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僕とあすかさんの物語
僕とあすかさん ー 桜を見に行きます 2
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秋が過ぎ、冬が過ぎた。
その間に僕は、バドミントンの全体練習の前の三人でいる時にあすかさんのことに触れて、さりげなく彼女がいるということを話した。
その後も森に特別変わった様子は見られなかった。
「やっぱり翔平の思い過ごしだったんじゃね?」
「いや、森は動揺してた」
「そうか?」
「いつも森を見てる俺ならわかる」
そんな会話をした後も、一向に翔平から森に告白したという報告はなかった。
大学の一年生という時が終わろうとしている。
「どうなってるんだよ」
しびれを切らした僕は翔平に尋ねた。
「どうも、その・・・・」
「なんだよ」
三人で練習をしだしてからスマホで連絡を取れるようになっている。想いを伝えようと思えば、直接でも電話でもラインでもできるのに。
「おまえ、元気がいいくせに、そういうところは奥手なんだな」
「しょうがないだろ。そういう性格なんだから」
「それじゃ、いつまでたっても片想いのままじゃんか」
「しょうがないだろ」
最後の言葉は消え入りそうな声だった。
春休みになった。アパートでは部活なんかがある人以外はほとんど地元に帰った。翔平もいない。
僕はあすかさんと約束があったから帰らずにいた。
春一番らしい強い風が吹く日だった。
僕はケーキを買ってあすかさんのアパートへ行った。あすかさんが手料理をご馳走してくれることになっていた。あすかさんの作った料理を食べるのも、あすかさんの部屋に行くのも初めてだった。
しばらくあすかさんの部屋で過ごしたのち、名残惜しい気持ちで帰りの道を歩いた。
その途中で、今日という日があすかさんと出会ってちょうど一年が過ぎた日だと気が付いた。今まで一度もあすかさんに自分の気持ちを伝えたことがない。
翔平に想いを伝えろとさんざん言っておきながら、自分も伝えていなかった。
僕は帰るのをやめて、もう一度あすかさんのアパートに向かった。
再びあすかさんの部屋に戻った僕は素直に自分の思いを告げた。
「あすかさんのことが好きです」
涙もろいあすかさんは横を向いて僕に隠すように涙を拭いた。
「私も好きです」
小さな声であすかさんは言った。
そしてそのまま僕は、朝を迎えるまであすかさんの部屋にいた。
次の日の朝早くに、女の子の部屋から帰るという罪悪感のような照れくさいような複雑な思いであすかさんの部屋を後にした。
明るいけれど、まだ太陽は出ていない。肌寒く透き通るような空気の中を歩いた。
その日のうちに実家に帰る予定だった。
春休みの終わりは早めにこっちに戻ってきて、あすかさんと桜でも見に行こうかな。そう考えているときに閃いた。
そうだ。翔平も呼ぼう。僕とあすかさんと翔平。そでじゃバランスが悪いからもう一人の女子。森だ。
初めのうちは桜を見ながら四人で行動するけれど、折を見て僕とあすかさんは別行動に出る。残された二人がどうなるかはわからない。だけどそれだけのお膳立てをしてやって、まだ想いを告げられないなら諦めた方がいい。
とりあえずあすかさんに連絡するためにスマホを取り出した。
あすかさんのアパートに寄って、二人で待ち合わせの駅まで行った。
森はすでに来ていた。いつになくおしゃれだ。そういえばこんな風にプライベートで会ったことがなかった。
僕はあすかさんと森をお互いに紹介し、二人はちょっぴり照れくさそうにあいさつを交わした。
すぐに翔平もやってきた。
僕たちは電車に乗り、ネットで見た今が最高に見頃だという有名な桜の名所に向かった。
電車の中で翔平と春休みに何をしていたか話した。あすかさんと森も会話が弾んでいるようだった。
二人は高校時代、帰宅部とバリバリの運動部、性格もおしゃべりじゃないという点は似ているかもしれないけれど、それ以外は百八十度違うと思えるのに。ずっと前からの友人のようだった。
桜の名所は人だらけだった。
これじゃ、桜を見に来たのか、人を見に来たのかわからない。
僕たちは人の流れに乗って満開の桜の下を歩いた。
「きれい」
あすかさんと森が桜を見上げながら口々に言う。
しばらく歩いてから僕は一つの提案をした。
「あすかさんと写真を撮りたいから、翔平、頼む」
僕は翔平に言った。もちろんその後は交代して翔平と森のツーショットを撮ってやるつもりだった。
「四人で撮ろ」
僕の計画を打ち壊したのはあすかさんだった。
結局近くを通りかかった人のようさそうな人に声をかけて、桜をバックに四人で並んだ写真を撮ってもらった。その他大勢の通行人も背景に入ってしまったけれど、仕方がない。
それからまたしばらく歩いた。
「あすかさんと二人きりで桜を見たいから別行動をとろう」
ほかに良い理由も思い浮かばずに、無理矢理二人と別れることにした。
「翔平、じゃ、また明日な。森さんも、今日は付き合ってくれてありがとう」
そう言ってあすかさんの腕を取る。
「え。それじゃ」
あすかさんは戸惑ったように翔平と森に挨拶をした。
「おい」
翔平も困ったように僕を見る。森だけはいつもと変わらない表情だ。
僕はあすかさんの手を引いて、人々の進む方向に逆らうように反対側へと歩く。
翔平は諦めたように人の流れに沿って歩き出した。森も少し遅れて後ろを歩いていく。
その様子を見送ってからあすかさんを見た。
「きれい」
あすかさんはうっとりしたように咲き誇る桜を見上げている。
あすかさんも綺麗だよ。
その横顔を見ながら僕は思った。
もう一度遠くを歩く翔平を見ると、ちょうど足を止めたところだった。後ろから来た森に何か話しかける。
そして二人は並んで歩き始めた。
そんな様子を確認してからまたあすかさんを見た。
来年も二人で桜を見に来ることができるだろうか。
もしかしたらお互いに別の人と、別の場所で桜を見ているかもしれない。
だけど、来年も、再来年も、5年後も、10年後も、その先もずっとあすかさんと桜を眺めていたい。
そう思いながら僕も桜を見上げた。
終わり
その間に僕は、バドミントンの全体練習の前の三人でいる時にあすかさんのことに触れて、さりげなく彼女がいるということを話した。
その後も森に特別変わった様子は見られなかった。
「やっぱり翔平の思い過ごしだったんじゃね?」
「いや、森は動揺してた」
「そうか?」
「いつも森を見てる俺ならわかる」
そんな会話をした後も、一向に翔平から森に告白したという報告はなかった。
大学の一年生という時が終わろうとしている。
「どうなってるんだよ」
しびれを切らした僕は翔平に尋ねた。
「どうも、その・・・・」
「なんだよ」
三人で練習をしだしてからスマホで連絡を取れるようになっている。想いを伝えようと思えば、直接でも電話でもラインでもできるのに。
「おまえ、元気がいいくせに、そういうところは奥手なんだな」
「しょうがないだろ。そういう性格なんだから」
「それじゃ、いつまでたっても片想いのままじゃんか」
「しょうがないだろ」
最後の言葉は消え入りそうな声だった。
春休みになった。アパートでは部活なんかがある人以外はほとんど地元に帰った。翔平もいない。
僕はあすかさんと約束があったから帰らずにいた。
春一番らしい強い風が吹く日だった。
僕はケーキを買ってあすかさんのアパートへ行った。あすかさんが手料理をご馳走してくれることになっていた。あすかさんの作った料理を食べるのも、あすかさんの部屋に行くのも初めてだった。
しばらくあすかさんの部屋で過ごしたのち、名残惜しい気持ちで帰りの道を歩いた。
その途中で、今日という日があすかさんと出会ってちょうど一年が過ぎた日だと気が付いた。今まで一度もあすかさんに自分の気持ちを伝えたことがない。
翔平に想いを伝えろとさんざん言っておきながら、自分も伝えていなかった。
僕は帰るのをやめて、もう一度あすかさんのアパートに向かった。
再びあすかさんの部屋に戻った僕は素直に自分の思いを告げた。
「あすかさんのことが好きです」
涙もろいあすかさんは横を向いて僕に隠すように涙を拭いた。
「私も好きです」
小さな声であすかさんは言った。
そしてそのまま僕は、朝を迎えるまであすかさんの部屋にいた。
次の日の朝早くに、女の子の部屋から帰るという罪悪感のような照れくさいような複雑な思いであすかさんの部屋を後にした。
明るいけれど、まだ太陽は出ていない。肌寒く透き通るような空気の中を歩いた。
その日のうちに実家に帰る予定だった。
春休みの終わりは早めにこっちに戻ってきて、あすかさんと桜でも見に行こうかな。そう考えているときに閃いた。
そうだ。翔平も呼ぼう。僕とあすかさんと翔平。そでじゃバランスが悪いからもう一人の女子。森だ。
初めのうちは桜を見ながら四人で行動するけれど、折を見て僕とあすかさんは別行動に出る。残された二人がどうなるかはわからない。だけどそれだけのお膳立てをしてやって、まだ想いを告げられないなら諦めた方がいい。
とりあえずあすかさんに連絡するためにスマホを取り出した。
あすかさんのアパートに寄って、二人で待ち合わせの駅まで行った。
森はすでに来ていた。いつになくおしゃれだ。そういえばこんな風にプライベートで会ったことがなかった。
僕はあすかさんと森をお互いに紹介し、二人はちょっぴり照れくさそうにあいさつを交わした。
すぐに翔平もやってきた。
僕たちは電車に乗り、ネットで見た今が最高に見頃だという有名な桜の名所に向かった。
電車の中で翔平と春休みに何をしていたか話した。あすかさんと森も会話が弾んでいるようだった。
二人は高校時代、帰宅部とバリバリの運動部、性格もおしゃべりじゃないという点は似ているかもしれないけれど、それ以外は百八十度違うと思えるのに。ずっと前からの友人のようだった。
桜の名所は人だらけだった。
これじゃ、桜を見に来たのか、人を見に来たのかわからない。
僕たちは人の流れに乗って満開の桜の下を歩いた。
「きれい」
あすかさんと森が桜を見上げながら口々に言う。
しばらく歩いてから僕は一つの提案をした。
「あすかさんと写真を撮りたいから、翔平、頼む」
僕は翔平に言った。もちろんその後は交代して翔平と森のツーショットを撮ってやるつもりだった。
「四人で撮ろ」
僕の計画を打ち壊したのはあすかさんだった。
結局近くを通りかかった人のようさそうな人に声をかけて、桜をバックに四人で並んだ写真を撮ってもらった。その他大勢の通行人も背景に入ってしまったけれど、仕方がない。
それからまたしばらく歩いた。
「あすかさんと二人きりで桜を見たいから別行動をとろう」
ほかに良い理由も思い浮かばずに、無理矢理二人と別れることにした。
「翔平、じゃ、また明日な。森さんも、今日は付き合ってくれてありがとう」
そう言ってあすかさんの腕を取る。
「え。それじゃ」
あすかさんは戸惑ったように翔平と森に挨拶をした。
「おい」
翔平も困ったように僕を見る。森だけはいつもと変わらない表情だ。
僕はあすかさんの手を引いて、人々の進む方向に逆らうように反対側へと歩く。
翔平は諦めたように人の流れに沿って歩き出した。森も少し遅れて後ろを歩いていく。
その様子を見送ってからあすかさんを見た。
「きれい」
あすかさんはうっとりしたように咲き誇る桜を見上げている。
あすかさんも綺麗だよ。
その横顔を見ながら僕は思った。
もう一度遠くを歩く翔平を見ると、ちょうど足を止めたところだった。後ろから来た森に何か話しかける。
そして二人は並んで歩き始めた。
そんな様子を確認してからまたあすかさんを見た。
来年も二人で桜を見に来ることができるだろうか。
もしかしたらお互いに別の人と、別の場所で桜を見ているかもしれない。
だけど、来年も、再来年も、5年後も、10年後も、その先もずっとあすかさんと桜を眺めていたい。
そう思いながら僕も桜を見上げた。
終わり
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みんなの感想(1件)
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