勇者ブルゼノ

原口源太郎

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第一章

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 ブルゼノは肩で息をしていた。
「休憩しましょう」
 セイナが言い、昨日と同じベンチに座った。セイナが真ん中より少し横に座り、ブルゼノは反対側の一番端に腰かける。
「ちょっと手を見せて」
 セイナがブルゼノを見て言った。
「え?」
 思わずブルゼノは手を引っ込めた。
「見せて」
 命令するようにセイナが言う。
 ブルゼノは観念したように握りしめていた手を広げ、セイナの前に差し出した。
「まあ」
 ブルゼノの手のひらは所々にできたマメが潰れて皮がむけていた。血の滲んでいるところもある。
「なんでこんなになるまでやっていたの? これじゃ木刀を握れないじゃない」
 顔色を変え、怒ったようにセイナは言った。
「いや、こんなのたいしたことない」
 ブルゼノは強がって言った。
「ダメダメ。昨日言ったじゃない。やらないのはダメだけれど、やりすぎるのもよくないって。どこかを痛めたり、怪我をしたりすれば、その元になった時間の何倍もの時間を無駄にすることになるの。大きな痛手だわ」
「ごめん」
 ブルゼノは素直に謝った。
「しばらくは木刀なしでの練習よ」
 セイナはつぶやくように言った。
「ごめん」
 ブルゼノはもう一度小さな声で謝った。
「もう気にしないで。なってしまったものは仕方がない。・・・・それより、王様が勇者を募集していたのを知っている?」
 セイナは話題を変えた。
「んーん。知らない」
「昨日、募集が締め切られたのだけれど、集まったのはたったの二人だって。それも子供」
「へえ。でも子供だって勇者になろうっていう気持ちがあるのはすごいよ」
「大人は一人も応募してこなかった。だからこの国はダメなの。やっぱり私が勇者になるしかない。他の国の勇者にも負けない強くて立派な勇者になる」
 セイナの目がめらめらと燃えた。
「僕も応援するよ」
「だからあんたもすごく強くなってね」
 セイナは炎の消えた目でブルゼノを見て言った。

 一週間ほどする頃には、ブルゼノは木刀を持つことができるくらいに回復していた。
「まだ治ったわけじゃないから、無理しちゃダメよ」
 セイナからはそう念を押された。
 それまでの日々は、木刀を使わない基本動作や体力作りのようなことばかりしていたので、ブルゼノは飽き飽きし始めているところだった。
 休憩の時、いつものようにベンチの端に座っているブルゼノの前にセイナが立ち、木刀を差し出した。
「はい」
「ああ」
 ブルゼノはうめくように声を出して木刀を受け取った。
「無理しないでね」
 セイナはそっけなく言ってベンチに座った。
 ブルゼノはいとおしものを見るような目で木刀を見つめた。
「冒険に行っていた人たちが帰ってきたっていう話は聞いた?」
 セイナが尋ねた。
「冒険? 知らない。この前に王様が募集していたっていう勇者たちのこと?」
「そう。ソラテまで行って魔物を退治してきたのだって」
 ソラテというのは、べレストから二日ほどの距離にある山里の村だ。
「へえ。でも、子供二人だったよなあ」
「昔、冒険をしていた魔法使いだった人も一緒に行ったの」
「でもすごいよ。魔物をやっつけたんだろ?」
「だけどそれには裏があるの」
「裏?」
「凄く強い魔物は、たまたま近くを通りがかった旅の人がやっつけてくれたのだって。でも、そんなに都合よく強い魔物をバッタバッタとやっつらけれる人が通りかかると思う?」
「そういうこともあるんじゃない?」
「だって、その凄い旅の人がたまたま通りがからなければ、冒険に出た人たちはきっと魔物に殺されていたのよ。王様が子供をそんな危険なところに行かせると思う?」
「そうだなあ。なんで王様はそんなことをさせたんだろう?」
「だからこの話は全くの作り話か、それとも王様がすごい剣の達人を雇って子供たちを密かに警護させていたのじゃないかと思うの」
「でも王様はなんでそんなことを?」
「王様は本気で勇者が必要だと考えているからよ。この国にそういう話が広まれば、本気で勇者になりたいと思う人が出てくるかもしれないし、もしかしたら、王様はその冒険に行った子供たちを勇者に育てようと考えているかもしれない」
「そうかなあ」
「だとしたら、私もうかうかしていられない。本気になって頑張らなきゃ」
「そうだね」
 ブルゼノは他人事のように相槌を打った。
「あんただってうかうかしていられないのだからね」
 セイナはキッとなってブルゼノを睨んで言った。

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