二枚の写真

原口源太郎

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 朝の光が清々しい。
 勇は食卓の椅子に座り、コーヒーを飲みながら晴れて澄んだ空をひとしきり眺めた後、広げた新聞へと視線を移した。
 キッチンからは妻の明美が朝食の洗い物をする音がしてくる。
 洗い物を終えた明美が水道を止めると、静かになった室内にポコン、ポコンというボールの音が聞こえてきた。
「ん?」
 勇が顔を上げて音の出所を探るように辺りを見る。
 立ち上がると窓際に行き、外を見た。
 勇たちの住むマンションのすぐ近くに大きな川があり、その川に沿って大きな工場の敷地がある。
 出社前のまだ車の止まっていない駐車場の隅で、少年が土留めのコンクリート壁に向かってテニスボールを打っていた。
 初心者らしく、打たれるボールは弱々しく、時々あらぬ方向へ飛んでいく。
 勇がほほえましい気持ちでそんな様子を見ていると、明美が隣に来て、同じように少年の姿を眺めた。
「あら、今日も来てる。上手くなったわね」
 その言葉に、勇は妻を見た。
「何日も来ているのか?」
「今日で三日目」
 それだけ熱心ならすぐに上手くなるだろうと勇は思った。

 狭い町工場の中に小型のプレス機が並び、ガチャンガチャンと音を立てている。
「社長、一番に電話です」
 場内放送の声が響いた。
 機械を扱っていた青山が手拭いで手を拭きながら電話のところに行き、受話器を取り上げる。
「もしもし!」
 青山は工場内の大きな騒音に負けないような大きな声で受話器に話す。
「おお、久しぶり。元気か?」
「俺も元気でやっているよ。仕事のほうはぼちぼちだ。単価の安い仕事が多くて忙しいわりに儲けが上がらないよ」
「は? テニス? ゴルフの誘いじゃないのか? まあ、考えておくよ。でも何で今頃テニスなんだ?」

 高層ビルの広いオフィスの中には、幾つもの机が十分なスペースを取って並んでいて、オレンジの色を帯びた夕方の日差しが窓から差し込んでいる。机に座って仕事をしている社員は疎らで、ほとんどの机が空いている。
 スマホで話しをしていた勇が椅子から立ち上がると、その場で柔軟体操を始めた。
 近くの机で仕事をしていた野口が顔を上げて勇を見る。
「あれ、どうしたんですか?」
「いや、最近運動不足で体がなまってきているからね」
 勇はゆっくりと体を動かしながら照れたように答える。
「気を付けてくださいよ。急に体を動かすと、どこかをグキっとやりますから」
「わかっているよ」
 勇はむっとする気持ちを隠して言った。
 そしてやけになって激しく体を動かす。

 郊外にあるテニスクラブの駐車場に車が入ってくる。
 車が停まると、勇が降りてクラブの建物の中へと歩いていった。
 受付カウンターには勇の息子の嫁の沙織がいる。
 勇に気が付き、沙織はぺこりと頭を下げる。
「こんばんわ。どうしたんですか?」
「将暉はいるか?」
 修は息子の名前を口にした。
「はい。今、丁度スクールの時間でコートにいます。」
「いつ終わる?」
 沙織は壁の時計を見る。
「八時です」
「じゃ、待っている。ちょっと見学させてもらうよ」
「はい、どうぞ」
 勇は奥の出入り口から外に出た。
 テニスコートは四面あり、照明が明るく照らしている。どのコートにも人がいて球を打っている。
 手前のコートでは二十代から五十代くらいの男女十名ほどがコーチからレッスンを受けていた。
 将暉がネット際からボールを打ちだし、生徒たちがそのボールを打ち返している。
「もうちょっとしっかり振りましょう」
 などと将暉は生徒たちにアドバイスを与えている。
 勇はテニスコートの見えるベンチに座り、そんな様子を眺めた。
 やがてスクールの終了の時間が来て、生徒たちはクラブハウスに戻ってくる。最後に数本のラケットを抱えた将暉が歩いてきた。
 将暉はベンチの勇に気が付いて近づいた。
「よう、どうしたの?」
 将暉が勇に声をかける。
「ん? ちょっと、久しぶりにボールを打ってみたくなった」
「テニス?」
「そう。今度、青山を引っ張ってこようと思っている。もし青山がやらないっていうんなら将暉が相手してくれないか?」
「いいよ。レッスン料は高いけど」
「なら沙織さんに相手をしてもらうよ」
「冗談だよ」
「こっちも冗談だ」
「スクールの時間外なら相手をしてやるよ。でも、急に激しい運動をすると体おかしくなるぜ。歳なんだから」
「わかっとる。部下と同じこと言いやがって。いきなり無茶はせんよ」
「でも、どうしてまた急にテニスをやりたくなったんだ?」
「近くの駐車場で壁打ちを始めた子がいるんだ。へたくそなんだけど、一生懸命にやっている。それを見ているうちに、俺もまだできるかなって」
「まあ、健康のためにも体を動かすことはいいからね。沙織のところにスクールのスケジュール表があるから。俺の指導じゃない時に来てくれれば大抵は相手ができると思う」
「わかった。お願いするよ」
 そう言って勇はベンチから立ち上がった。
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