おとどけもの

原口源太郎

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「はあ」
 僕は男から目を逸らし、あやふやに返事をした。その後すぐに目の前にいる男が音楽に何か関係のある人かもしれないと思い当たり、慌てて背筋をしゃんと伸ばした。
「私はあなたのことを色々と知っています。失礼ながら調べさせてもらいました」
「は?」
 僕は何か調べられるような事をしたのだろうか?
「あなたが近代的な楽曲を作っていることは知っています。そのためにとても多くの時間を必要としていることも。残念なことですが、私はあなたの楽曲には全く興味がありません」
 僕は男の言葉を聞いて、とてもがっかりした。こんな所までついてこなければよかったと後悔した。
「ですが」
 男は僕の様子をひとしきり観察した後で続ける。
「あなたが楽曲を作るための十分な時間を提供してやることはできます」
「どういうことですか」
 僕は男が何を言いたいのかよくわからなかった。
「あなたにアルバイトをお願いしたい。月に二、三日働いてもらうだけで、大卒サラリーマンの初任給の数倍の収入を得ることができます。時間もお金も、労せずに手に入れることができるのです」
 僕は何か変な事の勧誘をされているのかと不安になってきた。
「それって、何か怪しい仕事ですか?」
「いえいえ、とんでもない。犯罪に関わるとか、身の危険にさらされるとか、そんなことは一切ありませんから心配いりません。ただ、この仕事は人を選びます。それで私はあなたのことを調べさせてもらったのです」
「どんな仕事なのですか?」
「簡単な仕事です。あなたの元に届けられた品物を、指定された日時に指定された人物のところに配達するだけの仕事です」
「何を運ぶのですか?」
 僕はまだ男のことを信じる気にはなれなかった。
「この仕事をお願いするに当たって、条件があります。何も詮索しないこと。運ぶ品物が何か、どこから運ばれてくるのか。配達先はどのようなところか。その詮索を始めた時に、あなたはその仕事を失います。さっきも言ったように決して危険な仕事ではありませんし、犯罪に関わるような事でもないのです。ただ、仕事に対して興味を持つことは許されません。仕事のことを他人に話してもいけません」
 男はそこで言葉を切り、運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜた。
「条件がもうひとつあります。品物は必ず指定された日時に届けられなければなりません。これは天候や交通状況、親や兄弟の死などがあっても関係ありません。病気になったり怪我をしてもです。どのような理由があろうとも品物は必ず指定された日に届けること。そのふたつがこの素晴らしい仕事を行うにあたっての条件になります。品物は片手でも持てるくらいの大きさで、重さもそれほど重くはないと思います」
「アルバイト代は幾らくらい?」
 僕は小声で尋ねた。
「百万円です」
 男は素っ気無く言った。
「ひと月で? 月に二、三日仕事をするだけで?」
「はい。私たちはこの仕事のことが一般に知られることを良しとしません。あなたなら大丈夫だと見込んでこの仕事をお願いするのです。やっていただけますか?」
 僕は考えた。この世の中にそんな美味い話があるのだろうか。
「今、決めていただけるとありがたいのですが。嫌なら無理にはお願いしません」
 選択肢はほとんどなかった。
「わかりました。やります」
「そうですか。助かります」
 男はカバンから厚みのある封筒を取り出した。
「これは仕事とは関係なく、私から個人的に。仕事を受けていただいたお礼です」
 僕は男が差し出した封筒を受け取った。ずしりとした重量感がある。
「品物はある人物があなたのところに届けます。その時に配達先の住所や受け渡しの方法などの資料も一緒に届けます。今のアルバイトはすぐにでも辞表を出していただいて結構です」
 男はコーヒーを飲み干すと席を立った。
「では。もう二度と会うことはないでしょう。体に気を付けて頑張ってください。あなたの夢がかなうことを私も祈っています」
 そう言って男はにやりと笑った。この男には不釣り合いな綺麗に並んだ白い歯が見えた。
 男は立ったままタクシー代だと言って数枚の千円札をテーブルの上に置き、伝票を取り上げてレジへと歩いていった。
 男が店を出ていくのを見送ったあと、僕は封筒の中を覗いた。一万円札の束が入っていた。
 僕は慌てて封筒をポケットに押し込んで立ち上がった。
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