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五章 フェスティバル

59 フロントガールズ

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 レコーディング技術自体は、俊にもある。
 実際に今も、月子にカバー曲を歌わせている場合は、自分で作った打ち込みに合わせて、大学のスタジオで歌わせているのだ。
 ただこれはあくまでカバー曲であり、一からのレコーディングとなると話は別である。
「将来的にはマスタリングまで全部、俺がやれるようになりたいな」
 俊はとんでもなく貪欲である。
 だがミュージシャン上がりのエンジニアは普通にいると言うか、ミュージシャンとしての経歴がなければサウンドをいじることは難しい。

 レコーディング費用は、レーベルもちである。
 だがいくらでも使えるわけなどなく、それぞれの時間に限界はある。
 それまでに完了しなければ、そこまでにレコーディングしたテイクから、選んでいくしかない。
 もっともまず最初のリズム隊については、さほど心配されていなかった。
 西園は元々スタジオミュージシャンで、録音には慣れている。
 また信吾もインディーズで数枚のレコーディング経験がある。
 このリズム隊の録音を終えてから、それにギターなどを乗せていく。
 だからギターやボーカルは上モノなどと呼ばれたりする。

 この過程においては、別に他のメンバーは必要ではない。
 もっとも全体に口を出す俊は別で、暁も千歳と一緒に訪れていた。
 純粋に珍しかったからだろう。もっともミキサールームでは静かにしていろと言われるぐらいだが。
 俊は口を出すが、基本的にはエンジニアの意見から勉強する。
(多分時間がかかるのは、ボーカルだろうな)
 暁は大胆なソロやアレンジをするが、基本的にミスは全くしない。
 楽譜どおりではあるが、その中で自分を表現することが出来る。
 クラシックなどを演奏させてみても、面白いかもしれない。

 いずれボヘミアンラプソディをカバーしたいと、俊は言ったことがある。
 暁と信吾もコーラスぐらいは歌えるので、人数的には足りている。
 あとは俊の技術がどう組み立てていくか。
「それで次のライブは、ちゃんとギターが多いのをやりたいの。このままじゃ音楽性の違いで分解だよ」
 これまで我慢していた暁が、ブレイクタイムにそんなことを言っている。
 ホライゾンでのライブでは、ギターを弾き足りなかったというのだ。



 このレコーディングもあって、次のライブでノイズは、新しいカバーをするほどの練習時間が取れない。
 なのでこれまでのカバーから、選曲する必要はある。
「元々次はロック専門だから、そういう系統を選ぶつもりだったよ」
 本当はホライゾンも、ロックバンドを集めるハコではあったのだが。
 次のストレンジは、ホライゾンと同規模のハコであるが、完全にロック以外は受け付けない。
 なので先に、演奏する曲を送る必要があるのだ。
 音源と言うほどでもなく、録音一発録りでもいいぐらいだが。

「え、すると打上花火もなし?」
「そうだな」
 俊の言葉に、千歳は青い顔になる。
 はっきり言って彼女は、まだまだノイズのレベルに至っていない。
 それでもノイズが、頂点に到達するためには、必要なパーツだとメンバーは分かっている。
「タフボーイ、アレクサンドライト、ノイジーガールは決まってて、あと二曲だな」
「これまでにやった中なら……甲賀忍法帖やろうよ」
「千歳が弾けないだろ」
「あ……」
 千歳が加入したのは、そのライブのアンコールからである。
 そしてあの曲は、意外とギターも難しい。
「じゃあBeat Itとメロスのようにやるしかないね」
「どっちもポップスだから、ちょっとアレンジしてデモ音源として提出する」
「あのさ」
 それまで夏休みの宿題に取り掛かっていた千歳は、そこで話しに割り込む。
「提出する音源だけは俊さんとかが弾いて、本番までにあたしが頑張って練習するってのなしかな?」
「何を歌いたいんだ? そもそも新しくカバーするなら、練習時間が足りないわけだけど」
「あのバンド」
「……アニメ好きって言ってたもんなあ」
 確かにあれはアニソンであるが同時に、しっかりとしたハードロックである。

 やりたいと言っていることを、やらせないというのは成長につながらない。
 ノイズはここまで、失敗らしい失敗をしていない。
 一度ぐらいは失敗した方が、いい経験になるかもしれない。
 それこそ初めての失敗がフェスなどであったら、かなりメンタルにダメージがいくかもしれない。
「あれ、けっこうリズムパートしっかり弾いてるけど、頑張ってみるか?」
「うん、やる」
 千歳はノイズのメンバーの中では、一番音楽に対するモチベーションを持つ背景がない人間だった。
 それがここで自分なりに、役割を見つけたいと思っている。
 また忙しくなるだろうが、それでもやるべきことはやるべきだ。
 もっともこのレコーディング、リズムパートのギターは信吾に任せているのだが。
 まだ千歳のギターは、レコーディングをするほどには安定感がない。



 10曲のアルバム作成は、普通ならインディーズであっても一週間ぐらいはかけておかしくない。
 ただそうなるとかかる金額も増えてくるわけだ。
 そのあたりはどうしても、妥協をするしかない。
 もっとも初日のリズム隊は、割とスムーズに終了した。
 西園と信吾のプレイが安定していたということはある。
 それでもテイク3までは録音したので、どう切り貼りするかが重要になる。

 二日目には上モノの中で、暁のギターを録音していく。
 これも見に来ていた千歳は、いよいよ明日からボーカルが入るので緊張している。
「あたしレコーディングって、全員が揃って一気にやるものだと思ってた」
「まあ60年代ぐらいまではそうだったんだったかな? 確かビートルズの時代あたりから、多重録音が普通になっていったと思う」
 今でもメンバー全員の一発録り、というのがないわけではないらしいし、ジャンルによってはそうしている。
 自主プレスのCDだったり、デモ音源としてはむしろそれが主流だ。

「こんなのなら、あたしも……」
「金と時間に余裕があったらな」
 確かに今のノイズで、圧倒的に技術が不足しているのは千歳なのだ。
 ただそのギタープレイは主にリズム部分を弾いてはいるのだが、信吾の弾く機械的なギターと違い、時々楽器が歌っているところはある。
 ギタープレイにも、非凡さは見えるのだ。
 そもそもギターを始めて四ヶ月と考えるなら、充分な上達速度だ。

 俊はこのレコーディングを見守っているが、リズムパートに合わせた暁が、意外と苦戦しているのを感じた。
 暁は基本的には自己主張が少ないが、音楽に関しては別なのだ。
 それが昨日の、ロックやろうよ宣言にもつながる。
 目立つギターリフと、ギターソロがあってこそのロック。
 その考えは、まあ完全な間違いでもない。
 ただロックの定義についても、いまだにジャンルは細分化されているし、復古運動のようなガレージロックがあったりもする。
 ガレージロック自体は、随分と前からあるものであるのだが。

 HIPHOPやR&Bの流れは、今の主流であるのだろう。
 だがその中にロックのテイストは必ず含まれている。
 とはいえ日本の場合は、POPSとの境界は曖昧で、J-ROCKなどと言われたりもするが。
 ヴィジュアル系もロックの中の、初期は蔑称的に扱われたりもしたし、そもそも音楽性とは違うという意見もある。

 暁は技術的にはメタルなどの早弾きの要素を持つが、それは技術の話であって、根底にあるのはハードロックの魂だ。
 なのでバラードであってもグランジであっても、魂がロックならそれはロックなのである。
 さすがにアイドルソングや打上花火をロックと感じるのは難しいらしいが。
 しかし俊的には、アイドルソングでもバンド形式でやってるグループもいるし、打上花火は立派なロックの魂を含んでいると思う。
(音楽性の違いか)
 ボカロ曲でも、シンセサイザーで全て打ち込んではいても、明らかにロックである曲はある。
 ロストワンの号哭やモザイクロールなどは、明らかに分かりやすいロックであろう。
 それら全てを内包できるからこそ、ボカロ曲というのは人材を輩出できているのかもしれない。 
 俊自身がそうである。



 二日目では暁のギターパートを、完全に終わらせることは出来なかった。
 一応数は録音出来たのだが、本人が納得しなかったのである。
 予備日を含めて、四日間のうち、一日は予備日である。
 ボーカルまでを収録した後、俊がエフェクトをかけたり電子音を乗せていく。
 なので四日目の半分ぐらいまでで、全てを終わらせておく必要はある。
 もっともエンジニアは、俊の用意していたエフェクトなどを、上手く使えるだけの技術がある。

 三日目、ボーカルを一度録り終えて、暁にイメージを合わせてもらう。
 そして弾いてみるのだが、どうもマッチしない。
「ギターとボーカル、一緒に録りませんか?」
 俊の提案に、エンジニアは難しい顔をした。
 ただこのレコーディングで、改めて俊が理解したことがある。
 それは、暁はライブでこそ輝くギタリストであるということだ。

 そもそもその発端から、暁は本能的にギターを弾く。
 なので練習などは上手く弾くし、ライブではさらに上手く弾く。
 しかしこのレコーディング中はテンションが上がらないのか、髪ゴムを外すこともない。
(一人で弾いてる時のテンションはこんな感じなのかな?)
 確かに技術的には上手いが、上手いだけと言えるだろうか。
 マスターとして流通するのだから、譜面通りにやってほしいのだが、即興のアレンジが入っていないと、暁らしくないのだ。

 天才にも欠点がある。
 暁の場合は本能的過ぎる、といったところだろうか。
 そんなわけでボーカルを含め、ライブ感を強めで演奏してもらうのだ。
 この音が良ければそのまま使えばいいし、暁のギターだけがいいならそれにボーカルを乗せていけばいい。
 だがレコーディングを開始して、すぐに分かった。
 このフロント三人は、三人が揃うと力が一気に相乗効果をもたらす。
(ライブで一発録りした方がいいんじゃないか?)
 大きな舞台でこそ、より力を発揮するとか、時折実力以上の力を発揮するとか、ライブというのはそういうものだ。
 ノイズの中でもこの三人は、まさにそういうタイプだと思う。

 実際に暁のパートを終えて、念のためボーカルだけで歌わせたところ、どうもさっきよりも出来が悪い。
 エンジニアが頭を抱えていたが、俊はノイズという存在がどういうものなのか、より理解出来てきた気がする。
 経験豊富な男二人が、しっかりとしたリズムを作る。
 そしてそれに乗って、女子三人がはっちゃけるというものだ。
 もっとも本当にはっちゃけているのは、今のところは暁だけだと思いたい。



 そしてそこからが、俊の仕事である。
 四日目、エンジニアが切り貼りした曲に、本来ならあるエフェクトや電子音を加えていく。
 失敗と思われているような録音も、上手く活かせたりする。
「君、こういうの初めてじゃないでしょ?」
「大学で学んでますし、ボカロPやってたら自然と身に付きますし」
「ボカロPか。確かにあの世界からは、新しい才能がどんどんと出てくるな」
 ため息をつくが、この流れは変えられないだろう。

 ネットの発達によって、個人での発信が簡単になった現代。
 技術はそれこそ、ネットに転がっている。
 そして縛りのようなものがなく、ボカロ曲としてはロックもあればサイケもあって、普通にPOPSもある。
 いわゆるネタ曲と呼ばれるもので、俊も稼いだものである。
 巨大資本から宣伝して売り出せば、それで売れるというものでもない時代。
 それこそ田舎からでも、音楽を発信出来るのだ。

 かつてはありえなかった、既存のプラットフォームを無料で使い、小さな投資と大きな才能で、世界中に届ける。
(音楽だけじゃなくて、小説やマンガもそうか)
 さすがに映像作品だけは、まだ厳しいものがある。
 ただVtuberはある程度そういう側面を持っているのか。
 アイドルと比べても、外見が劣化しない。
 それでいながら技術の発展に従って、よりそのクオリティなどは上がっていく。

 俊も技術があれば、月子を歌ってみた系のVtuberとして売り出したかもしれない。
 もっとも今の月子は、仮面を使ってレコーディングもしているため、近い存在であるのかもしれない。
 中身はちゃんと美人だ、という証言が飛び交っている。
 ひょっとしたら夏のアイドルフェスあたりで、正体がばれるかもしれない。
 その時彼女が、どういう選択をするか。
 いや、彼女の前にどういう道が存在するか。

 俊は未完成のデモ音源をもらって、これをイベント会社に送ることにする。
 これを聞いて果たして、フェスに間に合うのかどうか。
 ホライゾンかストレンジでのライブを聞きにくるはずであったが、少なくともホライゾンでは接触がなかった。
 それ以降は俊もレコーディングで忙しく、こちらからは連絡していない。
(なんとか年末の、フェスとかがまた集まってる時期までには、もっと売れるようになりたいな)
 しかし高校生二人に、アイドル活動をしている月子という事情を考えれば、大規模なツアーなどは組みようがない。
 なんとか食っていくぐらいは稼げるように、今は地盤作りが必要だろう。
 月子の、アイドルとしての失敗。
 望むまでもなく、それはいずれやってくるものだと、俊は予測していた。
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