ハオマ -死後の酒場-

深澤ムムム

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1杯目 不死身?の男

来訪者 エタン・ラミ

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「ほ…本当に…良いんだな…?」


男は有頂天ぎみに、目の前の仲間に言ってみせる
「あぁー勿論!!きたまえ!!証明してみせようじゃないか!!」

--------------------------------------



白い霧……男は霧の中に立っていた。
5メートル先が見えないような深い深い霧である。

「ここは……?」

男は何故ここに立っているのか、さっきまで何をして、何故ここへきたのか、全てがわからない様子だった。

ただ気がついたら、ここに立っていた。そう言いたげな怪訝な面持ちをしている。

男の名はエタン・ラミ
フランス国籍の52歳になる男である。
不健康そのものといった青白い肌や疲れ切った白髪、やつれたような身体。それだけで決して裕福ではないことがわかる。

それもそのはず、エタンは数年前までパリで自動車のディーラーをしていたサラリーマンであったが、勤めていたメーカーの不況の影響でリストラされ、現在は無職であった。


その後、エタンは家族に愛想をつかされ、2歳年下の妻と12歳になる娘に家を出ていかれた。彼は何もかもを失うとカルト宗教に傾倒するようになる。


「私は……私は教会にいたはずでは…」

勿論エタンの言う教会とはキリスト教などのそれではなく、カルト宗教の施設であった。
カルト宗教は今の彼にとって全てであった。家族を失った絶望から救ってくれた教祖はまさしく救世主であり、何もかもを教祖と宗教に捧げると誓ったのである。ディーラー時代から貯めていた貯蓄を崩し、お布施として教会にいくら寄進しただろうか。毎日毎日、熱心にパリにある教会に通い、教祖に対しての祈りを捧げてもいた。

そして今日も変わらずそうであるはずだった。

教会に費やし残り少なくなった貯蓄で借りているアパートを朝早く後にし、教会へ向かった。日課の祈りを捧げ、同じ信者達と交流していた。

そこまでは記憶がある。しかし、その後はプツッと、まるで張りきった糸が切れたように思い出せないでいた。

「うぅむ……なぜ……ハッ!これももしやグレゴリー様の与えた試練なのでは!?教会への、グリゴリー様への忠誠を問われている……そうに違いない!!」

グレゴリー様とは、エタンが信奉するカルト宗教、グレゴリー教の教祖である。

エタンはグレゴリーが奇跡や魔法の類を扱える唯一の人類だと聞かされ、最初は信じていなかったが、実際にそれを見せられ、信じるようになっていた。

当然だが、奇跡や魔法をグレゴリーが使えるわけではない。グレゴリーは幹部と言われる宗教内でも、教祖の次に地位のあるものを2人置いていた。その幹部はグレゴリーの友人であり、奇跡や魔法と思われているものも、暴いてしまえばくだらないマジックまがいのことを3人で共謀してみせていたのである。

だが、当のエタンは、それを知る由も無い。

「これが試練であるとするならば、私はここで手をこまねいているわけにはいかない!!!なぜなら私はグレゴリー様と教会の信仰の徒であり、グレゴリー様に最も信頼されているにんげんだからだ!!」

エタンは、自身の中にある強い確信を胸に、霧に満ちた空間の中で前進することを決めた。





「はぁ……はぁ……」

グレゴリーからの試練だと思い込んでいるエタンは、可能な限り速くこの霧から脱するため、52歳という老体を気にもかけずに駆けたため、数分で息が切れてしまった。

元来、運動は得意な方ではなく、学生時代にもできるだけ運動することを避け続けてきた。
それが回り回って自らの信仰を試される場に帰ってきているのである。

このようなことになるなら運動をしておくべきであったというエタンの後悔にも、やはりグレゴリー教に対する想いが多分に含まれているのである。

「……と……ともかく進まねば……私はグレゴリー様の期待に…応えねばならん……」



足取りは重くなったものの、再び霧の中を無闇やたら、何の指針もなく進む。


そうこうしているとエタンの前方、自らが進んでいる方向にオレンジ色の淡い光が見えてきた。

暖かみがあり、見ているだけで心が落ち着いてくる光をみたエタンは直感で、これが霧の終わりであり、崇敬する教祖グレゴリーが灯しているものだと確信した。

「おぉぉぉぉぉ!!!彼方にあるは我が救世主よ!!全ての救い主よ!!ただ今!ただ今私は試練を終えましてございます!!」

終わりの見えなかった霧が遂に終焉を迎えるということ、そして自らがグレゴリーの期待に応えたことにエタンは疲れきった身体のことなど忘れ盛大に興奮した。
エタンはその興奮を隠しきれず光へ向かい走り出した。



「あぁぁぁぁぁグレゴリーさまぁぁぁぁぁ!!」

52歳の老体には、とうに脚が限界を迎えようとしていたが、今のエタンにはどうでもよかった。ただ……ただそこにある光を求めて……。



しかし、そこに現れたものはエタンの想像の中にはかけらもないものだった。


「はぇ……?ハァハァ……な…なんで……」


そこにあるのは建物だった。

まだ無垢だった少年時代に見たアメリカ西部開拓時代を描いた映画でみたカウボーイ達が集まる酒場に似ていた。

粗野な木造、入り口にはバネがつき前後どちらにも開く、胸からひざの高さのスイングドアがあり、ウエスタンの雰囲気を象徴していた。
酒場の中からは賑やかな騒ぎ声や笑い声が聞こえてくる。幸い、エタンの他にも人間がいるようだ。

しかし、ここにはエタンの求めるものは何1つなかった。

「ここは一体どこなんだ……私は……パリにいたはず……これは夢なのか?」

ただ見えるのは目の前の酒場とそれを覆うような霧、そして酒場の上にかかっている看板にある文字のみだった。


「酒場……ハオマ……」



探し求めるのは見慣れた光景と敬愛してやまない人物。


しかし、彼がそれを見つけることはないだろう。


すでに彼は死亡しているのだから……。



エタン・ラミ
性別 男性
国籍 フランス
生没年 1949年~2001年
享年 52歳




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