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僕とあすかさんの物語
僕とあすかさん ー 桜を見に行きます 1
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森理恵。
彼女は大学のバドミントン同好会の中で特異な存在だった。
上向き加減の鼻。切れ長の大きな目。きゅっと結ばれた口。美人だけど気の強そうな顔で、たぶん、実際の性格もそうなのだろう。
バドミントン初心者の僕でさえ、森のフットワークやラケットの使い方は相当練習を重ねてきた人のものだと分かった。
「なんでああいうやつがこんなところに来るんだよ」
僕を大学のバドミントン同好会に誘った翔平が、シャトルを打ち合う森の姿を目で追いながら言った。
僕はすぐにバドミントンに夢中になった。
最初のうちはうまく打ち返すこともできなかったけれど、だんだん打てるようになってくると楽しくて、翔平といつまでもシャトルを打ち合った。
同好会の練習のない日や休みの日は近くの体育館に行ったし、風がないときは大学の駐車場や人のいない校舎の裏で練習をした。同好会の練習のある日も僕たちはできるだけ早くに行ってネットを張り、全体練習が始まる前に十分に汗をかいておくのが当たり前になっていた。
練習のある日に早く来るのは僕たちだけではなかった。何人かの熱心な人が同じように早めに来てシャトルを打った。
森理恵もその中の一人だった。
森には決まった練習相手がいなくて、適当にその場にいる誰かを捕まえては打ち合っていた。
たまたま僕と翔平しかいない時に森がやってきて、僕に練習相手になってくれと言った。
僕は翔平を見た。
行け、と翔平は目で合図する。
そして初めて森と打ち合った。
森の打つシャトルは重かった。
シャトルの重量なんてほぼ一緒だから、実際には森のラケットスイングのスピードが速くて、シャトルのスピードも速いからそう感じたのだろう。
森はスマッシュをバシバシ打ってきた。僕は必死になって返した。
彼女は全力を出しているわけじゃない。だけどいつも相手にしている初心者レベルの人たちとは明らかに違う手の抜き方だった。
僕はほとんど野球しかやってこなかったから、女子と一緒にスポーツをする経験はなかった。
くそ! 女に負けてたまるか! そう思って取れそうにないスマッシュにも飛びついて返そうとした。
少しの間打ち合っただけでよろよろ、汗だくになって交代を申し出た。森はたいして疲れていないようだった。
翔平が敵を討ってやるとばかりに意気揚々とコートに入るのを見て、森が最初に僕に声をかけてきた理由に気が付いた。
僕はウォーミングアップ役だった。僕よりうまい翔平が本当の練習相手というわけだ。
僕は壁際に座って二人が打ち合うのを眺めた。
しばらく後に僕と翔平はくたびれ果てて体育館の床に座り、他の人たちがシャトルを打つのを見ていた。わかったのは翔平も単なるウォーミングアップ要員の一人だったということだ。
それから僕たちは全体練習が始まる前に三人でシャトルを打ち合うようになった。僕は自分よりはるかにレベルが高い森と練習することが楽しかったし、勉強にもなった。
森は高校一年の時に県の大会で上位に入り、その後の活躍が期待されたが、二年生の春に元々痛めていた膝を悪化させていた。それでも何とかバドミントンを続けたが、思うような結果が出せず、三年生の春に本格的な競技を続けることを断念した。そのようなことをぽつりぽつりと話してくれた。
森とは練習以外の時や、大学で会ってもほとんど話をすることはなかった。あいさつはきちんとするけれど、もともと口数が少なくて愛想のない人間だったからだ。
だけど何度もシャトルを打ち合っているうちに親しみの感情を抱くようになった。それは男同士の友情みたいな感覚だった。
その頃の僕は翔平と一緒にいることが多かったけれど、大学入学の時に知り合った山口あすかという女性とも二人でいる時間が増えていた。同じ講義の時は並んで座って受講したし、時間が合えば一緒に帰ってアパートまで送っていったりもした。7月のあすかさんの誕生日には初めて二人で夕飯を食べに行った。
翔平はすぐにあすかさんの存在に気が付いた。
「昨日一緒にいた子ってさあ、お前の彼女?」
あすかさんとアパートまで歩いた日の翌日に翔平が尋ねた。
「ん? うーん、たぶん」
「なんだよ、そのあやふやな感じは」
「僕は彼女のことが好きだし、彼女もたぶん僕のことが好きだ。だけど実際に言葉にしたことないし」
「この前、海で好きだーって叫んでた人?」
「やめろよ。確かにそうだけど、二度とそのことは言うな」
「わかったよ。そっか、おまえには彼女がいるのか」
「翔平はどうなんだよ」
「俺? 俺は見ての通り」
「好きなやつはいるのか?」
「好き? どうかな」
「なんだよ、ごまかすな」
「いるよ。片想いだけど」
「さっさと告白しちまえよ」
「ダメだ」
「なんでだよ。おまえらしくない」
「あいつは別のやつを好きなんだ、きっと」
「ああ、そうなの?」
「うん。たぶん彼女はおまえのことが好きだ」
「え? なんだよ、おまえ、あすかさんのことが好きなのか?」
「バカ言え。俺はあすかさんのことなんてよく知らねえし」
「そうだよな。じゃ、誰だ?」
「・・・・森だよ」
「森? 森理恵か。・・・・え? 森は僕のことが好きなの? まさか」
「おまえは森に関心がないから。俺はずっと森を見てきたからわかる。好きなんて大げさなもんじゃないかもしれないけど、森が一番気にかけてる男はおまえだ」
「うーん」
なんだか妙な三角関係になっているようだ。
「じゃ、僕は彼女がいるってことを森にさりげなく伝える。今のうちならそれほど傷つけることはないだろ」
「そうだな。俺はとっくに傷ついてるけど」
彼女は大学のバドミントン同好会の中で特異な存在だった。
上向き加減の鼻。切れ長の大きな目。きゅっと結ばれた口。美人だけど気の強そうな顔で、たぶん、実際の性格もそうなのだろう。
バドミントン初心者の僕でさえ、森のフットワークやラケットの使い方は相当練習を重ねてきた人のものだと分かった。
「なんでああいうやつがこんなところに来るんだよ」
僕を大学のバドミントン同好会に誘った翔平が、シャトルを打ち合う森の姿を目で追いながら言った。
僕はすぐにバドミントンに夢中になった。
最初のうちはうまく打ち返すこともできなかったけれど、だんだん打てるようになってくると楽しくて、翔平といつまでもシャトルを打ち合った。
同好会の練習のない日や休みの日は近くの体育館に行ったし、風がないときは大学の駐車場や人のいない校舎の裏で練習をした。同好会の練習のある日も僕たちはできるだけ早くに行ってネットを張り、全体練習が始まる前に十分に汗をかいておくのが当たり前になっていた。
練習のある日に早く来るのは僕たちだけではなかった。何人かの熱心な人が同じように早めに来てシャトルを打った。
森理恵もその中の一人だった。
森には決まった練習相手がいなくて、適当にその場にいる誰かを捕まえては打ち合っていた。
たまたま僕と翔平しかいない時に森がやってきて、僕に練習相手になってくれと言った。
僕は翔平を見た。
行け、と翔平は目で合図する。
そして初めて森と打ち合った。
森の打つシャトルは重かった。
シャトルの重量なんてほぼ一緒だから、実際には森のラケットスイングのスピードが速くて、シャトルのスピードも速いからそう感じたのだろう。
森はスマッシュをバシバシ打ってきた。僕は必死になって返した。
彼女は全力を出しているわけじゃない。だけどいつも相手にしている初心者レベルの人たちとは明らかに違う手の抜き方だった。
僕はほとんど野球しかやってこなかったから、女子と一緒にスポーツをする経験はなかった。
くそ! 女に負けてたまるか! そう思って取れそうにないスマッシュにも飛びついて返そうとした。
少しの間打ち合っただけでよろよろ、汗だくになって交代を申し出た。森はたいして疲れていないようだった。
翔平が敵を討ってやるとばかりに意気揚々とコートに入るのを見て、森が最初に僕に声をかけてきた理由に気が付いた。
僕はウォーミングアップ役だった。僕よりうまい翔平が本当の練習相手というわけだ。
僕は壁際に座って二人が打ち合うのを眺めた。
しばらく後に僕と翔平はくたびれ果てて体育館の床に座り、他の人たちがシャトルを打つのを見ていた。わかったのは翔平も単なるウォーミングアップ要員の一人だったということだ。
それから僕たちは全体練習が始まる前に三人でシャトルを打ち合うようになった。僕は自分よりはるかにレベルが高い森と練習することが楽しかったし、勉強にもなった。
森は高校一年の時に県の大会で上位に入り、その後の活躍が期待されたが、二年生の春に元々痛めていた膝を悪化させていた。それでも何とかバドミントンを続けたが、思うような結果が出せず、三年生の春に本格的な競技を続けることを断念した。そのようなことをぽつりぽつりと話してくれた。
森とは練習以外の時や、大学で会ってもほとんど話をすることはなかった。あいさつはきちんとするけれど、もともと口数が少なくて愛想のない人間だったからだ。
だけど何度もシャトルを打ち合っているうちに親しみの感情を抱くようになった。それは男同士の友情みたいな感覚だった。
その頃の僕は翔平と一緒にいることが多かったけれど、大学入学の時に知り合った山口あすかという女性とも二人でいる時間が増えていた。同じ講義の時は並んで座って受講したし、時間が合えば一緒に帰ってアパートまで送っていったりもした。7月のあすかさんの誕生日には初めて二人で夕飯を食べに行った。
翔平はすぐにあすかさんの存在に気が付いた。
「昨日一緒にいた子ってさあ、お前の彼女?」
あすかさんとアパートまで歩いた日の翌日に翔平が尋ねた。
「ん? うーん、たぶん」
「なんだよ、そのあやふやな感じは」
「僕は彼女のことが好きだし、彼女もたぶん僕のことが好きだ。だけど実際に言葉にしたことないし」
「この前、海で好きだーって叫んでた人?」
「やめろよ。確かにそうだけど、二度とそのことは言うな」
「わかったよ。そっか、おまえには彼女がいるのか」
「翔平はどうなんだよ」
「俺? 俺は見ての通り」
「好きなやつはいるのか?」
「好き? どうかな」
「なんだよ、ごまかすな」
「いるよ。片想いだけど」
「さっさと告白しちまえよ」
「ダメだ」
「なんでだよ。おまえらしくない」
「あいつは別のやつを好きなんだ、きっと」
「ああ、そうなの?」
「うん。たぶん彼女はおまえのことが好きだ」
「え? なんだよ、おまえ、あすかさんのことが好きなのか?」
「バカ言え。俺はあすかさんのことなんてよく知らねえし」
「そうだよな。じゃ、誰だ?」
「・・・・森だよ」
「森? 森理恵か。・・・・え? 森は僕のことが好きなの? まさか」
「おまえは森に関心がないから。俺はずっと森を見てきたからわかる。好きなんて大げさなもんじゃないかもしれないけど、森が一番気にかけてる男はおまえだ」
「うーん」
なんだか妙な三角関係になっているようだ。
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