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六章 ライブバンド

85 アニソンカバー

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 コミックマーケット、通称コミケ。
 日本国内でも最大級の動員を誇る、年に二回行われる同人即売会であった。
 現在では同人ではなく企業の公式参加も目立つ、巨大なイベントである。
 ここではアニメやマンガの有名二次創作を販売したり、完全にオリジナルの作品を発売したりする。
 音楽に限って言えば、他にもイベントはあるが、とにかくなんでもありというならコミケに優るものはない。
「基本的に前のコミケが終わった直後に募集がかかるから、もう間に合わないわけか」
 俊は調べて、じゃあ夏に参加すればいいのかと考えるが、夏は夏で多くのフェスが開催される。
「俺は参加したことないけど、俊ならM3に参加したことはないのか?」
 M3は音楽のコミケなどとも呼ばれる、同人音楽の祭典である。
 ボカロ曲の参加などもあり、また既存曲のアレンジしたものの販売もある。

 俊も確かに、大学に入学した当初は、参加することもあった。
 それは伝手を増やすためのものではあったが、完全に打算だけであったわけでもない。
 お互いの音楽に触れるというのは、その人間性に触れるということである。
 なので逆にお互いの人間性に触れたら、音楽にも触れることになるのでは、と考えたのだ。

 ただ三年生になってからは、他の導線からきた仕事に忙しかったし、あの集まりではインスピレーションを感じることがなかった。
 そして月子とユニットを組んでからは、あちらとの距離はさらに離れてしまっている。
 この間のオフ会は、その時に知り合ったメンバーが多かったのだが。
「まあどちらにしろ、M3でも時期的に間に合わなかったけどな」
 こちらも年に二度開催され、4~5月と、10月に開催される。

 ただそこまで思い出して、俊はふと考えた。
「委託っていう手があるな」
 そう、抽選に外れてしまった場合、他のサークルに頼んで一緒に売ってもらうという手段があるのだ。
 ただ俊はここのところ、ボカロ界隈とは少し距離が出来てしまっている。
 バンド活動をしていて、一応ボカロにも歌わせているが、それはあくまでノイズの活動への導線を引くもの、という考えでいてしまっている。
 しかしやってみる価値はあるだろう。



 同時進行で行っていかなければいけない。
 まずは委託してくれるような余裕があるかどうか、少しチャットなどで話してみる。
 この場合の委託というのは、販売のゾーンを完全に借りてしまうという、受託側には何もメリットがないものである。
 そしておおよそこういった場合、金銭などが介在するのは粋ではないとされている。
 しかし俊たちの場合は、応募に落ちたというわけではなく、突然に委託できないかを考え始めたという、あまりにも都合が良すぎるものである。

 正直なところ、仁義がないし道理も通らない。
 ただそれとは別に、資金が充分にたまったため、レコーディングは開始しなければいけない。
 フェスやライブに向けての練習もあるのに。
 まずはどの曲を選ぶか、というところからやっていかなければいけない。
 今までのライブなどであると、オリジナル曲は俊が作詞作曲し、それを皆の意見を聞いて、何を歌うかを決めていた。
 カバーをするにしても、ちゃんと話し合っているのだ。

 今回もどの曲をやるかは、話し合って決めなければいけない。
 まず一人あたり一つ、やりたい曲を選んでもらう。
 長さ的に六曲までは問題なく選んでもいいはずだ。
「じゃあ、あたしはREASONやりたい」
 暁が最初に選択した。
 確かにギターの歪みが入って、暁も好きそうな曲である。
 この歌は原曲は、ハスキーな声で歌われている。
 なら千歳の方が得意なのかもしれないが、逆に月子の方が表現を変えていくことも出来る。
 1992年制作のアニメ主題歌である。

 誰が何を選ぶのか、牽制するような視線。
「じゃあ俺はDon't say“lazy”を選んでおく」
 信吾が選んだのは、一声を風靡したアニソンではある。
 だがバンドの構成として、ノイズにかなり近いところがある。
 サビをコーラスで歌えば、かなりのインパクトがあるのでは、と判断した。
 2009年のアニメ作品のED曲なので、今回の条件である2010年以前という条件にはかなりぎりぎりである。

 他の誰かが選ばないのか、そうして残り四人の視線が行きかうが、万事控えめの月子が、ライオンを選んだ。
 他に誰も選ばないのなら、俊が選ぼうと思っていたものだ。
 ツインボーカルで歌うならば、これこそまさに選ぶべきだろう、とは思っていた。
 こちらも比較的新しい、2008年の楽曲である。
 月子が先に選んだので、俊としては他の候補を選ぶことが出来る。

 栄二が動いて、GOD Knows…を選んだ。
 これは自分の趣味と言うよりは、難易度の高い曲を選んだ、ということであろうか。
 暁がこれを弾けるのは、既に練習で見ている。
 2006年の作品なので、これもそれほど古くはない。
 もっと古いのを選んでもいいのに、と俊は思っているが、そもそもタッチ、メロスのように、secret base、IN MY DREAM、愛をとりもどせは三曲が80年代なのである。
 90年代が一曲あって、21世紀の楽曲は一つだけ。
 ただアニメで使われたのは、2010年代に入ってからだが。



 あとは俊と千歳だけである。
 俊は最後に、ライオンが選ばれていたらバランスを取った年代から選ぼうと思っていた。
 なので千歳が選んでから、自分は選ぶつもりである。
 その千歳は、いくつかに絞ってはいるらしい。
「ヤンマーニか空色デイズか……特撮が入ってたらあれ選んだんだけどな」
「特撮? まあ確かにないけど、何を歌いたかったんだ?」
「仮面ライダーBLACK RX」
「うわあ……」
 ボカロPとして活動していた時、これを使ったMADを見たため、俊は知っている。
 だが88年から89年にかけて放送された作品であるため、もちろん他のメンバーもリアルタイム勢ではない。
 一応平成に作られてはいるが、後の平成仮面ライダーシリーズには含まれない、最後の昭和ライダーとも言えるものだ。

 千歳はこの中では一番、一般的な感性を持っているはずである。
 だがこういうところで選ぶのは、一番おかしかったりする。
「檄!帝国華撃団なんかこれ、管楽器とストリングスばっかじゃん」
「それは俺が頑張ってアレンジする」
「歌うだけならキングゲイナーとか上がるんだけどな」
「選んでもいいんだぞ?」
 ここまでなんだかんだ言いながら、REASON以外はそこそこ無難な曲である。
 なので完全なアニソンと分かる曲が一つぐらいあってもいい。
「じゃあReckless fireにする」
「なんでだ」

 また凄いのを選んだな、と俊は思った。
 さすがに原作アニメを見たことはないのだが、最終話の内容は聞いたことがある。
 ものすごく男くさいらしい作品の主題歌なのだが、だからこそ歌ってみたいと思うのか。
 おそらくアレンジ自体は、それほど難しくはない。
(これも2001年の作品か)
 ならバランス的に、80年代か90年代の曲を選びたい。

 Get Wildが一番無難かな、と思う。
 だが無難すぎて、この選曲の中では逆に浮く。
 そして色々と考えて、確かに80年代の曲を選んだ。
 なんともバランスを考えた曲であったのは確かだろう。
 時間的にも11曲でいい感じになった。
「あと一曲入るな」
 それを選ぶために、また喧々諤々の話し合いが行われたりしたのである。



 販売に関しては、意外な筋から委託することが出来た。
 企業ブースで音楽を扱っているところが、シェヘラザードと関連があったのである。
 なのでちゃんとアルバムを作れば、50枚は置けると言われた。
 ただし告知は自分たちで行わないといけないが。
 あとは直販と、シェヘラザードの通販に任せる。
 1500枚をプレスしたが、果たしてこれが売れるのかどうか。
 とりあえずレコーディングに入る前に、俊は地獄のアレンジ作業をしなければいけなかった。

 フェスに参加するための練習も欠かせない。
「そろそろ普通に洋楽カバーもしないか?」
 そう信吾が言ったのは、むしろ俊の負担を減らすためである。
 下手に邦楽のカバーをしていると、俊は自分たちにぴったり歌えるために、アレンジをしっかりとしてしまうのだ。
「洋楽って、何を?」
「ハイウェイスターをやろうかって話になってる」
「ああ、あれならまあいけるか……」
 へろへろになった俊は、簡単にそれに頷いてしまったりもした。

 引越しが終わって四人の生活となってから、俊の時間の使い方の異常さが分かってくる。
 確かに月子と信吾もバイトはしているのだが、それとは全く俊は時間の使い方が違う。
 音楽にかけている時間で、ほぼ一日が終わる。
 それは女性枠として連れてこられた佳代も同じであるらしい。

 イラストとデザインの仕事だけでは食べて行けない、と言っていた彼女だが家賃の心配がいらなくなったのは大きいらしい。
 そして当然のように、コミケには参加をするのだ。
 二次創作もするが、一次創作もする。
 そのイラストを見せてもらったが、昨今の流行の絵とは微妙に違うな、と界隈そあまり知らないメンバーでも思った。
 だが俊はそうは考えなかった。
「佳代さん、アルバムのジャケットのデザインとイラストやってくれない?」
 もちろんキャラの発生する仕事である。

 音楽をやっている人間としては、この配信の時代であっても、CDのジャケットなどのデザインには興味がある。
 佳代のイラストはどこか水彩画を思わせるものがあった。
「アニソンだから、もっとそういうイラストがいいんじゃないのか?」
 これについては栄二も同じ意見であったらしい。
「アニソンだからこそ、逆にギャップが必要なんですよ」
 そう、全力でやっているからこそ、単なる流行の絵柄にしてはいけないのだ。



 キャラを描いてもらうが、最近はイラストの区別が難しい、と俊は思っている。
 それはお前がイラストレーターに詳しくないからだ、見る人間が見れば、誰の絵かは分かる、とも言われた。
 だが最近は最終処理にPCのデジタル処理を使うため、出てくる絵の特徴が似てくるというか、統一感を感じるのが俊なのだ。
 佳代の絵は確かに上手いと感じて、そして個性があるなとも感じた。
 流行ではない、というのも確かに分かるのだが、流行は追うものではなく作るものだ。

 相場通りの値段で、ジャケットを作ってもらい、ブックレットのデザインもしてもらう。
 ただ一緒に住んでいるというのは、直しの依頼やイメージの共有が、すぐに出来るという点が有利だ。
 そのあたりの事情まで含めると、俊の持っているイメージを、佳代と共有するのも簡単になる。
 レコーディングにしても、俊はスタジオにいながらも、同時に自分の作曲の作業などもしている。
(やっぱり楽器売ってでも、自宅でレコーディング出来る機材をそろえた方がいいかな)
 一番貴重なのは、やはり時間なのだ。

 やることが多ければ多いほど、時間の貴重さが分かってくる。
 スタジオへの移動時間なども、出来れば少なくしたいのだ。
 大学の授業もおおよそ、作曲や作詞に時間を使う。
 このインスピレーションにあふれた時間が、いつまで続くのか分からない。
 だからこそ焦って、時間を使い続ける。

 楽器の演奏のような、地道な練習とは、また違ったものだ。
 この直感にあふれている時間に、どれだけのものが作れるか。
 床に寝落ちすることが多い俊を、布団の上に引きずって、毛布をかけてやることが、信吾の仕事になっていたりする。
 食事中でさえも、俊はPCを手元から離さない。

 これはさすがに体に悪いのでは、と部屋にこもっている佳代はともかく、二人はそう考える。
 だが俊は二人の見えていないところでは、ちゃんと他のこともしているのだ。
 主にインプットの作業。
 音楽だけではなく、映画やアニメなどを見ては自分の中にある、音楽の芽に水や肥料を与える。
 何もないところから生み出せるほど、俊は本当の天才ではない。

 ライブが三回行われる、11月が過ぎていく。
 12月にはフェスに、ワンマンライブが入っている。
 このワンマンライブは、ハコの方から打診があったものである。
 そしてチケットの販売は、絶好調といっていい。
(忙しすぎる以外に、悪いことがないな)
 ただこういう時にこそ、何かが起こってしまうものだと、俊は思っていたりするのだった。
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