ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
74 / 106
第三章 流転する運命

第71話 大成功

しおりを挟む
 市場の日の朝、女奉公人たちは前日に織り上がった綿織物を、円柱状えんちゅうじょうの長い棒に巻き付けた。それらは織物を出荷するために使う特注の棒だった。それを20本、男奉公人たちが馬車に積み込んだ。パウロとメグ、そしてマリアが馬車に乗り込んだ。ヨハネは御者台ぎょしゃだいに上った。



 ヨハネは久しぶりにマリアを見た。



 マリアは黒銀色こくぎんの髪をきれいに編んで頭の後ろでまとめていた。彼女の頬はふくよかに丸く膨ふくらみ、浅黒い肌はみずみずしく生命力を湛たたえていた。彼女の腰に巻かれた帯のせいか、その胸は服を押し出すように大きく張り詰め、腰まわりは豊かに肉付いていた。以前に合った時には分からなかったが、マリアの目は、エリアールでよく見る茶色の瞳だった。



 しばらくヨハネはマリアの姿を見つめていた。マリアは、その丸みを帯びた唇を開いて、真っ白な歯を少しだけ見せると、ヨハネに問いかけた。

「どうしたの?」

 ヨハネの鼻孔びこうの奥に、昔どこかで感じた、懐かしい匂いが蘇えった。

「いや、なんでもない」

 ヨハネは馬に鞭を打った。馬車は軋きしみ音を立てて走り出した。



 市での試し売りは大成功だった。



 みんなで出店を組み立て、肌触りを見てもらうための大布を1枚、店の前に垂らした。店に集まった客たちは、その布の品定めをすると大きさを指定した。



 メグは、首から赤い紐で大きなちばさみを下げていた。

 それで布をち、丸めて、それも赤いひもで結ぶと客に手渡した。そのひもは、この日のためにマリアとメグが特別に染めたひもだった。支払いはビタ銭や良銭、時には銀貨でも行われた。布を棒ごとまとめ買いする客もいた。ヨハネは受け取った代金を貨幣ごとに箱に分けた。客が殺到して出店が倒れそうになるとパウロと共に柱を押し返した。木箱は銭と銀貨で溢れ、ヨハネは慌てて別の箱を探しに走り回らなければならなかった。



 短い時間で布はすべて売り切れた。四人は出店の内側に呆然と座り込んだ。みな心地よい疲れと満足感を感じて、通りを行く人々を恍惚こうこつとしながら眺めた。

 その中の何割かの人間は、赤いひもで縛られた真っ白な布を小脇に抱えて歩いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

処理中です...