砂の地に囚われて

丸井竹

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10.残された者

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砂の地では多くの水を有する国が強いとされる。
資源が枯渇すれば、他のオアシスを探し、そこにある国を滅ぼし資源を奪うしかない。
それが砂地における常識であり、唯一の生き残るための方法だった。

広大なオアシスを有するパール国はかなりの強国であり、これまでにいくつもの国を飲み込んできた。
奴隷も資源も豊富であり、王族であるハカスも強大な力を持つ。

その力を見せつけるように、ハカスは奴隷のアスタを住まわせる離宮に湖を作った。
窓からそのきらめく湖面が見えるのだ。
砂の地にあっては、あまりにも贅沢な光景だった。

そんな美しい景色を前に、アスタはハカスに抱かれ、淫らな声をあげていた。
肉体は快楽に負け、甘く蕩けているが、その表情は悲しみにゆがみ、頬は涙で濡れている。
ハカスはそんなアスタをうつ伏せにして腰を押し込み、欲望を発散させると、ごろりと横になった。

窓から吹き込む乾いた風が肌を撫で、熱が発散されると、ハカスはぐったりしているアスタを背後から抱きしめ、その首に唇を押し当てた。
アスタは逃げようと、弱々しくもがいたが、快楽に濡れた顔に悔し涙を浮かべ、諦めたように力を抜く。

大きく開かれた窓の向こうに、果てなき空がある。

「いつか、私の国のことを知りたいとおっしゃいましたね……」

アスタの赤く腫れた乳房を弄びながら、耳にしゃぶりついていたハカスは、冷酷な目を光らせた。

「教える気になったか?」

乱暴にアスタを仰向けにして、その表情を確かめる。
アスタはふいっと視線を横に逸らす。

ハカスは苦笑し、アスタの頬をべろりと舐めた。
ダヤを失ったというのに、アスタはまだ心を閉ざし、ハカスを受け入れようとはしない。
無理矢理快感を与えられ、悔しさに泣く顔や、露骨に嫌そうな顔をして奉仕する姿も悪くないが、これではアスタの協力は得られない。

奴隷とは無条件に主に媚び、生き延びようとするものだが、アスタは違う。
快楽を与えても従順にはならないし、砂地に捨てると脅しても表情一つ変えない。
アスタに協力する気が無ければ、その情報を信じることも出来ない。

とはいえ、ハカスがアスタの機嫌を取ろうとする気はないのだ。
奴隷に媚びて、協力してほしいと請うのはハカスのやり方ではない。

多少自由を与えれば、喜んで語るのだろうかと、ハカスは試しにアスタから少し離れた。
逃げるようにアスタは憎い男の腕を這い出し、体を起こして振り返る。

「この砂の国を出ても同じこと。外には戦いしかありません。私の国は、国とは名ばかりで形がない。もう何百年も前に敵国に滅ぼされたからです。
希望を繋ごうと、人々は新たな王の出現を願いましたが、私は同意できなかった。国が出来れば、争いが生まれる。砂の王国にも、同じような戦いばかり。それでも、外の世界を求めるのであれば、力が必要です。圧倒的な力が無ければ、外で生き延びることは出来ません」

「我が国に力がないと思うのか?」

アスタの声に耳を傾け、ハカスは頬杖をついて横向きに寝そべる。

その隙にアスタは寝台から滑り降りると裸のまま窓辺に立った。
明るい空を背景に、アスタの金色の髪が本物の光のように輝いた。

「私は……水の民。滅びた水の国の巫女です。私達、水の民がどこから来たのか、言い伝えが残されています。
数千年前、もしかしたらもっと昔の話かもしれない。
私達はこの砂地のように水しかない場所、海に住まう人魚という魔物でした。
人間を誘惑し海に誘い、殺して魂を食らうのです。そんな祖先の中に、人間に恋した者がいました。
彼か、あるいは彼女かわかりませんが、人魚は陸に上がり、人との間に子供を成した。それが水の民の始まりといわれています。私は魔物の血を継いでいるのです。
ハカス様、人魚は美しい容姿で人を誘惑したと語られている通り、私達の容姿は大人になればそこで止まり、老いることなく一生を終えます。人々は老いのない水の民の秘密を知りたいと、私達を拷問し、実験し、あるいは血を吸い取り、肉さえ食べました。
これは魔物だった時代に、海で人を殺した報いなのでしょうか、それとも人が魔物よりも恐ろしい存在だと気づけないまま恋に落ちた、陸にあがった魔物の愚かな過ちのせいなのでしょうか」

ハカスは床に落ちている繻子の上掛けを拾い上げ、寝台から下りた。
アスタの白い肌が日に焼け、赤くなってきている。

「そんな昔の話はどうでもいいことだ。お前は魔物には見えない。怪しい術は使うが、そんな力が何だというのだ?お前は自分の身を守ることさえ出来ないではないか。水女は弱く、砂の上ではすぐに死んでしまう。その程度の存在だ」

冷酷な目を光らせ、せせら笑うハカスに、アスタは冷やかな視線を向ける。

「私は無力で水の加護も祝福も失った。ここも地獄かもしれない。でも外も地獄です。
私は自分の力も運命も信じたことがなかった。だけど、私は役目を果たした」

ふわりとアスタの金色の髪が風に吹き上げられ、窓一杯に黄金の輝きが広がった。
後ろに傾いたアスタの身体が、窓枠の上をすり抜ける。

咄嗟に、ハカスは飛び出し、床を離れるアスタの足を捕まえた。

窓の真下は、固い地面しかない。

もしアスタがもう少し重かったら、あるいはハカスが上掛けをアスタに掛けようと窓に近づいていなければ、間に合わなかったかもしれない。
ぎりぎりのところでアスタを捕まえたハカスは、両足で壁を蹴るように、力いっぱいアスタの体を引き上げた。

「放して!」

アスタはハカスの手を振り切ろうと、逆さづりの状態で暴れたが、その体はあまりにも軽かった。
窓から引き揚げられたアスタの体は、勢い余って後方に投げ出される。

鈍い音がして、アスタが床に転がり落ちた。
その頭からどくどくと真っ赤な血が流れ出す。

「医術師を呼べ!」

ハカスが叫ぶと、扉の外で靴音が遠ざかった。
待つほどもなく、医術師が息を切らして飛び込んできた。

「先日の傷が開いたのですか?」

アスタの身体には、まだダヤの身代わりとして受けた傷の跡が残されている。

「違う。そこの寝台の角で頭を打ち付けた」

頭と聞き、医術師は青ざめながらも床に転がるアスタに駆け寄った。
その治療をハカスはじっと見守る。

その心臓の鼓動は恐ろしいぐらいに速くなり、手はじっとりと汗ばんでいる。
アスタが身を投げる瞬間の光景が、瞼に焼き付き離れない。

窓から滑り降りていくアスタの姿を見た途端、恐怖に駆られ体が動いていたのだ。
お腹にいる子供を失うことを恐れたのか、それともアスタ自身を失うことを恐れたのか、ハカスはその答を出すことこそを恐れた。

深く考えまいとしながらも、ハカスはすぐに部下達に命令を出した。

「二階以上の全ての部屋の窓に鉄格子を付けろ。今すぐだ!」

ハカスはアスタが寝台に横たえられると、見張りを置いて部屋を出た。
アスタの意識は翌日には戻ったが、ハカスはそれから三日間、アスタのいる離宮に姿を現さなかった。





細切れになった空を窓から見つめ、アスタは寝台で体を起こし座っていた。
鉄格子越しの空の下には砂地がある。
故郷を遠く離れ、砂の地で死んでいった水の巫女がたくさんいる。

自分もその一人になるだけのことだったのにと、アスタはぼんやりと思いながら、憎い男の子を宿した自分のお腹を見下ろした。
まだ膨らみは目立たないが、確かにそこにいるのだと感じている。

ダヤの子を産むはずだったそこに、違う男の子供が入ったという事実すら受け入れるのは難しい。
涙が溢れ、頬を伝ってシーツに落ちた。

扉が開く音がしたが、アスタは気づかない様子で、また細切れになった空を見る。

「アスタ」

その手に、分厚い男の手が重なった。
びくりと体を震わせ、アスタは憎しみを宿した目をあげた。

ハカスはそんなアスタを強引に抱き寄せ、唇を重ねる。
舌を噛み切ってやろうかと思った瞬間、アスタの脳裏にダヤの言葉が浮かぶ。

――生き延びよう、アスタ。必ずいつか会うために……

もう今更会えるわけがないと思いながらも、浅ましくその希望を手放せない。

「アスタ、俺は砂の地の掟に従い、あの男を殺すことも出来た。しかし俺はそうはせず、あの男を自由にした。あの男が消えたのは俺のせいではない。お前と取引するための道具を失い、俺にとっても痛手だが、俺はあの男に飽きたらお前を返すと約束した。
お前があの男が帰ると信じているのであれば、俺はお前をここに置き、大切にしよう」

今更、善人ぶるハカスの言葉に、アスタは嫌悪感も露わに睨みつける。
しかしハカスもまた、死にかけたアスタを見て多少の変化を遂げていた。

奴隷であり、道具であるとしても、やはりどうしてもアスタは手放せない。
ハカスはその気持ちにようやく向き合うことにしたのだ。

「アスタ、もっと食べることだ。痩せすぎていてはすぐに飽きられる」

アスタを押し倒し、ハカスはその豊かな胸をドレスの下から引っ張り出す。

強引に乳房をしゃぶりだしたハカスを見ないように、アスタは横を向いた。
その手が無意識にお腹を庇う。

「憎い男の子供を殺したいと望みながらも、気遣わずにはいられないといった顔だな。悪くない」

アスタは無視を決め込んだ。
憎い男の子供なのに、乱暴に抱かれるたびに、大丈夫だろうかと心配する気持ちが沸き上がる。
それも耐えがたい苦痛となりアスタを苦しめている。

「アスタ、お前は俺を楽しませるが、それだけじゃない。人を誘惑する魔物の血を継いでいるという話、案外本当のことかもしれないな。なぜこれほどまでにお前に惹かれるのか俺にもわからない。水女に子供を産ませようなどと思ったこともなかったのだからな」

「奴隷の子は奴隷でしょう?」

薄いドレスを脱がせ、ハカスはアスタの秘部に指を這わせた。
女性の最も秘められた場所を、我が物顔で触れてくるハカスに、アスタはどうしても嫌悪の表情を隠せない。
これが最愛の男の指であれば、いつだって歓迎できるが、きらいな男の指であれば全身に鳥肌が立ち、体は急激に固くなる。

「痛いぞ。もっと賢く考えた方が良い」

がばりと体を起こし、ハカスはアスタの足の間に腰を割り込ませ、ずり下げたズボンから飛び出した物をアスタに押し付けた。

「いやっ!」

反射的に逃れようとするアスタを押さえ込み、ハカスは体を深く沈める。
ねじ込まれた熱に、溶かされていくように入り口が開き、下腹部から力が抜けていく。
アスタは体をのけぞらせ、慣らされてしまったハカスの物から逃げようともがき始める。

その体をやすやすと押さえ込み、ハカスはゆっくりと腰を引いては強く押し出した。

「うっ……うっ……」

甘く痺れるような衝撃は、ダヤとの行為の記憶を呼び覚ます。
心までも強く奪われるような快感に体が喜んでしまう。

まるでダヤとの行為を上書きされているようで、アスタは必死にその恐怖に抗った。

ただでさえも、憎い男の子供がお腹にいることに耐えがたい苦痛を感じているのに、快楽にまで屈したら、ダヤとの思い出が全て消されてしまう。

ハカスはアスタの心をねじ伏せるように、あまりにも長い間アスタの中に留まっていた。
文字通り快感に抗うアスタをねじ伏せ、理性を失わせるほど中にいたのだ。
悔し涙を流し、弱った体でハカスを跳ね返そうとするアスタを押さえ込み、ハカスはアスタに散々甘い悲鳴をあげさせ、発情し尖った乳首を意地悪くつねった。

「んっ……」

泣きながら見悶えるアスタの体を横向きにし、背後から強く抱きしめる。

「アスタ、いつかダヤがお前を取り返しに来るかもしれない」

体を強張らせ、アスタは唇を噛みしめた。

「この国にいれば、あの男の腕であれば兵士としても悪くない地位を得られただろう。しかし、砂魚はあの男を連れ去った。砂魚は水のあるところに現れる。つまり、このまた砂上のどこかにある王国に姿を現す可能性がある。生きていれば、ここに戻る。そうは思わないか?」

その日まで、生き延びるしかないと言い含めるような言葉に、アスタはついに力を抜いた。
ハカスはお腹の子供が欲しいだけだ。
飽きたらアスタは捨てられる。

「その時は……」

大粒の涙が枕を濡らし、シーツの上にまで染みを作った。
ダヤのもとに返してくれとは言わなかった。

アスタは、ダヤがどこに運ばれたのか知っていた。
水の民の王として、水から生まれた物によって水の国に運ばれる。

水の民もまた選ばれた王のもとに集い、王を守ろうと働くはずだ。
豊かな水に緑の木々、砂の上では望めなかった贅沢な環境に身を置けば、もう砂の上には戻りたくないと思うだろう。

それに砂の上では珍しい白い肌の水女も、大陸に行けばたくさんいる。
アスタにそっくりな肌や髪の色をした若い女性達を見たら、わざわざ他の男の子供をみごもった汚れた女なんて迎えに来る必要はない。

「砂魚に飲まれて……生きているなんて普通は考えません。ダヤはもういない。でも、もう身を投げたりはしません。この子は……出来る限り大切にします……」

お腹で育てば、憎い男の子であろうと情が湧き、憎めなくなるとわかっていた。
その前に命を断ってしまいたかった。
ダヤを裏切る前に、そうするつもりだったのに、もう手遅れだった。

両手でお腹を抱え、アスタはハカスの腕に抱かれたまま目を閉じた。
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