様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

文字の大きさ
30 / 44
追いかける

追いかける

しおりを挟む
 片隅に白い雲が浮かんでいる。
 それ以外は見渡す限り青い空が広がっている。
 穏やかに風が吹く、気持ちのいい日だった。
 そんな天気に誘われたのか、街には多くの人がいた。
 その中に彼女を見つけた。
 僕は嬉しくなって、大きな声で叫びたい衝動に駆られた。
 もちろん、そんなことはしなかったけれど。

 一年前に初めて彼女を見かけた。その美しい姿に、たちまち心を奪われた。
 その時は、遠くから見ているだけで、声もかけられなかった。
 その日から、彼女のことが頭から離れられなくなった。そして、あの時、なぜ声をかけなかったのかと後悔を重ねる日々だった。
 その彼女を再び見つけることができた。
 僕はじりじりと彼女に近づいていった。今度こそ後悔はしない。

 人の流れが変わって、彼女が離れていく。
 僕は慌てて彼女を追った。
 いきなり声をかけることはできない。さり気なく彼女の横に並び、自然な形で声をかけるのがいい。
 だけど彼女は早かった。何をそんなに急いでいるのだろう。
 人々の先にちらほらと見え隠れする彼女。さっきはすぐ近くにいたのに、もう遠くに行ってしまった。
 僕はその姿を見失わないように焦って追いかけた。

 すでに何キロ、彼女を追いかけているだろう。一向に追いつけない。それどころか、たまにどこに行ったのかわからなくなって、捜す羽目になる。
 やっと見つけた時は安堵するのだけれど、そんなことを何度か繰り返しているうちに、僕はすっかりくたびれてしまった。
 こうなったら作戦変更だ。
 目的地まで後をついていって、彼女が足を止めたときに声をかける。移動中に声をかけるよりそのほうが自然に思えた。
 何しろ一年も待っていたんだ。この機会を逃すわけにはいかない。

 長い間、僕は彼女を追いかけ続けた。汗だくになり、体力の限界だった。
 やっと目的地にたどり着いた時、僕は彼女を見失っていた。
 僕は記録用のタグを取り、数え切れないほどの人が並んでいる長い列に加わった。
 いくつもある列の一つに彼女の姿を見つけた。僕は疲れ果てているのに、彼女は元気そうだった。
 やっとタイムの記録された完走証を受け取ったあとで、彼女の姿を捜した。
 だけどもう、どこに行ってしまったのか、わからなかった。

「あの、すみません」
 不意に声をかけられ、僕は振り返った。
 見たことのない女の人がいた。
「4月の山沿いハーフマラソンに出てましたよね?」
 女の人が言った。
「出てました」
「私も走ったんです。その前にあった海沿いハーフも」
「僕も出ました」
「知ってます。その時のマラソンで初めてお見かけして。また一緒になるなんて、何かの縁じゃないかって思いました。今日こそは絶対に声をかけてみようって思ってたんです。ずっとあなたの後を走ってたんですよ。気づいてました?」
「いえ、気がつかなかったな」
「一生懸命追いつこうと思って走ったんですけど、あなたは早くて、全然追いつけなくて」
「いえいえ、僕なんて遅いです。楽しむために走っているだけで、記録は求めてないですから」
「私も同じ。次に走る予定とか、あります?」
「9月の川沿いマラソンに昨年出たので、今年もエントリーしました」
「じゃ、私もエントリーします。一緒に走りません?」
「え? いいですよ」
 僕は驚いてその積極的な女の人を見つめた。
 僕が一年前から憧れていた彼女ほど綺麗じゃないかもしれない。だけど、ときおり見せる笑顔はとても可愛かった。

 
                  終わり
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

処理中です...