勇者ブルゼノ

原口源太郎

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第一章

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 翌日もブルゼノは仕事を早く切り上げ、公園に行った。
 セイナは広場の隅で木刀を振っていた。
 近づいていくと、セイナは近くに置いてあった木刀を拾い上げ、ブルゼノに渡した。
「まずは昨日の復習。構えて」
 セイナが言った。
 そのあと、基本動作と素振りを繰り返した。
「ちょっと休もう」
 ブルゼノと同じ動きをしていたセイナが言った。ブルゼノは額から汗を流しているのに、セイナの顔には汗のしずくひとつない。
 二人は近くのベンチに座った。ブルゼノはセイナからできるだけ離れたベンチの端ぎりぎりのところに腰かけた。
「あんた、いつか私のお父さんのことを尋ねたよね」
「う、うん」
「私のお父さんは旅の商人をしていたの。私がまだとても小さい頃に強い魔物に襲われて死んじゃった」
「そう・・・・ごめん」
 もしそうだったらまずいと思っていた通りの答えだった。でも、ブルゼノはセイナに父親のことを尋ねたことをとても後悔していたから、セイナからそのことを言ってくれたので、何だか心のつっかえが取れた気がした。
「今、私はお母さんと、おじいちゃんのところに住んでいる。おじいちゃんは昔、この国の勇者だった」
「勇者?」
「あんた、この国に勇者がいたって、知っていた?」
「聞いたことはあるけど」
「おじいちゃんがこの国の最後の勇者で、今はこの国に勇者はいないの。でも王様は勇者が必要だと思っているみたい。だから私が勇者になる」
「セイナさんが?」
 ブルゼノはじっと前を見つめるセイナの横顔を見た。
「そう」
 そう言ってセイナは不意にブルゼノへ顔を向けた。
「だからあんたには強くなってもらわないと困るの」
「ん?」
 勇者がどのようなものかわからないし、どうしたら勇者になれるのかもわからない。だけどブルゼノは、セイナなら立派な勇者になれると思った。
 だけど、なんで僕が?
「勇者はどんなに苦しい時でもくじけない心と、どんなに過酷な時が続いても負けない体と、どんなに強い魔物でも打ち倒せる技がないとダメ。心や体は一人でも鍛えられるけれど、技は一人では鍛えられない」
 ブルゼノを見続けるセイナの目を見て、ブルゼノはどぎまぎした。
「でも、なんで僕が?」
「あんたには才能がある」
 セイナは再び目の前に大きくたたずむ城に視線を移して言った。
「才能? どんな?」
「剣術の。今まで色々な人を見てきたけれど、あんたが一番才能アリだわ」
「僕が剣術の・・・・」
「そう。そしてこれからいっぱい修行して強くなるの」
「なんで僕が?」
「もちろん私のためよ」
「セイナさんが勇者になるため?」
「そう。剣術は一人じゃ強くなれない。相手がいないと。それも強い相手でないと」
「僕は強くないよ」
「だから強くなるために毎日修行するの。あんたが強くなれば、私も強くなれる」
「でも、他に誰か、例えば勇者だったおじいさんは相手になれないの?」
「もう年を取って弱ってしまったわ。時々相手をしてくれたけれど、もう私のほうが強いもん。お母さんはおじいさんのあとを継ぐべく幼い頃から修行を積んできたけれど、結局勇者にはなれなかった。それでお母さんは私を勇者にするために私が小さい時から色々な武術を教えてくれた。でも、最近はお母さんも私の相手をしてくれなくなった。お母さんも色々と大変なの」
「確かこの町には勇者と共に旅をしていた武道家がいたと思ったけど」
「もちろん知っている。前に訪ねてみたことがあるけれど、小さな子供を相手にしているだけで、全然ダメ。その姿を見ただけでわかったわ。それにその息子も見たけれど、のろくさくて、噂だと剣を振うより野菜を作るほうが好きだっていうくらいだから、お話にならない」
「ふーん」
「だから私のためにあんたが強くなって」
 セイナは再び顔を向けて、上目づかいにブルゼノの目を見た。
「うん」
 思わずブルゼノは返事をしてしまった。しかし自分がそれほど強くなれるとは思わなかった。
「それから私のことはセイナさんとは呼ばないで。セイナでいい。私のほうが年下だから」
「でも、君は女の子だし」
「さんづけで呼びあっていたら、気合が入らないでしょ。それに私が勇者になれば、あんたはセイナさんどころか、セイナ様と呼ばなければならなくなるのよ」
 そう言ってセイナは立ち上がった。
 ブルゼノも慌てて立ち上がる。
「では、続きを始めましょう」
 セイナが言った。

 ブルゼノは薄暗くなった町を、木刀を隠すようにして持って歩いた。慣れない動きを何度も何度も繰り返したせいか、体はとても疲れていた。
 稽古を終え、木刀を返そうとしたブルゼノに、セイナはこう言った。
「木刀はあんたが持っていって。家でも剣を振う練習をして頂戴。朝起きたら五十回の素振り。最初のうちはやりすぎてもダメ。慣れてきたらだんだん回数を増やしていくの」
 ブルゼノは歩きながら手のひらを見たが、暗くてよく見えなかった。
 手のひらや指に幾つもマメができている。明日の朝、木刀を振ることができるのだろうかと思った。
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