23 / 24
23
しおりを挟む
「ただいま」
いつもと同じように、学校から帰ってきたときのように雪美は家のドアを開けた。
そして驚いた。
自分の記憶にある限り父に抱きしめられたことなどなかったし、母が涙を見せたこともなかった。
両親は今までの雪美が過ごした一週間を聞き出そうとはしなかったが、刑事たちはそういうわけにはいかないようだった。
雪美は他の場所にいた時の事を何も話そうとはせず、刑事たちも無理を通そうとはしなかった。
その夜、雪美は久しぶりの自分のベッドの上で泣いた。
翌日も雪美は沈黙を守った。誘拐のことを話さない以外はいつも通りだった。
それからの一週間はばたばたと慌ただしく過ぎた。
月曜日の夏香や優樹菜をはじめとするクラスメイトの今にも泣き出しそうな出迎え。その日の帰り道で俊輔に呼び止められて聞いた、照れながらの「お前の顔が見れて嬉しい」という短い言葉。
その時になってみんながどれほど心配してくれていたか、どれほど自分のことを想っていてくれたかを知り、雪美はまた泣いた。
そんな雪美も金曜日になる頃には今までと変わらない雪美に戻っていた。友達や周りのクラスメイトもそうだった。いつもの生活に戻って足立や大石のことを忘れた。
刑事たちのしつこい質問には、ひと言も話そうとはしなかった。
「ねえねえ、気が付いてる?」
校門を出るとすぐに夏香が雪美に話しかけた。
その日も一週間前と同じようにからりと晴れた金曜日だった。真夏の日差しが学生たちに降り注いでいる。
「何を?」
「俊輔君の視線」
「視線?」
「雪美は鈍感だからな」
優樹菜も会話に加わる。
「俊輔君がどうかしたの?」
「雪美のことをよく見てる。今までは無視してるって感じだったじゃない」
「そうかな」
「駄目だこりゃ」
優樹菜がおどけていった。
「俊輔君、雪美のいない間、凄く心配してたよ」
夏香は真顔になって言う。
「それは何度も聞いたよ。何だかあんたたち、私と俊輔君を無理矢理くっつけたいみたいだね」
「そんなことは・・・」
「俊輔君のことはもういい。それより暑いね」
「何か冷たいものが欲しい?」
「あたり」
「でもダメ。今私、財政危機」
「心配かけたんだからおごる」
「行く」
三人はパフェに心を奪われて浮き浮きと歩いていった。
「じゃあねー」
日はまだ高く、あちこちで夏の日差しが戯れている。街路樹の大きな葉を、ゆるやかに吹く風がさわさわと揺らしている。そんな小さなざわめきの中を雪美は楽しげに歩いた。
別にこれから楽しいことがあるわけではない。閑散としているのに、どことなく週末の活気がある通り。その家並みの中を歩くだけで浮き浮きしてくる。何か今にも素敵な出会いがありそう・・・・もない。金曜日の午後に声をかけてくる男なんて真面な人じゃないんだから。
「ねえ、君」
後ろで声がして、雪美は驚いて振り向いた。
大石がいた。
「ちょっと顔が見たくなってね」
微笑みながら大石が言った。今まで雪美の見たことのない笑顔だった。
「こ、こんな、ところに、来ていいんですか」
雪美は胸がつかえて言葉がすんなりと出てこない。
「俺なら大丈夫だよ」
「え?」
「これから自首するんだ。その前に一目お前の顔を見たくなってね」
雪美の目から涙が溢れてきた。
「おいおい、泣くなよ。会いに来なけりゃよかった。・・・・誘拐をしたのは足立さんと俺だけだから。お前に話したことはみんな嘘だ。俺が捕まっても、お前やお前の家族をひどい目に合わせに来る奴なんていない。それだけを言っておきたかった。じゃ」
大石は駅の方へと歩き始めた。
「待って」
雪美は涙声で言った。
「ん?」
「私、・・・・あなたが好き」
足立が動きを止めたまま雪美を見る。
買い物帰りの主婦や小学生が物珍しそうに二人を見ていく。
「さようなら」
大石は歩き始めた。
しかしすぐに歩みを止めて佇む。
雪美は大石の背中をじっと見つめた。
くるりと体を回し、大石は再び雪美の前に来る。
「やっぱり」
「え?」
「やっぱりこんなこと・・・・いけないのかもしれない」
そう言うと大石は雪美を抱きしめた。
「こんな事、言っちゃいけない。だけど、俺もお前が好きだ。だけど、だけど、もう忘れてくれ」
そして雪美から離れると駅の方へと駆け出した。
雪美は流れ落ちる涙を拭おうともせずにその後ろ姿を見ていた。
いつもと同じように、学校から帰ってきたときのように雪美は家のドアを開けた。
そして驚いた。
自分の記憶にある限り父に抱きしめられたことなどなかったし、母が涙を見せたこともなかった。
両親は今までの雪美が過ごした一週間を聞き出そうとはしなかったが、刑事たちはそういうわけにはいかないようだった。
雪美は他の場所にいた時の事を何も話そうとはせず、刑事たちも無理を通そうとはしなかった。
その夜、雪美は久しぶりの自分のベッドの上で泣いた。
翌日も雪美は沈黙を守った。誘拐のことを話さない以外はいつも通りだった。
それからの一週間はばたばたと慌ただしく過ぎた。
月曜日の夏香や優樹菜をはじめとするクラスメイトの今にも泣き出しそうな出迎え。その日の帰り道で俊輔に呼び止められて聞いた、照れながらの「お前の顔が見れて嬉しい」という短い言葉。
その時になってみんながどれほど心配してくれていたか、どれほど自分のことを想っていてくれたかを知り、雪美はまた泣いた。
そんな雪美も金曜日になる頃には今までと変わらない雪美に戻っていた。友達や周りのクラスメイトもそうだった。いつもの生活に戻って足立や大石のことを忘れた。
刑事たちのしつこい質問には、ひと言も話そうとはしなかった。
「ねえねえ、気が付いてる?」
校門を出るとすぐに夏香が雪美に話しかけた。
その日も一週間前と同じようにからりと晴れた金曜日だった。真夏の日差しが学生たちに降り注いでいる。
「何を?」
「俊輔君の視線」
「視線?」
「雪美は鈍感だからな」
優樹菜も会話に加わる。
「俊輔君がどうかしたの?」
「雪美のことをよく見てる。今までは無視してるって感じだったじゃない」
「そうかな」
「駄目だこりゃ」
優樹菜がおどけていった。
「俊輔君、雪美のいない間、凄く心配してたよ」
夏香は真顔になって言う。
「それは何度も聞いたよ。何だかあんたたち、私と俊輔君を無理矢理くっつけたいみたいだね」
「そんなことは・・・」
「俊輔君のことはもういい。それより暑いね」
「何か冷たいものが欲しい?」
「あたり」
「でもダメ。今私、財政危機」
「心配かけたんだからおごる」
「行く」
三人はパフェに心を奪われて浮き浮きと歩いていった。
「じゃあねー」
日はまだ高く、あちこちで夏の日差しが戯れている。街路樹の大きな葉を、ゆるやかに吹く風がさわさわと揺らしている。そんな小さなざわめきの中を雪美は楽しげに歩いた。
別にこれから楽しいことがあるわけではない。閑散としているのに、どことなく週末の活気がある通り。その家並みの中を歩くだけで浮き浮きしてくる。何か今にも素敵な出会いがありそう・・・・もない。金曜日の午後に声をかけてくる男なんて真面な人じゃないんだから。
「ねえ、君」
後ろで声がして、雪美は驚いて振り向いた。
大石がいた。
「ちょっと顔が見たくなってね」
微笑みながら大石が言った。今まで雪美の見たことのない笑顔だった。
「こ、こんな、ところに、来ていいんですか」
雪美は胸がつかえて言葉がすんなりと出てこない。
「俺なら大丈夫だよ」
「え?」
「これから自首するんだ。その前に一目お前の顔を見たくなってね」
雪美の目から涙が溢れてきた。
「おいおい、泣くなよ。会いに来なけりゃよかった。・・・・誘拐をしたのは足立さんと俺だけだから。お前に話したことはみんな嘘だ。俺が捕まっても、お前やお前の家族をひどい目に合わせに来る奴なんていない。それだけを言っておきたかった。じゃ」
大石は駅の方へと歩き始めた。
「待って」
雪美は涙声で言った。
「ん?」
「私、・・・・あなたが好き」
足立が動きを止めたまま雪美を見る。
買い物帰りの主婦や小学生が物珍しそうに二人を見ていく。
「さようなら」
大石は歩き始めた。
しかしすぐに歩みを止めて佇む。
雪美は大石の背中をじっと見つめた。
くるりと体を回し、大石は再び雪美の前に来る。
「やっぱり」
「え?」
「やっぱりこんなこと・・・・いけないのかもしれない」
そう言うと大石は雪美を抱きしめた。
「こんな事、言っちゃいけない。だけど、俺もお前が好きだ。だけど、だけど、もう忘れてくれ」
そして雪美から離れると駅の方へと駆け出した。
雪美は流れ落ちる涙を拭おうともせずにその後ろ姿を見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる