守りぬくのは大変だった。しかも昼間は紳士的な振る舞いをしなければならない。正直言えば、婚約期間を半年としたのは失敗だったと何度も思った。三か月耐えるのも辛かった。
それに、君の魅力に他の男が気づいたら、奪われる可能性だってあった。俺は君に俺の臭いを塗りつけたが、それは、他の男達に奪われまいとする俺の臆病な気持ちからだ。
君は……貴族という身分にこだわっていなかった。だから、俺の求婚を断るのではないかと密かに恐れていた。直前で婚約を白紙にしたいと言われた時には、その場で押し倒したくなったが、なんとか今日まで持ちこたえた。
これまでの行いを許して欲しい。それから……今夜こそ、君を本当に抱きたい」

ヒースは立ち上がり、部屋のランプを消して回った。それからもう一度寝台に戻ってきた。
窓から差し込む月明りが室内に薄闇を作り出している。

部屋が暗くなったことに、毛布の中で震えていたシンシアも気がついた。
とはいえ、どんな顔をして毛布から出たらいいのかわからない。
夜毎現れる強姦魔を嬉々として迎え入れ、白々しく寝たふりをしながら顔も知らない男に媚びて腰を揺らし、早くなどとねだった姿を見られていたなんて、あんまりにも恥ずかしい。

しかも恋文まで書いてしまった。

と、毛布の外から何かがさがさといった音が聞こえてきた。

「愛しの侵入者様、私がどれだけあなたに恋い焦がれているのか、あなたはご存じ……」

「がああああああっ!」

奇声を発し、シンシアは毛布を跳ねのけるとヒースの手にしていた手紙に飛びついた。
涙目になりながら、胸に抱きしめ、ふるふると震える。
気づけばシンシアはヒースの膝の上にうつ伏せになり、顔を枕に埋めていた。
ちょうどお尻がヒースの右手の下にある。

「うううう……あ、あんまりです。こ、こんな辱めを受けるなんて……。本気で恋していたのに……」

湯気を出さんばかりに真っ赤になり、シンシアはもう死んでしまいたいとまで考えた。
そんなシンシアを膝に抱え、ヒースは軽くシンシアのお尻を叩いた。
パシンと良い音が鳴り、びくりとシンシアの体が動く。

もう一度パシンと叩いた。
先ほどよりも強い衝撃で、シンシアの体からみるみる力が抜けていく。

「こんな……こ、こんな屈辱は……」

「手紙の返事を届けなくてはね。ええと、続きは……待っていて欲しいとは言えませんが……愛していますだったかな……」

「ううううっ……。ま、待っていて欲しいとは言えないじゃないですか……もっと女性らしい人と恋に落ちることだってあるでしょうし……私は、女としての自分に自信がないので……」

枕に顔を押し付けたまま、小さな声でシンシアはぼそぼそ言った。
ヒースはくつくつ笑い、またシンシアのお尻をパシンと打った。

「あっ……」

甘い声が漏れ、シンシアは首まで赤くして顔を両手で覆った。

「最高に気に入った。普段は男に媚びない強い女性なのに、好きな男の前でだけ別人のように魅力的な女性に変わる。誰にも君の女性である部分は見せたくないと思ってしまうね」

突然、強い力でヒースはシンシアを抱き上げ、あっという間に仰向けにするとその上に覆いかぶさった。
ぴたりと胸を合わせ、その顎の先にシンシアの顔を見る。

お尻を少し打たれただけで、全身の力が抜けてしまったシンシアは、もう潤んだ瞳で間近に迫ったヒースを見つめている。
可哀そうなほど赤くなったその頬や耳に指先で触れ、ヒースは少しばかり弱々しく微笑んだ。

「俺の答えはわかったはずだ。君の許しが欲しい。そして、俺の愛を受け入れてくれ。そんな顔をしていても、俺はわかっている。君の魅力に屈服しているのは俺の方だ」

「ほ、本当に……あなたなの?……私の寝室に入って来ていたのは……」

「この手紙以外にも証明できるものがある」

有無を言わせず、ヒースはシンシアの唇を奪った。
その噛みつくような荒々しい口づけは、確かに最後の夜に味わったあの男のものだった。
呼び止めたかったあの時の声が、鼻に抜けて甘い音に変わった。

「んんっ……」

熱く唇を重ねながら、ヒースはシンシアのドレスをまくり上げ、下着の中に手を入れた。
すっかり濡れているそこを指でかき回す。
淫らな音が耳に聞こえ、シンシアは恥ずかしさのあまりヒースの腕から逃げようと身をよじる。

それが本気ではないと知るヒースは落ち着いて、その体を押さえ込み、耳元で低く囁いた。

「やっと、君の純潔を奪える時がきた。最初で最後の瞬間だ。君に選ばせてあげるよ。どうやって奪われたい?」

隠してきたことの全てを暴露され、恋文まで読まれてしまっては、今更、自分を偽る必要もなかった。
涙ぐみながらも、シンシアは真っ赤な顔をして勇敢に顔をあげた。

「け、獣のように後ろから……強引に奪われたいです!」

心得たとばかりに、ヒースはシンシアの体をひっくり返し、乱暴に腰を引っ張り上げた。
その後に訪れた痛みと快感は、あっという間にシンシアの理性を吹き飛ばした。
もったいないことに、あまりにも強烈な悦楽の波に気を失ったらしく、目覚めた時には朝になっていた。

その後、真っ白なシーツに残された純潔の証をヒースの一族の男達と母親が見に来るといったさらなる辱めがあったが、シンシアは既にそれ以上の恥辱を味わったため、開き直ってヒースの隣に大人しく立っていた。
そんなシンシアの腰を、ヒースは得意げな顔をして抱いていた。

恥辱にも強く、剣の腕も強いが、愛する男には弱い、完璧な花嫁を手に入れたのだ。
半年も焦らされてきたヒースにとっては、やっと本懐を遂げたといったところだった。


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