8 / 11
8
しおりを挟む
盛り付《つ》けた分は食べ切って、おかわりをする気にはあまりなれなくて、そろそろ急いで、散らかし放題の台所を片付けようかという時だった。
──ガチャリ
鍵の開く音がした。ハルトは「え」と声をもらして時計を見た。いつもよりちょっとはやい、夜の九時すぎ。
「……晴翔? ひょっとして、お友達きてる?」
鍵の音から一拍おいて、玄関からお母さんの声がした。
正直に答えたら怒られる? 今すぐ隠れてもらう? いや、でも靴でもうバレてるよな。ハルトは心臓をバクバクさせながらそんなことをぐるぐると考える。
ガイアとレイは、ハルトの緊張した様子につられて、一緒になってその場で思わず身を固くした。
ハルトの返事を待たず、怪訝そうな顔つきのお母さんがリビングに入ってきた。そして案の定、ハルトの他に子どもがいるのを見て、さらに眉をひそめる。
「ねぇ晴翔。もう、お友達と遊ぶような時間じゃないわよ。こんな時間まで引き止めて、お友達のお母さんがとっても心配すると思わない?」
ハルトは、ひょっとして怒鳴られるのではないかとドキドキしていたけれど、お母さんはやわらかく言った。もちろん、怒っていないわけではないのは、顔を見ればわかる。その視線は、食事をした形跡のあるテーブルや台所の惨状へと移った。
「台所で、何をしていたの?」
「か……カレー、作って……」
「大人がいないのに、包丁やコンロを使ったの?」
「うん。けど、できたよ」
「できたかどうかって、問題じゃなくてね……」
どんどんと顔を曇らせるお母さんは、今度はガイアに向かって言った。
「あなた、お名前は? お母さんは、あなたがここにいること、知ってる?」
「……あ……」
首を横に振りながら、緊張してなのか、答えられなかった彼にかわってハルトがおずおずと言う。
「え……と、ガイアくん……。二組の……それから……」
「ああ。あなたが、大地くん」
お母さんは皆まで聞かずにハルトをじろりと睨み、あからさまなため息をついた。
「大地くん。おうちにお電話するからね。番号わかる?」
「……わかんない」
「そう。困ったわね」
「大丈夫。心配、してないから……」
「そう言う問題じゃないのよ。
──こんな時間にひとりで帰らせるわけにはいかないし、おうちの人に事情を話さないといけないから、お家まで送るわね」
「じぶんで帰れるよ?」
「普通は、子供がひとりで外を歩いていい時間じゃ、ないのよ」
お母さんは呆れたような声音になりながら、またため息をつく。そしてふたたびハルトの方を向いた。
「ともかく、お母さんは大地くんを送ってくるから、晴翔は家で待ってなさい」
「え、でもレイは? いいの?」
「礼って? ああ、カレーのこと? 作っておいてくれてありがとうと言われたいの? 約束ごとをこんなにたくさん破っておいて?」
「え? そうじゃなくて……」
「とにかく! もう遅いんだから、晴翔はシャワーあびて、先寝てなさい!」
最後には怒りをあらわにして、ばたばたとガイアをひきずるように出ていくお母さんを、ハルトはぽかんと見送った。
そして、となりにいるレイと顔を見合わせた。
「なんでレイのこと無視したんだろう?」
「じつは、こっそり隠れてたから?」
レイの答えに、ハルトは首を傾げた。ずっと隣にいた気がしていたからだ。
「そうなの? いつの間にそんなに完璧に隠れてたの?」
「ともかく、今のうちに帰っちゃうね」
「夜遅くなっちゃったけど、平気? 怒られない?」
「大丈夫。また、明日ね。今日はありがとう」
本当に大丈夫かな? と心配になりながらも、ハルトは玄関でレイを見送った。
ガイアを家まで送って帰ってきたお母さんは、すごい剣幕でハルトに怒鳴り散らした。友達がいる時に諭すように怒っていたあれは、他所行きの顔だったらしい。
「一体、今、何時だと思っているの⁉︎ お母さん帰ってきたの、九時よ、九時! まともな小学生なら、こんな時間まで他人様の家で遊ぶなんて、ありえないわよ! 晴翔にも、お母さんのいない時に友達を家に入れるなと言っていたでしょ! それに、包丁やらコンロやら使って! 事故でもあったらどうするの! 誰が責任取れるっていうの! だから、大地くんとは付き合うなと言っていたわよね! 案の定じゃないの! ひとりで夜遊びしているならまだしも、晴翔まで巻き込まれて! 大地くんのおうち行ったけどね、あんな酷くだらしない父親しかいないんじゃ、そりゃあね。こんな時間まで子どもを放っておいても心配もしないなんて、完全に育児放棄じゃないの。送っていってもありがとうのひとつもなしに。昼間パチンコしかしてないっていう噂も頷けるわ。本当、実際、何をしている人なんだかね。
とにかくね、あの辺の地域に住んでいる人とはあまり仲良くしないほうがいいのよ。晴翔には将来があるんだから、小学生のうちからこんな、図々しく人様の家に上がり込んで夜遊びするような子と遊んでいたら、影響されてあなたまで駄目な大人になってしまうわよ! それからね……」
長々とまくし立てるお説教も途中からは、子どもには関係ない大人の話だ。でも、子どものハルトにだって、お母さんがガイアやそのお父さんの悪口を言っているのだということはわかる。
はじめは言いつけを守らず自分が悪い事をしたと反省する気持ちにもなっていたものが、だんだんと、なんともいえない苛つきに変わってきた。
──イクジホウキは、うちもそうじゃないか。じゃあ、お母さんは子ども無視して昼も夜も、なにしてるんだよ。仕事って言えばそれでえらくて、仕事ならイクジホウキにならないわけ?
ガイアはひとりぼっちの寂しい時間に一緒にいてくれた大切な友達なのに、なんでひどい悪口を言われないといけないの? 住んでるチイキとかよくわからないけど、そんなのガイアのせいじゃ、ないじゃないか。
お母さんが何か言うたびに、そんな思いや反抗心が次々と頭の中を占めていく。けれど、こうなったお母さんに口ごたえしても、お説教が長くなるだけなので、しおらしく「はい」「はい」と返事をしておいた。
お母さんは、言いたいことを言い切ってしまうと、キッチンにあるカレーの鍋を持ち上げた。いまいましげに鍋をシンクに向かって傾けると、鍋に残ったカレーはさらさらと流れて排水口に消え、生ゴミ受けに具の野菜や肉がたまる。
「どうして、勝手に捨てちゃうの!」
「食べるつもりがないからよ」
お母さんは散らかっていたキッチンを片付けてしまうと、自分はコンビニ弁当を食べ始めた。
その様子を呆然と眺めていたハルトは「おやすみなさい」も言わずに自分の部屋に入ってベッドに潜り込んだ。我慢していたつもりではなかったけれど、途端に涙が溢れてきた。
──ガチャリ
鍵の開く音がした。ハルトは「え」と声をもらして時計を見た。いつもよりちょっとはやい、夜の九時すぎ。
「……晴翔? ひょっとして、お友達きてる?」
鍵の音から一拍おいて、玄関からお母さんの声がした。
正直に答えたら怒られる? 今すぐ隠れてもらう? いや、でも靴でもうバレてるよな。ハルトは心臓をバクバクさせながらそんなことをぐるぐると考える。
ガイアとレイは、ハルトの緊張した様子につられて、一緒になってその場で思わず身を固くした。
ハルトの返事を待たず、怪訝そうな顔つきのお母さんがリビングに入ってきた。そして案の定、ハルトの他に子どもがいるのを見て、さらに眉をひそめる。
「ねぇ晴翔。もう、お友達と遊ぶような時間じゃないわよ。こんな時間まで引き止めて、お友達のお母さんがとっても心配すると思わない?」
ハルトは、ひょっとして怒鳴られるのではないかとドキドキしていたけれど、お母さんはやわらかく言った。もちろん、怒っていないわけではないのは、顔を見ればわかる。その視線は、食事をした形跡のあるテーブルや台所の惨状へと移った。
「台所で、何をしていたの?」
「か……カレー、作って……」
「大人がいないのに、包丁やコンロを使ったの?」
「うん。けど、できたよ」
「できたかどうかって、問題じゃなくてね……」
どんどんと顔を曇らせるお母さんは、今度はガイアに向かって言った。
「あなた、お名前は? お母さんは、あなたがここにいること、知ってる?」
「……あ……」
首を横に振りながら、緊張してなのか、答えられなかった彼にかわってハルトがおずおずと言う。
「え……と、ガイアくん……。二組の……それから……」
「ああ。あなたが、大地くん」
お母さんは皆まで聞かずにハルトをじろりと睨み、あからさまなため息をついた。
「大地くん。おうちにお電話するからね。番号わかる?」
「……わかんない」
「そう。困ったわね」
「大丈夫。心配、してないから……」
「そう言う問題じゃないのよ。
──こんな時間にひとりで帰らせるわけにはいかないし、おうちの人に事情を話さないといけないから、お家まで送るわね」
「じぶんで帰れるよ?」
「普通は、子供がひとりで外を歩いていい時間じゃ、ないのよ」
お母さんは呆れたような声音になりながら、またため息をつく。そしてふたたびハルトの方を向いた。
「ともかく、お母さんは大地くんを送ってくるから、晴翔は家で待ってなさい」
「え、でもレイは? いいの?」
「礼って? ああ、カレーのこと? 作っておいてくれてありがとうと言われたいの? 約束ごとをこんなにたくさん破っておいて?」
「え? そうじゃなくて……」
「とにかく! もう遅いんだから、晴翔はシャワーあびて、先寝てなさい!」
最後には怒りをあらわにして、ばたばたとガイアをひきずるように出ていくお母さんを、ハルトはぽかんと見送った。
そして、となりにいるレイと顔を見合わせた。
「なんでレイのこと無視したんだろう?」
「じつは、こっそり隠れてたから?」
レイの答えに、ハルトは首を傾げた。ずっと隣にいた気がしていたからだ。
「そうなの? いつの間にそんなに完璧に隠れてたの?」
「ともかく、今のうちに帰っちゃうね」
「夜遅くなっちゃったけど、平気? 怒られない?」
「大丈夫。また、明日ね。今日はありがとう」
本当に大丈夫かな? と心配になりながらも、ハルトは玄関でレイを見送った。
ガイアを家まで送って帰ってきたお母さんは、すごい剣幕でハルトに怒鳴り散らした。友達がいる時に諭すように怒っていたあれは、他所行きの顔だったらしい。
「一体、今、何時だと思っているの⁉︎ お母さん帰ってきたの、九時よ、九時! まともな小学生なら、こんな時間まで他人様の家で遊ぶなんて、ありえないわよ! 晴翔にも、お母さんのいない時に友達を家に入れるなと言っていたでしょ! それに、包丁やらコンロやら使って! 事故でもあったらどうするの! 誰が責任取れるっていうの! だから、大地くんとは付き合うなと言っていたわよね! 案の定じゃないの! ひとりで夜遊びしているならまだしも、晴翔まで巻き込まれて! 大地くんのおうち行ったけどね、あんな酷くだらしない父親しかいないんじゃ、そりゃあね。こんな時間まで子どもを放っておいても心配もしないなんて、完全に育児放棄じゃないの。送っていってもありがとうのひとつもなしに。昼間パチンコしかしてないっていう噂も頷けるわ。本当、実際、何をしている人なんだかね。
とにかくね、あの辺の地域に住んでいる人とはあまり仲良くしないほうがいいのよ。晴翔には将来があるんだから、小学生のうちからこんな、図々しく人様の家に上がり込んで夜遊びするような子と遊んでいたら、影響されてあなたまで駄目な大人になってしまうわよ! それからね……」
長々とまくし立てるお説教も途中からは、子どもには関係ない大人の話だ。でも、子どものハルトにだって、お母さんがガイアやそのお父さんの悪口を言っているのだということはわかる。
はじめは言いつけを守らず自分が悪い事をしたと反省する気持ちにもなっていたものが、だんだんと、なんともいえない苛つきに変わってきた。
──イクジホウキは、うちもそうじゃないか。じゃあ、お母さんは子ども無視して昼も夜も、なにしてるんだよ。仕事って言えばそれでえらくて、仕事ならイクジホウキにならないわけ?
ガイアはひとりぼっちの寂しい時間に一緒にいてくれた大切な友達なのに、なんでひどい悪口を言われないといけないの? 住んでるチイキとかよくわからないけど、そんなのガイアのせいじゃ、ないじゃないか。
お母さんが何か言うたびに、そんな思いや反抗心が次々と頭の中を占めていく。けれど、こうなったお母さんに口ごたえしても、お説教が長くなるだけなので、しおらしく「はい」「はい」と返事をしておいた。
お母さんは、言いたいことを言い切ってしまうと、キッチンにあるカレーの鍋を持ち上げた。いまいましげに鍋をシンクに向かって傾けると、鍋に残ったカレーはさらさらと流れて排水口に消え、生ゴミ受けに具の野菜や肉がたまる。
「どうして、勝手に捨てちゃうの!」
「食べるつもりがないからよ」
お母さんは散らかっていたキッチンを片付けてしまうと、自分はコンビニ弁当を食べ始めた。
その様子を呆然と眺めていたハルトは「おやすみなさい」も言わずに自分の部屋に入ってベッドに潜り込んだ。我慢していたつもりではなかったけれど、途端に涙が溢れてきた。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
稀代の悪女は死してなお
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」
稀代の悪女は処刑されました。
しかし、彼女には思惑があるようで……?
悪女聖女物語、第2弾♪
タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……?
※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる