私はあなたに恋をしたの?

原口源太郎

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「できたよー」
 台所で雪美が叫んだ。
「おいおい、あんまり大きな声を出すなよ」
 クロが台所に入ってくるなり言った。
「どうかな。うん、まずまずか。麺をちょっと茹で過ぎか?」
 クロが食べながら感想を口にする。
「おいしいよ。でもミートソースはレトルトだろ」
 クラも感想を言う。褒めてくれたのかけなしているのかよくわからない。
 雪美は割りばしにくるくるとパスタを巻きつけながら口を尖らせた。
「すぐ怒る。それじゃいい大人になれんぞ」
 クロが言った。
「いいもん」
「そうだ、今晩、俺出かけるから。二人で仲良く寝てね」
 雪美は怯えた目になってクロを見た。
「冗談だよ。出かけるのは本当だけど。こいつなら大丈夫だ。変な事はしねえよ」
 雪美はクラを見た。不愛想なその男は話を聞いていないかのようにパスタを口に運んでいる。
 やがて食事を終えるとクロは家を出ていった。
 食事の片づけを終えたあと、雪美はいつもの部屋のいつもの場所に陣取って雑誌を広げた。テレビはニュースで雪美のことを取り上げようとするのを見たクラが慌てて撤去してしまった。
 ページをめくっているとクラがやってきて同じようにいつもの場所で雑誌を開いた。
 雪美はクラと入れ違うようにシャワーを浴びるために部屋を出た。
 シャワーから戻ってきた時もクラは同じ姿勢で雑誌を読んでいた。
 雪美もまた雑誌を手にする。
 今までと同じように静かな部屋の中で、ページをめくる音が響くように聞こえる。だけど今までと何かが違う。
 きっとクロが出かける前に変な事を言ったからだ。今晩クロはこの家に帰ってこない。
 雪美はちらりとクラを見た。
 いつもと変わった様子はない。変に意識しているのは私だけか?
 私が眠るときはいつも、クラたちはこの部屋を出ていく。そうしたら外から入られないようにできる棒か何かないだろうか。
 雪美は部屋の中を見まわした。
 そんな事をする必要ないか。そんな人じゃないだろうし。でもこの緊張したような静けさを何とかしたい。
「あの」
 雪美の声にクラが顔を上げる。
「あなたはなぜこんなことをしたんですか?」
 共通の話題なんてないから、取りあえず思い付いたことを口にする。
「こんなこと?」
「私を誘拐したことです」
 その言葉を聞いて、クラはまた手にした雑誌に目を落とした。答えるつもりはないらしい。
「ねえ」
 雪美は答えを催促する。
 男は動かない。
 少しムカついた。何か話しをしてこの嫌な雰囲気を何とかしたいと努力しているのに。
「ねえ、ねえ」
 大きな声でさらに催促する。
「^^^^^」
 クラが小声でごょにょごにょ言った。
「何? 聞こえないよ」
「うるさい!」
 突然クラが大きな声を出した。
「お前にそんなことを話す必要ない!」
 ふたたびクラが大きな声で言った。
 雪美はその声に驚いて固まった。そして逃げるように布団の上に畳まれた毛布の下に潜り込んだ。
 なぜ私が怒鳴られなければならないのだろう。私は何かひどいことを言った?
 訳がわからない。だけど男を怒らせてしまったのは事実だ。クラとは少し打ち解けてきたような気がしていたけれど、そう思っていたのは私だけだったんだ。
 すごく悲しくなってきた。
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