上 下
64 / 207
五章 フェスティバル

64 乾杯

しおりを挟む
 三曲目は、メロスのように。
『『LONLY WAY』』
 メインボーカルを、少年のような声にも聞こえる千歳がまず歌う。
 そして二番になると、メインを月子に交代。
 コーラスの部分も二人の声はマッチして、このハーモニーは脳に快楽をもたらす。
(このツインボーカル、本当に最高だな)
 打上花火に硝子の少年と、男女ツインボーカルと男性ツインボーカルの曲はやってきた。
 そろそろ女性ツインボーカルに手を出してもいいのではないか。

 四曲目のアレクサンドライトも、バラードに近いが透明感を複雑にした構成。
 ギターの音もクリーンにして、まずオーディエンスも一息ついてもらおう、というものだ。
 こちらは月子の透明感のある、ハイトーンの声が魅力である。
(また上手くなってるな)
 それはもう、毎週ステージで歌っているのは、月子だけであるのだ。
 ハードすぎるスケジュールの中で、それでもアルバイトを減らすことすら出来ない。

 早く環境をどうにかしないと、さすがに潰れるかもしれない。
 出来れば生活出来るほど稼げるようにさせて、弁当工場をやめさせる方が、とは俊は考えない。
 アイドルをしながらその喉を使うぐらいなら、もっと有用に使ってほしい。
 たまに歌うのを見に行けば、例のレーベルの人間を見たりもした。

 月子の完全な加入が、西園の正式加入の条件だ。
 無理なアイドル活動がなければ、月子はもっとバンドの練習に専念出来る。
 ただ当初に思っていたより、アイドルでもステージでの歌うパートが増えてきたことで、貫禄すら見せてくるようになったとも思う。
 純粋に存在感が増してきている。
 それこそ本物の、ピンのアイドルのように。
 いやもう、シンガーの存在感と言った方がいいかもしれない。

 アイドルと言うには大人っぽいし、歌唱力が違うレベルにある。
 ただバラエティなどには出られないだろうな、とも思うのだ。
 確かに実力としては充分。
 しかしそれをフォローする人間が、絶対に必要になる。
 だからユニットを組んだ。
 もっとも今となっては、それはただの始まりに過ぎなかったのではないか、とも思えている。

 俊の楽曲を最大に活かすのは、確かに生音である。
 ギターやドラムのアレンジ、ベースラインの変更など、自分にはないものが加えられていく。
 ラストに加えられたのは、ツインボーカルの声だ。
 総合的にそれをまとめることの出来る技術は、俊しか持っていない。
 つまるところプロデューサーやマネジメントの役割を、俊は担っている。
 それでもまだまだ、出来ることは少ないのだが。



 四曲目はアレクサンドライト。
 この曲のギターソロは、物悲しさというか、寂寞とした感じを抱かせるものである。 
 小さく細かく弾くのと、音をかすかに歪ませてゆったりと弾く。
 ギターの表現力の細かさとしては、ノイジーガールよりもよほど難しい。
 俊としてもこのソロの部分が、暁に弾かせたことによって、さらにアレンジを加えたものとなった。
 一曲丸々を作らせるのはともかく、アレンジの能力は相当に高いのだ。
 やはり引き出しが多いのは、生まれつき音楽に長く触れているからだろう。

 ラストのノイジーガールで一気に最高潮に持っていく。
 次のバンドはやりにくいかもしれないが、知ったことではない。
 コーラスになる部分と、ハーモニーになる部分。
 そこにリードギターの旋律が加わり、まさに強力なフロントになる。
(三人合わさると、パワーが五倍以上に感じるんだよな)
 まだ不安定な部分や、完全に合わない部分もある。
 つまりそこは伸び代だ。

 今のノイズを欲しがるレーベルがあるというのも、充分にありうると思う。
 初めてのライブは三人で、そこから西園と信吾が入っていって、そして千歳が入って構成としては完成。
 だがそれはまだ、土台が出来ただけであると言えよう。
 ライブをするたびに、大きな成長が見られる。
 おそらくこの成長度合いを見れば、多くのメジャーレーベルが欲しがるのではないか。
 もっとも俊は現在のところ、メジャーに飛びつくつもりはない。
 そもそも月子の問題があるからだ。

 盛り上げてライブは終わり、さてセットを変えなければと思っているのに、拍手が鳴り止まない。
(トリでもないし、アンコールを期待されても困るんだけどな)
 タイムスケジュール的にも、一曲やる時間はない。
 だが千歳が、暁と少し話し合っている。
 そして月子とも。
『時間あるんで一分半だけ、もう一曲やります』
 それは、一応タイムスケジュール内ではあるのだが。

 暁のギターが、ギュギューンと始まる。
 本来ならばピアノとストリングスから始まる、千歳が持ってきた曲だ。
 重たいリフに合わせて、千歳が歌いだす。
 メインを千歳が歌い、月子がコーラス。
 そしてサビで二人の役割が入れ替わる。
『IN! MY! DREAM!』
 下手に歌えば、声帯にダメージを与えるような高音。
 だが月子なら、簡単に歌える。

 仕方がないので、信吾と西園もおかしくない程度のリズムは取る。
 俊は準備をしていないので、キーボードを叩くしかない。
 一分半もない演奏で、それでも大きな拍手を貰う。
 俊としてはまず、撤収を澄まさなくてはいけない。
 そして後は後ろのバンドへの謝罪と、ハコのオーナーへの謝罪だ。



 楽屋に戻って、千歳相手に壁ドンである。
「二度とやるな」
「でも時間もあったし、ロックじゃん」
 首謀者ではないのだろうが、明らかに狙っていたであろう暁が、そんなことを言う。
 お前、ロックって言ったら全て許されるとか思ってないか?
 面白かったことは否定しないが。

 月子は知らなかったらしいが、練習のちょっとした休憩時間に歌って合わせていたのは聴いていた。
 俊もそのうちライブでカバーしてもいいかな、とは思っていたものだ。
 しかしいきなりそれをやっていいなど、もちろん考えていない。
 オーナーに謝罪に行けば、苦笑していた。
「まあ時間は押さなかったからいいんだろうし、ロックだったしな」
 許されるのか、これが。
「ひどい演奏だったら、出禁だったけどな」
 どうやら許してもらえたらしい。

 後ろのグループにも謝りに行ったが、当然ながら四番手は既に演奏にかかるところ。
 トリのグループに頭を下げに行っても、やはり苦笑されてしまった。
「ボーカルとかギターは、無茶なことするやつ多いしな」
 一定の理解を得られているのは、女の子だからという部分もあるのだろうか。
 まあタイムテーブルを乱さなかったので、そこでどうにか許されている部分はあるのだろうが。

 そんな俊に対して、信吾が知らせにくる。
「なんか物販の方が忙しくなったみたいだぞ」
 ノイズの演奏の終わった後、音源を買いに客が殺到しているらしい。
 暇な時は交代で、と二人に頼んでいたのだが、お釣りの小銭が足りなくなりそうだとか。
「売れてるのか?」
「そもそも俺たちの出番前から、複数枚買っていく人間がいたらしい」
「はあ? なんで?」
 さすがに俊にも意味が分からない。

 昔のインディーズバンドには、こういうことがあったとは聞く。
 だが今は配信が主流の時代だ。
 もっともノイズの場合、ライブ用にフルレコーディングした音源は、確かに流していないが。
 それに複数枚というのも訳が分からない。
 握手券など入っていないのに。

 とりあえずやらなければいけないのは、釣り銭の確保だ。
 まずはオーナーに話してみたら、ちょっと呆れられた。
 しかしオーナーにとってもそんな事態は、異常であると分かった。
「こっちにも小銭はあるから、ある程度は両替してやるが」
「すみません。ありがとうございます」
 どうにかこれで、小銭の方の問題はどうにかなった。
 そして100枚が完売したのである。



 どうなっているのか。
 CDは普通に流通しているはずだし、なんならまだ在庫まであるはずだ。
「転売……かなあ?」
 俊としても釈然とせず、ありがたいが困惑してもいる。
「普通にショップ販売も、ネット販売もしてるはずだよな?」
 していないのは配信販売である。
 だがこれもそのうち、やるはずだと普通に推測されるだろう。

 販売を手伝ってくれた友人によると、SNSなどでつながった地方の知り合いから、頼まれて買ったというケースがあるらしい。
 それこそネットで通販されているはずだ。また流通に乗って、CDショップなどでも買える。
「いいことじゃん」
 千歳は先ほどのことがドサクサ紛れになりそうで、そんなことを言っている。
「いいことではあるかもしれないけど、理由が分からないのは気持ちが悪い」
 まさかレーベルの方の在庫も、既になくなっているのか。
 サイトから確認すれば、入荷待ちの状態になっていた。

 信じられないが、本当に売れているらしい。
 確認のために、電話まではしないまでも、メッセージは送っておく。
 CDショップ用と通販用、あとは予備がある程度はあるはずだ。
 しかしその通販用が品切れになっている。
 予備がいったいどれぐらいあるのか。

 ごく稀にある不良品の交換のために、必ずある程度の枚数は持っているはずである。
 すると店舗流通用を多くしたため、通販で品切れになったのか。
 入荷待ちということは、再プレスする予定でもあるのか。
「なんでだ?」
 疑問は持ちながらも、とりあえず謝罪行脚を終えて、ノイズのメンバーはライブハウスを後にする。
 一緒に打ち上げをしないか、と問われたが疑問点が多い。
 もっとも月子は、明日も朝からバイトのため、ここで高校生組と共に解散である。

 西園も普段なら、ここで帰ってしまう。
 だが今日は男三人が顔を合わせて、近所のWifiが入る店に入る。
 販売を手伝ってくれた友人二人に、食事を奢るという理由もある。
 三人はアルコールなどは入れず、ちょっとドリンクバーだけを頼む。
 スマートフォンだと検索が面倒であるので、俊のノートPCを主に使う。
「一応いくつか、原因らしいものは分かってきたけど……」
 ただ推測する部分が多い。



 まず第一、地方のCDショップなどで、サンプルから期待してかなりの枚数を注文した店があるらしいこと。
 これはレーベルが、ある程度は宣伝をしてくれたということだろう。
 また俊のボカロPとしての評価も、ある程度はある。
 さらに直近までアトミック・ハートにいた信吾の知名度。アトミック・ハートは全国10箇所以上のツアーをしたことがある。
 さすがに西園は、ジャックナイフを離脱したのがかなり前のため、あまり関係はない。

 おそらく店舗の注文が多かった、というのはあるのだろう。 
 だがそれでもインディーズから初めて出すアルバムが、こんな事態になるはずがない。
 販売してくれていた友人は、地方の知り合いから頼まれた、とも言っていた。
 ノイズは地方ライブなどしたことがない。

 ライブを隠し撮りしたものが、出回っていたこともある。
 それに対して俊は、特に対応もしていない。
 そんな雑な音源で、上手く宣伝にでもなればいい、と思ったものだ。
 あとは月子の「歌ってみた」というものがあるのか。

 ノイジーガールもアレクサンドライトも、公開している音源は打ち込みと月子のボーカルのみ。
 フルバージョンを聞くにはライブで聞くか、このアルバムを買うしかない。
 ただ普通なら、いずれ配信もされるだろうと考えるはずだ。
 しかしノイジーガールをいつまでも配信せず、さらにアルバムには新曲を入れているということで、それがこの結果になったというのか。
「ありえない」
 一応筋としてはそうなのだろうが、俊自身がそれはないと考える。

 コンテンツがあふれている現代で、わざわざノイズの音楽だけに、そこまで固執する意味などあるのか。
 確かに月子のボーカルとしての力は凄いし、SNSなどでは実際のバンドの迫力も拡散されている。
 だがそれぐらいで、こんなことになるのか。
「一応は、成功ということで乾杯するか」
 西園の出したコップに、二人は合わせる。
 しかしその顔には、釈然としない色が残る。

 売れてくれたのは本当に嬉しいのだ。
 だがその理由が判明していなければ、この成功を次につなげることが出来ない。
 この場の三人は、それを経験的に知っている。
 特に俊などは、ネタ曲ではあれだけ受けるのに、まともだと思った曲だと受けなかったりする。
 音楽の方向性の問題でもあるのだろうが、方向性が同じであると焼き直し、などと言われたりもするのだ。

 失敗から学ぶということは大切だが、成功からも学べるのだ。
「ネットの時代だから、訳の分からない拡散でバズるっていうのはあるだろうけど」
 ただそれも、無料なら受け入れる、というもののはずだ。
 この中では西園だけは、客観的な視点から、一つの可能性に至っていた。
 だがそれはまだ、この場では言うつもりはなかった。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

デジタル時代における個人の安全とプライバシーの保護: 警戒すべき事項と対策

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ゲノム~失われた大陸の秘密~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

高校生の日常は爆笑の連続!? ~ツッコミ不足で大ピンチ~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

からすの秘密基地

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...