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「生中」
「はいよ、生の中一丁!」
「所は?」
「日本酒のぬる燗」
「日本酒のぬる目に燗つけたものを二本」
所がぼそぼそと言うので、僕が通訳してやる。
「はいよ」
カウンターの中で親父が小気味よく返事をする。
「何食べる? 取りあえず刺身?」
隣に座る所に尋ねる。こっちが訊いてやらないと所はちっとも頼もうとしない。
「刺身適当に盛り合わせで。あと山掛けと冷奴一つずつ」
「はいよ」
「僕は枝豆と焼き鳥」
「枝豆と焼き鳥」
「焼き鳥は何にいたしましょう」
「普通のの塩とタレ。それにねぎま、砂肝」
所がぼそぼそと言う。
「じゃ、それを二本ずつ」
僕が付け加えた。
「はいよ」
コの字型に造られたカウンターの中で数人が包丁を振い、串を焼いている。ほとんどの席に客が座り、カウンターの上にはたくさんの器や皿、コップが所狭しと並んでいる。
待つほどもなくビールと酒が運ばれてきたので、僕と所は形ばかりの乾杯をした。
僕たちは月に一度くらいの割合で飲みに来る。僕にとって数少ない友人の一人だし、所にとっては多分唯一の友人である僕と会う機会だから、お互いにこの時をとても楽しみにしている。と言っても所は自分のことをなかなか話さないから、楽しみにしているのだろうと僕が勝手に決めつけているだけだ。
僕はとある小さな探偵社に勤めている。そんな仕事が好きだったからじゃなく、ただ何となく入社して、何となく働いている。
所とは高校生の時からの付き合いだけど、今どんな仕事をしているのか知らない。贅沢な暮らしをしているのに、働いているという話しを聞いたことがない。普段は声を出せないかと思うほど無口なくせに、酔うとぺらぺらと喋りまくる変な男だ。酔っ払えば誰だって陽気になって口数も多くなるだろう。だけど所は酔えば酔うほど冷静になって頭の回転が速くなり、理路整然としたことを延々と話しだす。酔っている時の方がよっぽどまともに見える。
「先輩から面白い話を聞いたんだ。実際にあったことだって言うんだけど、推理小説みたいに不思議で奇妙な事件なんだ」
所はつまらなそうに聞いている。僕の言っている事より、今来た刺身に興味があるようだ。
僕は所に酒を注いでやり、ビールをごくごくと飲んで話を続ける。
「僕にはどうしても事件の真相がわからないんだけど、所ならわかるだろうと思って。ここにいる間に事件の真相がわかったら、飲み代を僕が出すってのはどう? 逆にわからなかったら所が出す」
「別に安月給の男におごってもらおうなんて思わないよ」
所がぼそっと言った。そういう口の利き方だから友達がいないんだ。
それはさておき。
僕は盛り合わせの皿からマグロを取り、少しのワサビを乗せて醤油にチョンと付けて口に入れた。
「実際にあったことだって言うんだけど、多少は脚色されているかもしれない」
僕はジョッキのビールをぐいと飲んだ。所にも酒を注いでやる。
「とある別荘で殺人事件が起きた。洋風のでかくて古い別荘だ。登場人物は七人。殺されたのが金貸しをしている風上。別荘の持ち主でもある。飯山は別荘の管理を任されている七十近いおじいさん。あとは風上と一緒に別荘に泊まりに来た下川、野沢、山内、森、下條の五人」
「そんなに覚えられないな」
ぼそっと言って所は手酌で酒を注いで飲む。
「別に覚えなくてもいいよ。それぞれの特徴だけ頭に入れておいて。下川は風上が経営している会社の社員。野沢も同じ会社の社員。唯一の女子社員で事務をしている。山内は風上と同じような小さな会社を経営している社長さん。森は風上の妹の息子。だから森からすると風上はおじさんになる。下條は風上の友人。幼馴染らしい。大体わかった?」
「うーん」
納得いかないような返事だ。
「わからない?」
「酒なくなった」
「何だ。何か食べる?」
「取りあえず酒」
「はいよ、生の中一丁!」
「所は?」
「日本酒のぬる燗」
「日本酒のぬる目に燗つけたものを二本」
所がぼそぼそと言うので、僕が通訳してやる。
「はいよ」
カウンターの中で親父が小気味よく返事をする。
「何食べる? 取りあえず刺身?」
隣に座る所に尋ねる。こっちが訊いてやらないと所はちっとも頼もうとしない。
「刺身適当に盛り合わせで。あと山掛けと冷奴一つずつ」
「はいよ」
「僕は枝豆と焼き鳥」
「枝豆と焼き鳥」
「焼き鳥は何にいたしましょう」
「普通のの塩とタレ。それにねぎま、砂肝」
所がぼそぼそと言う。
「じゃ、それを二本ずつ」
僕が付け加えた。
「はいよ」
コの字型に造られたカウンターの中で数人が包丁を振い、串を焼いている。ほとんどの席に客が座り、カウンターの上にはたくさんの器や皿、コップが所狭しと並んでいる。
待つほどもなくビールと酒が運ばれてきたので、僕と所は形ばかりの乾杯をした。
僕たちは月に一度くらいの割合で飲みに来る。僕にとって数少ない友人の一人だし、所にとっては多分唯一の友人である僕と会う機会だから、お互いにこの時をとても楽しみにしている。と言っても所は自分のことをなかなか話さないから、楽しみにしているのだろうと僕が勝手に決めつけているだけだ。
僕はとある小さな探偵社に勤めている。そんな仕事が好きだったからじゃなく、ただ何となく入社して、何となく働いている。
所とは高校生の時からの付き合いだけど、今どんな仕事をしているのか知らない。贅沢な暮らしをしているのに、働いているという話しを聞いたことがない。普段は声を出せないかと思うほど無口なくせに、酔うとぺらぺらと喋りまくる変な男だ。酔っ払えば誰だって陽気になって口数も多くなるだろう。だけど所は酔えば酔うほど冷静になって頭の回転が速くなり、理路整然としたことを延々と話しだす。酔っている時の方がよっぽどまともに見える。
「先輩から面白い話を聞いたんだ。実際にあったことだって言うんだけど、推理小説みたいに不思議で奇妙な事件なんだ」
所はつまらなそうに聞いている。僕の言っている事より、今来た刺身に興味があるようだ。
僕は所に酒を注いでやり、ビールをごくごくと飲んで話を続ける。
「僕にはどうしても事件の真相がわからないんだけど、所ならわかるだろうと思って。ここにいる間に事件の真相がわかったら、飲み代を僕が出すってのはどう? 逆にわからなかったら所が出す」
「別に安月給の男におごってもらおうなんて思わないよ」
所がぼそっと言った。そういう口の利き方だから友達がいないんだ。
それはさておき。
僕は盛り合わせの皿からマグロを取り、少しのワサビを乗せて醤油にチョンと付けて口に入れた。
「実際にあったことだって言うんだけど、多少は脚色されているかもしれない」
僕はジョッキのビールをぐいと飲んだ。所にも酒を注いでやる。
「とある別荘で殺人事件が起きた。洋風のでかくて古い別荘だ。登場人物は七人。殺されたのが金貸しをしている風上。別荘の持ち主でもある。飯山は別荘の管理を任されている七十近いおじいさん。あとは風上と一緒に別荘に泊まりに来た下川、野沢、山内、森、下條の五人」
「そんなに覚えられないな」
ぼそっと言って所は手酌で酒を注いで飲む。
「別に覚えなくてもいいよ。それぞれの特徴だけ頭に入れておいて。下川は風上が経営している会社の社員。野沢も同じ会社の社員。唯一の女子社員で事務をしている。山内は風上と同じような小さな会社を経営している社長さん。森は風上の妹の息子。だから森からすると風上はおじさんになる。下條は風上の友人。幼馴染らしい。大体わかった?」
「うーん」
納得いかないような返事だ。
「わからない?」
「酒なくなった」
「何だ。何か食べる?」
「取りあえず酒」
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