おとどけもの

原口源太郎

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 海沿いの道を大型トレーラーが行きかっている。
 松田はマンションの見える、先が行き止まりになって車のほとんど通らない道の端に車を停めた。僕に双眼鏡を渡すと、シートを倒し、寝る準備を始める。
「怪しい動きがあったら知らせてくれ。部屋はわかるな?」
「はい」
 僕は双眼鏡で部屋を見た。
「ベランダの下側しか見えません」
「窓が見えるだろ」
「少し」
「部屋の明かりをチェックする。点いたか消えたか。あとはマンションの出入り口。女が出てきたら絶対に見逃すな」
「はい」
「俺は寝る。眠くなったら起こしてくれ。交代するから」
 松田は横になって目を閉じた。

 僕が双眼鏡でマンションの入り口を見ている時、後ろで何か物音がした。
 辺りはすでに暗くなっている。
 僕が振り向いた時、何かがサッと動くのが見えた。暗くて何かよくわからない。
 僕は身を固くして他に何か物音が聞こえないか耳を澄ませた。武器になりそうな物は何かないだろうか。車の中を慌てて見まわしたけれど、何もなかった。
 しばらく息をひそめて辺りの様子を窺っていたけれど、何も起こらなかった。怪しい気配も物音もなくなっていた。遠くから車の走る音が聞こえてくるばかりだった。
 僕は車のドアをロックしてから、双眼鏡でマンションを観察する仕事に戻った。

 女の部屋の明かりが消えた。
「松田さん、松田さん」
 僕は双眼鏡でマンション入り口を見たまま、松田に呼びかけた。
「ぐーぐ―」
 僕は松田の腕に手をかけ、揺り動かす。
「松田さん、起きて下さい。部屋の明かりが消えました」
「ん? 今何時だ?」
「八時ちょっと前」
「まだおねんねには早い時間だな」
 松田は車のシートを起こし、車のエンジンをかけた。
「歩いてどこかに行くようなら清原君が尾行するんだ」
「はい」
 尾行なんてしたことがないから、うまくやれるかわからない。
 僕は注意してマンションの出入り口を見ていたけれど、女は姿を見せなかった。部屋の明かりは消えたままだ。
「おい、あれじゃないか?」
 松田がマンションの地下駐車場から出てきた車を指差した。
 背の低い車が地を這うように、ゆっくりと通りの明かりの下に現れた。乗っているのは二人のようだ。双眼鏡で見ても、暗くてはっきりした容姿まではわからない。
「二人乗っています。例の女かどうかはわかりません」
「つけるぞ」
 松田は車を発進させた。

 信号待ちで並ぶ二台の車を挟んだ先に、マンションから出てきた車がある。ドロドロと低く唸るような排気音が僕たちのところにまで響いてくる。
「ランボルギーニだな。アヴェンタドールかな?」
 松田が頭を車内の端一杯に寄せて、前の前の前の車を観察して言う。多分車の名前を言っているんだろうけれど、僕にはさっぱりわからなかった。ただ、すごく高価な車だろうということは予想が付いた。
 信号で停まっていた車が動き出した。黒いスーパーカーは二車線の道を縫うようにして進み、あっという間に見えなくなった。
「うわ、速い」
 松田も慌てて車を加速させて後を追おうとするが、他の車に邪魔されて進めない。
「見失ったか」
 ハンドルをギュッと握りしめて松田が言う。
 しかし、次の信号で黒いランボルギーニが停まっていた。
「サーキットじゃなくてよかったよ」
 それからは車が混み合ってきて、ランボルギーニの運転も大人しくなった。
「いつもこんなことやっているんですか?」
 僕は松田に尋ねた。
「まさか。やってないよ。いつもこんなことしているんなら、もっと性能のいい車を買っているよ」
 ランボルギーニは大通りから脇道に入った。
 僕たちも続く。
「こういう狭い道が厄介なんだ。尾行がばれやすい」
 前を行く車がさらに狭い路地へと曲がる。
「いったいどこに行くんだろう?」
 そう言いながら松田もハンドルを切る。
「おっ」
 松田が慌ててブレーキを踏んだ。
 曲がったすぐのところに、前を走っていたランボルギーニが停まっている。
 車のドアが開き、男が降りてきた。
「どうします?」
 僕は不安になって尋ねた。
「しゃあない、行くか」
 そう言って松田はドアを開けた。
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