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六章 ライブバンド

84 アンコール

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 おおよそ時間を使いきって歌ったのに、アンコールがかかった。
 いいのかなとは思いつつも、暁が弾き始めている。
 このリフは一発で分かる。マイケル・ジャクソンのBeat Itである。
 洋楽の意味は歌詞が分からないであろうが、この曲の普遍的なギターリフのクセは、歌詞の意味が分からなくても伝わるらしい。
 アンコールに応えたものの、まだ熱狂が収まらない。
 ライブハウスにいるような観衆ではないので、遠慮なくアンコールを要求する。

 さすがの俊も、アンコール用の打ち込みを渡してはいない。
 だが暁は、ギターを弾き始めた。
 これは確かに、ギター二つでもそれなりになるのか。
 千歳はピックアップを低音に変えて、ベースラインに近いリズムを弾く。
 咄嗟にこんなことが出来るのは、二人が一番たくさん、一緒に練習してきたからだ。
『HEY! HEY! HEY!』
 暁が場所を移動し、一つのマイクに二人の声が混じる。
『HEY! HEY! HEY!』
 楽器が二つしかない分、暁が音を増やしている。
 ヘヴィなリフの中で、千歳は歌い始める。

 タフボーイ。
 おそらくノイジーガールの次に、演奏されている曲である。
 千歳の声の表現力は、本人の普段の様子とは違い、どこか艶っぽい。
 それでいながら少年っぽさもあるというのが、彼女の特徴だ。
「しかし、どこまでアンコールあるんだ?」 
 これがライブハウスなら、時間の制限がある。
 学校のステージは、これがトリだなどと言っていた。
 教師が止めるまで、延々と歌い続けるのであろうか。
 だがギター二曲で出来る曲というのは、さすがに限度がある。

 暁はアンコールを求める歓声の中、千歳に近づく。
「ノイジーガールやろう」
「ええ、でも用意何もしてないし」
「千歳はリズム弾いてればいいよ。あたしが他をやるから」
 そして暁はピックアップを切り替えて、エフェクターも変えた。
 ギターの弦を弾いた音は、確かにドラムにも思えなくはない。

 千歳はリズムギターを弾きながら、歌を始める。
 暁は曲の場面に応じて、リズムを崩さないように重低音の音で、ドラムやベースと同じ表現をする。
(これ、即興か?)
 思わず俊もびびるほどの、暁のアレンジと言おうか。
 確かに音作りをしていれば、低音でベースラインをなぞったり、リズムでドラムの役割は出来るだろう。
 しかしこんなことを、暁がやっているのは見たことがない。

 天才と一言で済ませてしまうには、これはあまりに技術的だ。
 そしてどのパートを再現するかは、センスが問われるものだ。
 暁は間違いなく、ノイジーガールという楽曲を理解している。
 新しいギターの可能性。
 それはリードやリズムではなく、ベースやドラムのようにリズムを刻むことも出来るというものだ。
 確かにリズムギターがあるのだから、ベースやドラムの代わりになることも出来るのだろう。
 しかしシンセサイザーの電子音まで、エフェクターで切り替えて、元を崩さない程度には弾けている。

 二人だけでバンドが成立してしまっている。
 観衆も千歳の歌の魅力だけではなく、暁がやっている異常なことに気づいている人間もいるだろう。
(マルチプレイヤーじゃなく、ギターでマルチにポジションを弾けるのかよ)
 なんだかもう、俊の想像を超えすぎている。



 結局もう一曲、いとしのエリーまでやったところで、ようやく演奏は終わった。
 30分を超える演奏であったが、最後にバラードで大きな拍手をもらって、ようやく興奮状態が終わったといったところか。
「下手なライブハウスより盛り上がったな」
「うんうん」
 月子も頷いて激しく同意を示す。

 俊としては、この現象を、正しく理解しなくてはいけない。
「日常の中の非日常、だからかな?」
「そうでしょうね」
 頷いたのは文乃である。
「多分演奏は、ライブハウスでのものの方が優れている。だけどこの体育館という日常のステージに、学園祭という非日常が持ち込まれたことで、ギャップが大きくなった」
「現実と非現実、という分け方も出来ますか」
「そう、この子たちは夢を見たいのよ」

 文乃は純文学でデビューしながらも、児童文学で幻想的な世界を描く。
 そのため大衆文学作家としての立場も持っている。
 幻想的な世界観を、極めて流麗で品格のある文章で書く。
 既に売れっ子ではあるのだが、アニメ化でもすれば人気はさらに跳ねるかもしれない。
 もっとも文章が美しすぎて、物語だけを抽出するのは難しい、などとも言われているが。

 ギャップか。
 そう思った瞬間、俊の中で何かがカチッとはまった。
 頭の中に出てくるのは、メロディではなく歌詞である。
 メモ帳を取り出して、文章を綴っていく。
 もちろんこのまま使うわけではないが、イメージの言語化というのは難しいのだ。
「俊さん?」
 声をかけてきた月子を、文乃が手で制す。
「インスピレーションが降りてきたみたいだから、しばらくそっとしてあげなさい」
 いまだに熱量が、体育館の中からは消え去らない。
 ハイタッチした暁と千歳は、深々とお辞儀などをしていた。



 改めて確認をする。
 これからノイズがやっていくことである。
 年末のフェスへの参加、これは一つは既に決定しているが、出来ればもう一つぐらいからのオファーがほしい。
 実は俊の方からも、少しは働きかけているのだ。
 あとはそこそこのハコでもいいから、ワンマンライブをしてみたい。
 ただこれはどうしても、俊の力だけではどうにもならない。

 イベントをする企画会社の力を借りるか、ライブハウスのオーナーに企画してもらうか、今の規模なら後者であろう。
 ライブハウスではなく、一般に使う会場で演奏するなら、イベント会社の力を借りなければ、さすがに俊でも不可能だ。
 純粋に必要とする技術と人数が足りないのである。
 冬休みになって学生組が動けるようになってからが、フェスなどへの参加となる。
 これは守られているのと同時に、制限されてもいる。
 可能性があるかわりに、自由度が低い。

 ライブバンドを目指すのであれば、在京圏だけではなく、地方都市へのツアーも考えた方がいい。
 もっともそれは、時間も金もかかることで、それがバンドをするには金がかかる、ということなのだが。
 そんな中で俊は、また新しく曲を作るのではなく、以前に作った曲の歌詞を変えていた。
 いや、他にやらなければいけないことがあるのは、本人も承知の上である。
 だがインスピレーションというのは、暇な時に都合よく、湧いて出てくるものではない。

 クラウドファンディングの方は順調で、候補となる曲がかなり上がってきていた。
 ただどうも、なんでこんな古い曲を、候補として出してくるのか、とは不思議に思ったりもする。
 メロスのようにだの、いとしのエリーだのを、歌っているからそういう傾向と思われても仕方がないのかもしれないが。
「知らないの多いなあ」
 オタクというわけではないが、父親の影響でおそらく一番この分野に詳しい千歳でも、そう言うぐらいである。
 現在の上位曲としては、以下のものとなっている。

 REASON/宇宙の騎士テッカマンブレード
 ライオン/マクロスF
 ペガサス幻想/聖闘士星矢
 Don't say“lazy”/けいおん
 Reckless fire/スクライド
 ブルーウォーター/不思議の海のナディア
 nowhere/MADLAX
 CAT'S EYE/キャッツアイ
 バーニング・ラヴ/超獣機神ダンクーガ
 そのままの君でいて/機動警察パトレイバー
 失われた伝説を求めて/機甲創世記モスピーダ
 NIGHT OF SUMMER SIDE/きまぐれオレンジロード
 GOD Knows…/涼宮ハルヒの憂鬱
 創聖のアクエリオン/創聖のアクエリオン
 空色デイス/天元突破グレンラガン
 夢色チェイサー/機甲戦記ドラグナー
 檄!帝国華撃団/サクラ大戦
 夢を信じて/ドラゴンクエスト
 残酷な天使のテーゼ/新世紀エヴァンゲリオン
 水の星へ愛をこめて/機動戦士Zガンダム
 Get Wild/シティーハンター
 謎/名探偵コナン
 ヘミソフィア/ラーゼフォン
 identity crisis/新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA
 キングゲイナー・オーバー!/OVERMANキングゲイナー
 Fly High/トップをねらえ!
 ……

「俺らはボップスロックバンドだよな?」
 信吾の言葉には、諦めたような色が感じられる。
 最終的な決定をこちらがするとしていたのは、幸いであったろう。
 そもそも使う楽器が違う曲が色々とあるのだ。
 サックスメインの楽曲や、EDMメインの曲も困る。
 ユーロビートなどもあったりして、とても困る。

 ただ企画としては、どうやら資金は集まりそうである。
 いっそのこと二枚組にしてやろうかとも思うが、CDとしてプレスするからには、必ず海賊版対策が必要となる。
 現在のCDというのは、10万枚売れたら相当のヒットであるのだ。
 インディーズとはいえ、売る前から既に最低限の損益分岐点を超えているというのはありがたい。

 5~7曲程度を絞る。
 いまだにカラオケで歌われているものもあれば、ほとんど忘れられているものもある。
「ライオンはいずれ絶対やろうと思ってた」
 俊の言葉に、千歳が微妙な顔をする。
「まあ、ツキちゃんが仮面のままやってくれるなら、あたしもやってもいいけどさ」
 完全にツインボーカルでやるには、顔面格差がひどい。
 別に千歳も、ブスというわけではないのだが。

 この中でひどく演奏が難しい、GOD Knows…は暁が先日の学園祭でしっかりと演奏していた。
 知名度からして、これは入れておきたいところだ。
「しっかし知らない曲と作品が多いな」
「シティ・ポップ系統があるな。今だと逆に流行になってたりもする。きまぐれオレンジロードとか」
 信吾と栄二は難しい顔をしているが、何を選ぶかは結局自分たちで決めればいいのだ。

 しかし国民的人気アニメからリクエストがかかったり、逆に80年代の作品もあったりと、訳が分からない。
 アニソンというのは蠱毒であるのか、それともジャンルを超越したオーパーツであるのか。
「けっこうパンクな曲もあったりするんだよな。本当にアニソンは分からん」
「この中なら空色デイズとかやりたいかなあ」
 ギターが前面に出てくる曲が、やはり暁はやりたいらしい。

 そもそもライブでも出来る曲、というなら自然と決まってくるのだ。
 たとえば「Don't say“lazy”」も本来キーボードを含むバンドでやるのが前提の曲だ。
 シンセサイザーの万能性はあるが、それでギターを排除してしまえば、本末転倒であろう。
 ポップスでもロックでもいいが、とにかくギターを前面に出してくるというのは、ノイズの大前提であるのだ。
「レコーディングスタジオの予約はそろそろしないとな」
 俊はなんとか金がほしいな、と思っている。
 機材をそろえてしまえば、本来はこの地下でもレコーディングは出来るのだ。
 もっともそれを揃える金は、どうやって調達するのか、という話になってくるのだが。

「あ」
 資金繰りについて話していると、それにはあまり知識がないはずの、千歳が声を出した。
「いや、でも今はもう無理か」
「なんだ? 簡単に金を稼ぐ方法でもあるのか?」
 千歳がそんなことを思いつくのは、ちょっと珍しいと思う。
「いや、アニソンのCDなんだったら、もっと売るとこ考えれば良かったんじゃないかなって」
 今まではファーストアルバムも、店舗と通販の他には、ライブでの直販があった。
 当然ながら流通などの過程のない、直販が一番利益は大きい。
「どこで売れって?」
「コミケ」
 言われてみると、納得する人間が多かった。
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