6 / 27
5
しおりを挟む
「はあ」
僕は男から目を逸らし、あやふやに返事をした。その後すぐに目の前にいる男が音楽に何か関係のある人かもしれないと思い当たり、慌てて背筋をしゃんと伸ばした。
「私はあなたのことを色々と知っています。失礼ながら調べさせてもらいました」
「は?」
僕は何か調べられるような事をしたのだろうか?
「あなたが近代的な楽曲を作っていることは知っています。そのためにとても多くの時間を必要としていることも。残念なことですが、私はあなたの楽曲には全く興味がありません」
僕は男の言葉を聞いて、とてもがっかりした。こんな所までついてこなければよかったと後悔した。
「ですが」
男は僕の様子をひとしきり観察した後で続ける。
「あなたが楽曲を作るための十分な時間を提供してやることはできます」
「どういうことですか」
僕は男が何を言いたいのかよくわからなかった。
「あなたにアルバイトをお願いしたい。月に二、三日働いてもらうだけで、大卒サラリーマンの初任給の数倍の収入を得ることができます。時間もお金も、労せずに手に入れることができるのです」
僕は何か変な事の勧誘をされているのかと不安になってきた。
「それって、何か怪しい仕事ですか?」
「いえいえ、とんでもない。犯罪に関わるとか、身の危険にさらされるとか、そんなことは一切ありませんから心配いりません。ただ、この仕事は人を選びます。それで私はあなたのことを調べさせてもらったのです」
「どんな仕事なのですか?」
「簡単な仕事です。あなたの元に届けられた品物を、指定された日時に指定された人物のところに配達するだけの仕事です」
「何を運ぶのですか?」
僕はまだ男のことを信じる気にはなれなかった。
「この仕事をお願いするに当たって、条件があります。何も詮索しないこと。運ぶ品物が何か、どこから運ばれてくるのか。配達先はどのようなところか。その詮索を始めた時に、あなたはその仕事を失います。さっきも言ったように決して危険な仕事ではありませんし、犯罪に関わるような事でもないのです。ただ、仕事に対して興味を持つことは許されません。仕事のことを他人に話してもいけません」
男はそこで言葉を切り、運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜた。
「条件がもうひとつあります。品物は必ず指定された日時に届けられなければなりません。これは天候や交通状況、親や兄弟の死などがあっても関係ありません。病気になったり怪我をしてもです。どのような理由があろうとも品物は必ず指定された日に届けること。そのふたつがこの素晴らしい仕事を行うにあたっての条件になります。品物は片手でも持てるくらいの大きさで、重さもそれほど重くはないと思います」
「アルバイト代は幾らくらい?」
僕は小声で尋ねた。
「百万円です」
男は素っ気無く言った。
「ひと月で? 月に二、三日仕事をするだけで?」
「はい。私たちはこの仕事のことが一般に知られることを良しとしません。あなたなら大丈夫だと見込んでこの仕事をお願いするのです。やっていただけますか?」
僕は考えた。この世の中にそんな美味い話があるのだろうか。
「今、決めていただけるとありがたいのですが。嫌なら無理にはお願いしません」
選択肢はほとんどなかった。
「わかりました。やります」
「そうですか。助かります」
男はカバンから厚みのある封筒を取り出した。
「これは仕事とは関係なく、私から個人的に。仕事を受けていただいたお礼です」
僕は男が差し出した封筒を受け取った。ずしりとした重量感がある。
「品物はある人物があなたのところに届けます。その時に配達先の住所や受け渡しの方法などの資料も一緒に届けます。今のアルバイトはすぐにでも辞表を出していただいて結構です」
男はコーヒーを飲み干すと席を立った。
「では。もう二度と会うことはないでしょう。体に気を付けて頑張ってください。あなたの夢がかなうことを私も祈っています」
そう言って男はにやりと笑った。この男には不釣り合いな綺麗に並んだ白い歯が見えた。
男は立ったままタクシー代だと言って数枚の千円札をテーブルの上に置き、伝票を取り上げてレジへと歩いていった。
男が店を出ていくのを見送ったあと、僕は封筒の中を覗いた。一万円札の束が入っていた。
僕は慌てて封筒をポケットに押し込んで立ち上がった。
僕は男から目を逸らし、あやふやに返事をした。その後すぐに目の前にいる男が音楽に何か関係のある人かもしれないと思い当たり、慌てて背筋をしゃんと伸ばした。
「私はあなたのことを色々と知っています。失礼ながら調べさせてもらいました」
「は?」
僕は何か調べられるような事をしたのだろうか?
「あなたが近代的な楽曲を作っていることは知っています。そのためにとても多くの時間を必要としていることも。残念なことですが、私はあなたの楽曲には全く興味がありません」
僕は男の言葉を聞いて、とてもがっかりした。こんな所までついてこなければよかったと後悔した。
「ですが」
男は僕の様子をひとしきり観察した後で続ける。
「あなたが楽曲を作るための十分な時間を提供してやることはできます」
「どういうことですか」
僕は男が何を言いたいのかよくわからなかった。
「あなたにアルバイトをお願いしたい。月に二、三日働いてもらうだけで、大卒サラリーマンの初任給の数倍の収入を得ることができます。時間もお金も、労せずに手に入れることができるのです」
僕は何か変な事の勧誘をされているのかと不安になってきた。
「それって、何か怪しい仕事ですか?」
「いえいえ、とんでもない。犯罪に関わるとか、身の危険にさらされるとか、そんなことは一切ありませんから心配いりません。ただ、この仕事は人を選びます。それで私はあなたのことを調べさせてもらったのです」
「どんな仕事なのですか?」
「簡単な仕事です。あなたの元に届けられた品物を、指定された日時に指定された人物のところに配達するだけの仕事です」
「何を運ぶのですか?」
僕はまだ男のことを信じる気にはなれなかった。
「この仕事をお願いするに当たって、条件があります。何も詮索しないこと。運ぶ品物が何か、どこから運ばれてくるのか。配達先はどのようなところか。その詮索を始めた時に、あなたはその仕事を失います。さっきも言ったように決して危険な仕事ではありませんし、犯罪に関わるような事でもないのです。ただ、仕事に対して興味を持つことは許されません。仕事のことを他人に話してもいけません」
男はそこで言葉を切り、運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜた。
「条件がもうひとつあります。品物は必ず指定された日時に届けられなければなりません。これは天候や交通状況、親や兄弟の死などがあっても関係ありません。病気になったり怪我をしてもです。どのような理由があろうとも品物は必ず指定された日に届けること。そのふたつがこの素晴らしい仕事を行うにあたっての条件になります。品物は片手でも持てるくらいの大きさで、重さもそれほど重くはないと思います」
「アルバイト代は幾らくらい?」
僕は小声で尋ねた。
「百万円です」
男は素っ気無く言った。
「ひと月で? 月に二、三日仕事をするだけで?」
「はい。私たちはこの仕事のことが一般に知られることを良しとしません。あなたなら大丈夫だと見込んでこの仕事をお願いするのです。やっていただけますか?」
僕は考えた。この世の中にそんな美味い話があるのだろうか。
「今、決めていただけるとありがたいのですが。嫌なら無理にはお願いしません」
選択肢はほとんどなかった。
「わかりました。やります」
「そうですか。助かります」
男はカバンから厚みのある封筒を取り出した。
「これは仕事とは関係なく、私から個人的に。仕事を受けていただいたお礼です」
僕は男が差し出した封筒を受け取った。ずしりとした重量感がある。
「品物はある人物があなたのところに届けます。その時に配達先の住所や受け渡しの方法などの資料も一緒に届けます。今のアルバイトはすぐにでも辞表を出していただいて結構です」
男はコーヒーを飲み干すと席を立った。
「では。もう二度と会うことはないでしょう。体に気を付けて頑張ってください。あなたの夢がかなうことを私も祈っています」
そう言って男はにやりと笑った。この男には不釣り合いな綺麗に並んだ白い歯が見えた。
男は立ったままタクシー代だと言って数枚の千円札をテーブルの上に置き、伝票を取り上げてレジへと歩いていった。
男が店を出ていくのを見送ったあと、僕は封筒の中を覗いた。一万円札の束が入っていた。
僕は慌てて封筒をポケットに押し込んで立ち上がった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる