様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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白く染まる

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「双葉って、どんな意味でつけられたの?」
 僕はふと頭に浮かんだことを、隣を歩く双葉に尋ねた。
 一年前の初雪が舞う日だった。
「私の名前のこと? さあ、どうだったかな? 昔お母さんに聞いたことがあったんだけど」
 そう言って真剣な表情で考えながら歩く双葉の横顔を見て、僕はとても愛おしいと思った。
「植物って、芽を出して双葉になるものが多いじゃない。その時は似ているのに、成長していくと、綺麗な花を咲かせる木になったり、甘い実を付ける木だったり、あるいはとげとげの人間に嫌われそうなのだったり、色々に育っていく。私にもそんな色々な可能性を秘めた子に育ってほしいっていう意味で名付けたんだったと思う。ただ、双葉って名前じゃ、いつまでも芽生えたばかりで、子供のままみたいだけど」
「そうか。お父さんやお母さんも色々考えて付けたんだ。いい名前じゃんか」
「そうね。私もこの名前、気に入っているからいいんだ」
 学校帰りにそんな無邪気な会話をして歩いていたのが去年の冬だった。
 あの時から、僕は色々な事を考えて過ごしてきた。

 双葉とは家がすぐ近くで、物心ついた時から一緒に遊んでいた。ずっといつも一緒で、小中高と同じ学校に通い、通学も一緒のことが多かった。
 そしてこれからもずっと僕たちは一緒にいるのだろうと思っていた。
 ただ、僕たちは大人になろうとしている。これから先も二人一緒にいるために、今までとは変えなければならないことがある。それがそう遠い先じゃないことを僕は知っていた。
「私ね、好きな人がいるの」
 双葉が唐突に言った。
 三日前にこの年初めて降り積もった雪が粗方融けたのに、その日はまた積もりそうな大粒のふわふわした雪が舞っていた。

 僕は双葉の言葉を聞いてドキッとした。それは男の僕の方から先に言いださなければならないことだと思っていた。
「何? ちょっと待って、それ以上言うな」
「言わせて。今日言いたいの」
 双葉が僕を見て言った。真剣な目だった。
「わかったよ。どうぞ」
「実は一週間前に告白したんだ」
 ん?
 僕はさっきよりも、もっとドキッとした。
 一瞬頭の中が真っ白になった。
 僕は告白されてないぞ。
「今日、その人から交際OKの返事をもらったの」
 僕は何も言えなかった。
 双葉が僕以外の誰かを好きだなんて、そんなこと、一ミリだって考えたことがなかった。
「これからはあまり一緒にいられなくなるかもしれない。というより、一緒にいちゃまずいよね?」
 そう言って双葉はまた真剣な眼差しで僕を見た。
 僕はその眼差しを避けて俯いたまま歩いた。
 ふわふわと柔らかく舞っていた雪はいつの間にか量が増えて、落下速度も増している。
 そのまま僕たちは無言で歩いた。
 ふと双葉を見ると、制服の肩や頭に落ちて融けていた雪も融けずに白く残るようになっている。僕はその雪を払ってやりたいと思ったけど、双葉に手を伸ばすのが怖かった。

 次の日の朝、僕は家の外に出た。
 どこもかしこも雪に覆われた白銀の世界が広がっている。
 学校は休みだったので、行く当てもなく歩いた。
 近くの公園も雪に埋め尽くされていた。まだ人の足跡のない真っ白な大地。

 昨夜僕は双葉との現実を受け入れて、心の中から双葉を追い出そうとした。どうすればいいのかわからなかったし、ずっと眠れずに布団の中で考えた挙句にたどり着いた結論は、双葉を忘れるという事は簡単にはできそうもないということだった。

 積もった雪を見ているうちに、僕はそこに身を沈めてしまいたいと思った。この雪のように僕の心の中も真っ白になってしまえばいいのに。何もかも忘れて真っ白く染まってしまいたい。
 僕はゆっくりと前に倒れた。
 雪の上に倒れた僕はしばらくそのままでいた。
 すぐに顔が耐えられないほど冷たくなってきた。
 立ち上がって体の雪を払うと、影のように僕の形の穴が雪に残っていた。
 双葉はなぜ昨日あんな事を僕に告げたのだろう。
 きっと双葉は知っていたんだ。僕が双葉を好きな事を。
 そして僕を傷付けない最良の方法を考えて、若葉の好きな相手からの返事をもらったその日に僕に話してくれたんだ。
 すぐに双葉を忘れることはできない。だけど、ゆっくりと忘れていく。いつか時だけが、この壊れた心を癒してくれるだろう。



                           終わり
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