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1杯目 不死身?の男
不死身だった男
しおりを挟む立ち尽くしていてもどうにもならない。
そう考えたエタンは、目の前にある酒場ハオマに入り、ここはどこなのか、どうしたら帰れるのかなど山のようにある情報を得ようとした。
小さな階段を登り、眼前にあるスイングドアに手をかける。
ギィッというバネの不快な音は店内の喧騒によって掻き消された。
「なんと…」
目の前には、エタンの想像よりもずっと多くの人がいた。
皆が、唐突に入ってきたエタンなど目もくれず、各々の仲間と笑いあい、騒ぎ、ときには涙を浮かべているものもいた。
「周りには何もないというのに大した盛況ぶりだ。」
エタンはさっきまでの興奮が収まったのだろうか、店内の中で、一番情報を得るに適している人間、つまりこの店の主人を探した。
そしてそれが誰なのかは一目瞭然であった。
それどころか従業員と判断できるのはカウンターの中でビールでも注ぐのに使うのであろうジョッキを布巾で拭いているタキシード姿の初老の男だけだったのである。
エタンは、その男がいるカウンターへ歩み寄り声をかけた。
「あのすみません…」
男は喧騒の中でエタンが入店したことに気がついていなかったのか、おやと低い声で反応した。
「ようこそいらっしゃいました。私は酒場ハオマを預からせていただいているものでございます。何とお呼びになられても構わないのですが皆はマスターと呼びます。どうぞよろしくお願い致します。」
酒場の風貌からは少々予想がつかない丁寧な挨拶にエタンは面食らった。
「わ……私はエタン、エタン・ラミと申します」
マスターはエタンの自己紹介を言い終わるのを待ち、カウンターに1つだけある空席に手を差し伸べた。
「エタンさん。まずはこちらへ。何かお飲み物はいかがでしょうか。」
エタンはここまでの道のりで身体はとうに限界を迎えていたため、こらえきれず席に着いた。
カウンターの他の席には、禿げ上がった頭と小太りが特徴の軍服姿の中年男性、美しいブロンドの髪や褐色の肌が特徴の若い女性、眼鏡をかけた誠実そうなアジア人の男性が見てとれた。彼らは、こちらを少し気にかけながら談笑を続けていた。
マスターが飲み物を勧めてきたのは理解していたが、今はそれよりも優先するべきことがある。
「私は……私は……すぐにでも帰りたいのだ…一体ここはどこなんだ!!」
困惑するエタンを尻目に、カウンターの他の席に座っていた3人は会話をやめ、黙り俯向いた。まるで伝えにくいことでもあるかのように……。
次に口を開いたのは、じっとこちらを見つめ真剣な眼差しをするマスターだった。
「エタンさん。気づいていらっしゃらないのですか?」
マスターの発した言葉の意味は、エタンに理解できるものではなかった。
「気づく?私は何に気づくというんだ?」
言いにくいことを既に言い慣れてしまったという面持ちでマスターはエタンに真実を告げる。
「エタンさん。あなたは既に亡くなっています。ここは死者が訪れる酒場なのです。」
真剣な表情で言うマスターに、エタンは腹が立った。何を告げるのかと思えば、そのようなふざけ半分の世迷言を告げてきたのである。
もちろんこれは嘘ではないし、マスターにはふざけた気持ちは微塵もなかった。だが、早く教会へ帰りたいエタンにとっては怒りに火をつける点火剤となったのである。
「ふぅざけるなぁ!!!!!!!」
エタンは怒りに任せ、彼の人生でも五本の指に入るであろう大声でマスターを叱責した。
その大声は酒場内の喧騒を静寂に包ませた。それまでどんちゃん騒ぎをしていたテーブル席の大柄な男も、お酒を飲み涙を浮かべながら話をしていた若い女性も、全員があっけを取られたように黙った……。
「あぁー……。君、現実を受け入れることもぉ重要だよ。俺も信じたくない気持ちはわかるがね…。」
静寂に包まれた酒場内で、怒りを諌めるようにカウンター席の小太りの軍服男はエタンに語りかけた。
だが、エタンの耳には入らなかった。
「私が死んだ?わけのわからないことを言うのではない!!私は今すぐに教会へ戻りたいのだ!! それに……」
エタンはまくし立てている間、必死に自らの中に戻りたい教会を思い描き、グレゴリーの言葉を心の中で復唱した。
そんなエタンの中に、忘れていた霧に包まれる前の記憶が僅かながら戻った。
それを思い出した彼は、やはり自身が死ぬはずがないと感じた。それどころか自身が死ねるはずがないのだと……。
なぜなら…
「それに……私は不死身だ!!この前、不死身になったのだ!!!」
そう。彼は不死身になっていたのである。自らがそれを選んだはずだった。だから死ぬはずがない。そう確信した。
しかし彼にはまだ思い出していないことがある。霧に包まれた場所で目を覚ます直前、数分、数秒前、自分が何をしていたのかということを……。
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