大衆娯楽小説 短編集

原口源太郎

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流れ星を見た夜

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 お母さんが死んだのは、弟がまだよちよち歩きをしている頃だった。
 僕はすごく寂しかったけれど、弟はもっと寂しかったと思う。よくお母さんを探して泣いていた。
 お父さんは僕に強い男になれと言った。僕はお父さんの言うように、小さくてかわいそうな弟のために強くならなければならないと思った。
 どうすれば強い男になれるのかよくわからなかったけれど、僕はずっと強い男になろうと思ってきた。

 お母さんが生きていた頃、お父さんはよくキャンプに連れていってくれた。弟が生まれる前の大きなおなかのお母さんと三人で行ったことがあったし、生まれたばかりの弟を連れていったこともあった。
 キャンプはすごく楽しかった。
 でも、お母さんがいなくなってから、お父さんは僕たちをキャンプに連れていってくれなくなった。その代わり、三人で車に乗って遠くの山までドライブに連れていってくれるようになった。
 それはそれで楽しかった。

 僕はお父さんに連れていってもらうドライブが大好きで、いつも興奮して大騒ぎをしてしまう。
 お父さんにうるさいから静かにしなさいと言われて、やっと自分が興奮しすぎていると気付くことがよくあった。

 いつもよりずっと早起きをして、遠い遠い山の山の山の中へドライブに行ったとき、僕は嬉しすぎていつも以上に興奮してしまった。
 弟も同じように凄いハイテンションで、そのハイテンションのまま、なぜか僕と弟はケンカになってしまい、車の中で大騒ぎをした。
 お父さんがやめなさいと何度も言ったけれど、僕は弟のことに腹が立ちすぎて、大人しくなんてできなかった。
 急にお父さんが車を止めた。
「お父さんの言うことが聞けないのなら、二人とも車から降りなさい。お父さんはもう家に帰るから、二人とも歩いて帰ってきなさい」
 大きな声で注意され、僕はびっくりしてしまった。
 弟もびっくりして泣き出した。
「早く車から降りなさい!」
 お父さんがさっきよりも大きな声で言った。
 僕は弟を引っ張って車から出た。
 お父さんはドアを閉めると、車の向きを変えて、僕たちを置いたまま行ってしまった。
 弟はそれを見て大きな声で泣き出した。
 僕は強い男を見せるチャンスだと思った。
「泣くな、男だろ。家に帰って僕たちが強い男だってことを、お父さんに見せてやろう」
 僕は泣きじゃくる弟の手を引いて、山道を下りていった。
 道はよくわからなかったけれど、取りあえず下へ下へと下っていけば家に帰れるような気がした。

 しばらく歩いていると、泣いていた弟も落ち着いてきて静かになった。
「お兄ちゃん、お家に帰れるの?」
「山を下りていけば帰れるよ。僕たちは強い男だ」
「うん」
 指をくわえ、鼻水を垂らした弟が頷いた。
 すると、下から車がやってきた。お父さんだった。
「さあ、もういいから乗りなさい」
 車の窓を開けてお父さんが言った。
 僕は弟を車に乗せてドアを閉めた。
「どうした? 乗らないのか?」
「僕は歩いて帰る」
 僕はお父さんに強い男だというところを見せたいと思った。
「いいから乗りなさい」
「乗らない。歩いて帰る」
「わかった。じゃあ、お父さんたちは先に帰っているから」
 お父さんはまた車の向きを変え、山道を下りていった。
 一人になった僕はちょっと心配になって周りを見まわした。木に覆われた山しか見えない。
 急がないと夜になっちゃうかも。
 僕は不安になって急いで歩いた。
 少し下りていくと、山の上に向かう細い道があった。
 このまま来た道を戻るより、この山を越えて向こう側から家に帰れば、お父さんはびっくりして僕を本当に強い男として認めてくれるだろうと思った。
 僕は車がやっと通れるくらいの道を上っていった。

 歩いても歩いても道は上るばかりだった。
 僕はおしっこをしたくなって、道から離れて藪の中に入った。その時、下から何台か車が上ってきて、上へと走っていった。先頭の車はパトカーみたいだった。
 僕は道に戻ると、上に行こうか下に戻ろうかと迷った。
 これ以上道を上っていけば、山の中で夜になってしまうと思ったので、山の向こう側に行くのを断念して来た道を戻ることにした。
 どれくらい歩いたのかわからないけれど、道を引き返し始めてからすぐに暗くなってきた。
 僕は急に不安になった。
 もしかしたら熊か、野良犬か、何か怖い獣が襲ってきたらどうしよう。
 怖いと思っちゃいけない。僕は強い男だ。そう言い聞かせたけれど、真っ暗になって、歩く道が見えなくなってくると、どうしようもなく不安になった。
 僕は道の両側にそびえている黒い木の、間から見える空を見上げた。
 夜の空に、星がたくさん見えた。
 僕は星を見ながら歩いた。流れ星がすーっと飛んでいった。
 すると、急に星たちが滲んできた。
 僕は強い男だから泣いちゃダメだと必死に言い聞かせた。

 下のほうで車の音がして、光が見えた。
 僕は走り出して転んで、手をすりむいた。だけど立ち上がると、もう一度走った。
 光は僕の前までやってきて止まった。

 僕は車に乗って光がいっぱいあるところまで下りてきた。
 大きな建物の前で車が停まり、僕は外に出た。
 人が大勢いた。さっき見たようなパトカーや消防車も見えた。
 お父さんが走ってきて、いきなり強く抱きしめられた。
 僕はびっくりした。お父さんがすごくきつく抱きしめるので、腕が痛かった。
 僕が強い男だと証明できたから、お父さんは僕のことを褒めてくれるのかなと思った。それとも、自分の力で家まで帰れなかったから、怒っているのかなとも思った。
 お父さんが僕を離して顔を見つめた。
 何だか怒っているみたいに見えた。
 するとお父さんの目から涙がこぼれて、すーっと頬を滑っていった。
 僕はまたびっくりした。お父さんが泣くなんて知らなかった。お母さんが死んだ時だって泣かなかったのに。
 お父さんの涙を見て、なぜだかわからないけれど、僕はさっき見た流れ星を思い出した。
 そうしたら、無性に悲しくなってきた。
 僕はお父さんにしがみついて、大きな声で泣いた。
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