104 / 207
七章 インディーズ
104 インディーズレーベル
しおりを挟む
俊の音楽に対する姿勢は、極めて俗物である。
要するに一言で言ってしまえば、成功したいというものだ。
名声を得ること、遠い未来に曲を残すこと、そして稼ぐこと。
だが三番目のことに関しては、それほど自身は重要と思っていない。
しかしバンドを組んだということは、そのメンバーに対して責任を持つこととなる。
俊がリーダーであることは、一度も誰からも文句は出ていない。
愚痴をこぼすぐらいは仕方ないが。
世界中に音楽を届けたい。
残念ながら音楽で世界を平和にするとか、人類を新たなステージに持っていくとか、いずれ訪れる宇宙人との対話に役立てるとか、そんなことは考えていない。
ただ自分の音を残したいのだ。
哲学や物語ではなく、音楽を選んだのは成り行きではある。
「いずれはメジャーの資金力が必要になる」
世界を目指すなら、資金にノウハウ、そして宣伝媒体などが必要になる。
「ただそのメジャーとの契約のためにも、まずはインディーズで圧倒的な成功を収めたい」
難しいことを言うな、と分かっているのは栄二である。
信吾もある程度は、分かっていなくもない。
今はいい世の中になったものだ。
CMや雑誌などで大きく宣伝したり、テレビに出る必要もない。
ネットによって個人の力で、宣伝していくことは出来る。
もっともそこにはノウハウがあって、また宣伝にも資金があればあるほどいい。
しかし良く出来たCMよりも、個人の口コミの方が、むしろ信頼されることさえあるのが今だ。
そのあたり俊は元々当たり前だと思っているが、岡町などからすると大きな変化であるのだ。
またいまだに音楽を流す媒体としては、ラジオが優れていたりする。
テレビは、少なくとも電波のテレビは没落し、それよりはネットの番組の方が世の中には広がっている。
情報の伝達が、とにかく早すぎる時代であるのは間違いない。
それこそプラットフォームを利用すれば、自分たちで完全にプロデュースすることも出来る。
実際には机上の空論に近いが。
目標とするのは、今はまだまだ知名度を上げていくことだ。
今はコンテンツが拡散し消費される速度が速い。
ただし一度爆発すると、長く続く場合もある。
音楽に限らず、マンガや小説でもそうだろうが、何が本当に売れるのかは分からない。
ただし作家の名前が、一つのブランドになることはある。
書籍などは全体での売上は低下の一方ながら、限られたトップレベルはとんでもなく売れる。
その理由の一つには、コスパとタイパが挙げられる。
コンテンツがあふれている時代だけに、無駄に金も時間も消費したくない。
だからある程度のインフルエンサーがいいと言えば、それにならってしまうというものだ。
自分が時間や金をかけたものを、つまらないと思いたくないという感情。
そこを上手く突くことが出来たら、世間に周知されることが多くなる。
ブランド化というのは、重要なものだ。
今の世の中は本当に、人の余暇を奪うためのものであふれている。
その基盤にあるのが、インターネットだと言ってもいいだろう。
極端な話これは、出生率の低下にまで及んでいると思う。
娯楽がなかった時代は、夜にやることなど限られていた。
しかし今はネットを通じてほどよく他人と接触し、いくらでも娯楽を満喫することが出来る。
そんな便利な世の中で、あえてライブに来るという人間が、意外と若者にも多い。
人間はデジタルなものに慣れすぎると、アナログなものに憧れるという習性がある。
似たようなものとして、データとして保存しているものが膨大になってくると、実体のあるものを特別と思う。
ノイズのアルバムが売れたというのは、ちゃんと定価で買えるものだが、希少価値はあったものだからでもあろう。
通販の充実と再プレスの告知により、下手に転売などが起こらなかった。
ただほしいことはほしいが、実物でまでは欲しくないという層もいるだろう。
そこから中古市場に流れる、というのも確認したりはしている。
一度ネットの違法サイトなどに流れると、それを消すことはほぼ不可能である。
もう流れてしまったら、それは宣伝というぐらいに割り切らなければいけない。
もっとも堂々とネットサイトで海賊版を流しているものは、さすがに例外であるが。
「実体に価値を持たせたいんだよな。あとはライブとか」
「ライブはうちの場合、学校の問題があるな」
俊は栄二とそんな話もしながら、メンバー全員でメジャーレーベルABENOの入ったビルを訪れた。
ビルは同じであり、また上に入るレコード会社も同じであるが、新しいレーベルと事務所は別個のもの。
ややこしい限りである。
そもそもABENO自体は女性歌手を中心に扱っているレーベルなのだ。
「事務所がマネジメントをし、レーベルが音源を作り、レコード会社がそれを販売する。だいたいレコード会社の下に複数のレーベルがあり、レーベルの下に一つか複数の事務所が所属している場合が多い」
ABENOはアイドル部門には手を出していなかった。
だから月子に声をかけてきたのは、女性アーティストとしての活動である。
そして今、月子はノイズというバンドとして活動をしている。
そのノイズは規模はともかく、既にある程度は有名になっている。
シェヘラザードからアルバムを二枚も出して、それが売り切れて再プレスされているからだ。
CDなどというものは、そもそも今ではほとんど売れなくなったし、初動が全てと言われる。
だが通販でまだ売れているというのが、おかしなところであるのだ。
そんなおかしなバンドを売るためには、ABENOというレーベルでは動けない。
よって新しく、半独立したレーベルを作って、事務所の用意もした。
実際にはノウハウはメジャーのものを使えるため、かなり出来ることは多い。
俊は現在、CDと言うか音源を作る技術は、既に持っている。
レコーディングに関しては、スタジオさえあればもう、どうにかなるのだ。
ミックスからマスタリングの作業までは、自前でやってしまえるようになっている。
このあたり、多芸にもほどがあると、一般のアーティストからは思われるものだ。
宣伝などに関しても、そもそもシェヘラザードのファーストアルバムが、大規模ショップを中心に売り切ってくれた。
もっとも通販などの分も相当に多く、異例の再プレスとなったのだが。
今のノイズが必要としているのは、だからどれだけのCDをプレスするのが最適なのかということ。
また今後のツアーをするにいたっては、ライブハウスなどのハコの確保に、ツアーのスケジュール。
取材への対応なども含めた、マネジメントをやってくれる人間が必要になる。
音楽の方向性などは自分たちでやるが、そこに口を出しすぎるなら、それはやはりご縁がなかったということになる。
事務所やレーベルに関しては、一応四つとも実在して活動しているところではある。
このあたりインディーズ全盛の時代などは、完全な詐欺の事務所やレーベルを語るところもあったのだ。
レッスン料などの名目で数百万だのを払わされたが、結局は音源を作ることなどなく、レビューも出来なかった。
レコーディング費用を払わされたものの、CDが店頭に並ぶことはなく、宣伝もない配信だけであった。
アイドルの場合はもっと露骨に枕営業を強制されたり、これまたレッスンや衣装が自腹というものもある。
「ん? メイプルカラーもけっこうブラックだったんじゃ?」
暁がそんなことを言うが、あそこはボイトレにダンスの振り付けなどは、回数こそ少ないもののちゃんと事務所が出していたし、衣装代なども出していた。
ただ圧倒的に給料が安く、チェキで稼がなければ食べていけなかっただけである。
少なくともマイナスではなかったし、ライブの回数は多かったため舞台度胸はついた。
時給換算すれば100円以下であったろうが、それでも悪徳の部類には入らない。
何よりも辞めようと思えば、普通に辞められるものであったのだ。
「最低限の給料とか、あとはレコーディング費用とか、CD販売に配信などの配分がどうなるか、そのあたりがポイントだろうな」
そしていよいよ、交渉が開始される。
新しいレーベルは、まだ事務所のテナントも用意しておらず、ABENOの応接室を借りて行われた。
そこでまず提示されたのが、生活基盤を整えるためのものである。
今は全員が、自宅や下宿という状況であるが、事務所側が寮という形でマンションを借りることも出来るという。
これは地方から出てきて、家賃までどうにかバイトで払うようなミュージシャンには、魅力的なものだろう。
それほど広くはないが、セキュリティだけはしっかりとしている。
しかしノイズのメンバーは、その点は問題がない。
あとは一ヶ月の最低限の給料である。
最低保証給が五万円。
安いと思われるかもしれないが、何も仕事がなくてもこれだけは保証されるのだという。
高校生のバイト代より安いであろうし、パパ活をした方が稼げるぐらいだ。
だがここに普通のバイトか、事務所が持ってくる安いバイトを足せば、充分に生活は出来る。
新しい事務所は所長が阿部香澄、事務員が一人に、マネージャーが一人という少数体制。
まだ所属アーティストが0なのであれば、人がいらないのも当たり前だろう。
「そもそも本気で新しく事務所を作る気なんですか? うちらだけじゃなく」
「他に二つほど声はかけていて、そちらは手応えがあるけれど、一番力を入れたいのは貴方たちね」
事務所も慈善事業ではないので、儲かることを考えなければいけない。
下手に甘いことは言わず、最低限の保証を告げてくる。
むしろこれは信用してもいいだろう。
それにレコーディング費用などは、さすがにレーベルが持ってくれるという。
俊としては逆に、そこは自分たちでやりたいのだが。
「ボカロPでCDを二枚出してると、分かってるわけね。さすがにマスタリングはこちらでした方がいいと思うけど」
それは技術と言うよりは、二重チェックの意味合いが強い。
ノイズが今やりたいと言うか、俊の負担が重過ぎると思っているのは、ライブ開催やイベント参加への交渉などである。
こういったものこそまさに、メジャーとのつながりさえあるくせに、小回りの利く新興事務所に求めるものだ。
またマーケティングの数字を持ってくるのも、ビッグデータを持っているメジャー傘下というのがありがたい。
今日一日で契約がまとまるというものではない。
だが約束したとおり、最初に声をかけてくれた、阿部に話を持ってきたのだ。
「ちなみに他の三つは?」
「ほい」
「……全部それなりにまともなところね」
文句のつけようがなかったために、そこは眉間に皺が寄ってしまう。
信吾と栄二は条件がいいか悪いか、暁と月子はやりたいことが出来るかどうか。
そして千歳は意外と言ってはなんだろうが、儲かるかどうかが重要だと考えている。
もちろん俊としても、儲かるかどうかは重要である。
しかしそれが短期的に儲かるのか、長期的に見ていくのかで、話は変わってくる。
今のノイズは学生が三人もいるので、どうしても動きに制限があるのだ。
「学生をしながらあれだけライブやフェスに参加してるって、一番負担が大きいと思うんだけど」
阿部にさえ心配されてしまう俊だが、周りが言っても止まらないのが彼であった。
そもそも今が、一番やることが多くて充実もしている。
ここで少しは休みたいと思うほど、俊はこれまで恵まれた環境にはなかったのだ。
(さすがにそろそろバイトは辞めようかな)
シフトの時間を減らしているだけに、店の方もあまり俊には期待していないのだ。
データを事務所が持ってこれるなら、CDショップにいる意味は少ないのでは、と思っているのが現在の俊である。
要するに一言で言ってしまえば、成功したいというものだ。
名声を得ること、遠い未来に曲を残すこと、そして稼ぐこと。
だが三番目のことに関しては、それほど自身は重要と思っていない。
しかしバンドを組んだということは、そのメンバーに対して責任を持つこととなる。
俊がリーダーであることは、一度も誰からも文句は出ていない。
愚痴をこぼすぐらいは仕方ないが。
世界中に音楽を届けたい。
残念ながら音楽で世界を平和にするとか、人類を新たなステージに持っていくとか、いずれ訪れる宇宙人との対話に役立てるとか、そんなことは考えていない。
ただ自分の音を残したいのだ。
哲学や物語ではなく、音楽を選んだのは成り行きではある。
「いずれはメジャーの資金力が必要になる」
世界を目指すなら、資金にノウハウ、そして宣伝媒体などが必要になる。
「ただそのメジャーとの契約のためにも、まずはインディーズで圧倒的な成功を収めたい」
難しいことを言うな、と分かっているのは栄二である。
信吾もある程度は、分かっていなくもない。
今はいい世の中になったものだ。
CMや雑誌などで大きく宣伝したり、テレビに出る必要もない。
ネットによって個人の力で、宣伝していくことは出来る。
もっともそこにはノウハウがあって、また宣伝にも資金があればあるほどいい。
しかし良く出来たCMよりも、個人の口コミの方が、むしろ信頼されることさえあるのが今だ。
そのあたり俊は元々当たり前だと思っているが、岡町などからすると大きな変化であるのだ。
またいまだに音楽を流す媒体としては、ラジオが優れていたりする。
テレビは、少なくとも電波のテレビは没落し、それよりはネットの番組の方が世の中には広がっている。
情報の伝達が、とにかく早すぎる時代であるのは間違いない。
それこそプラットフォームを利用すれば、自分たちで完全にプロデュースすることも出来る。
実際には机上の空論に近いが。
目標とするのは、今はまだまだ知名度を上げていくことだ。
今はコンテンツが拡散し消費される速度が速い。
ただし一度爆発すると、長く続く場合もある。
音楽に限らず、マンガや小説でもそうだろうが、何が本当に売れるのかは分からない。
ただし作家の名前が、一つのブランドになることはある。
書籍などは全体での売上は低下の一方ながら、限られたトップレベルはとんでもなく売れる。
その理由の一つには、コスパとタイパが挙げられる。
コンテンツがあふれている時代だけに、無駄に金も時間も消費したくない。
だからある程度のインフルエンサーがいいと言えば、それにならってしまうというものだ。
自分が時間や金をかけたものを、つまらないと思いたくないという感情。
そこを上手く突くことが出来たら、世間に周知されることが多くなる。
ブランド化というのは、重要なものだ。
今の世の中は本当に、人の余暇を奪うためのものであふれている。
その基盤にあるのが、インターネットだと言ってもいいだろう。
極端な話これは、出生率の低下にまで及んでいると思う。
娯楽がなかった時代は、夜にやることなど限られていた。
しかし今はネットを通じてほどよく他人と接触し、いくらでも娯楽を満喫することが出来る。
そんな便利な世の中で、あえてライブに来るという人間が、意外と若者にも多い。
人間はデジタルなものに慣れすぎると、アナログなものに憧れるという習性がある。
似たようなものとして、データとして保存しているものが膨大になってくると、実体のあるものを特別と思う。
ノイズのアルバムが売れたというのは、ちゃんと定価で買えるものだが、希少価値はあったものだからでもあろう。
通販の充実と再プレスの告知により、下手に転売などが起こらなかった。
ただほしいことはほしいが、実物でまでは欲しくないという層もいるだろう。
そこから中古市場に流れる、というのも確認したりはしている。
一度ネットの違法サイトなどに流れると、それを消すことはほぼ不可能である。
もう流れてしまったら、それは宣伝というぐらいに割り切らなければいけない。
もっとも堂々とネットサイトで海賊版を流しているものは、さすがに例外であるが。
「実体に価値を持たせたいんだよな。あとはライブとか」
「ライブはうちの場合、学校の問題があるな」
俊は栄二とそんな話もしながら、メンバー全員でメジャーレーベルABENOの入ったビルを訪れた。
ビルは同じであり、また上に入るレコード会社も同じであるが、新しいレーベルと事務所は別個のもの。
ややこしい限りである。
そもそもABENO自体は女性歌手を中心に扱っているレーベルなのだ。
「事務所がマネジメントをし、レーベルが音源を作り、レコード会社がそれを販売する。だいたいレコード会社の下に複数のレーベルがあり、レーベルの下に一つか複数の事務所が所属している場合が多い」
ABENOはアイドル部門には手を出していなかった。
だから月子に声をかけてきたのは、女性アーティストとしての活動である。
そして今、月子はノイズというバンドとして活動をしている。
そのノイズは規模はともかく、既にある程度は有名になっている。
シェヘラザードからアルバムを二枚も出して、それが売り切れて再プレスされているからだ。
CDなどというものは、そもそも今ではほとんど売れなくなったし、初動が全てと言われる。
だが通販でまだ売れているというのが、おかしなところであるのだ。
そんなおかしなバンドを売るためには、ABENOというレーベルでは動けない。
よって新しく、半独立したレーベルを作って、事務所の用意もした。
実際にはノウハウはメジャーのものを使えるため、かなり出来ることは多い。
俊は現在、CDと言うか音源を作る技術は、既に持っている。
レコーディングに関しては、スタジオさえあればもう、どうにかなるのだ。
ミックスからマスタリングの作業までは、自前でやってしまえるようになっている。
このあたり、多芸にもほどがあると、一般のアーティストからは思われるものだ。
宣伝などに関しても、そもそもシェヘラザードのファーストアルバムが、大規模ショップを中心に売り切ってくれた。
もっとも通販などの分も相当に多く、異例の再プレスとなったのだが。
今のノイズが必要としているのは、だからどれだけのCDをプレスするのが最適なのかということ。
また今後のツアーをするにいたっては、ライブハウスなどのハコの確保に、ツアーのスケジュール。
取材への対応なども含めた、マネジメントをやってくれる人間が必要になる。
音楽の方向性などは自分たちでやるが、そこに口を出しすぎるなら、それはやはりご縁がなかったということになる。
事務所やレーベルに関しては、一応四つとも実在して活動しているところではある。
このあたりインディーズ全盛の時代などは、完全な詐欺の事務所やレーベルを語るところもあったのだ。
レッスン料などの名目で数百万だのを払わされたが、結局は音源を作ることなどなく、レビューも出来なかった。
レコーディング費用を払わされたものの、CDが店頭に並ぶことはなく、宣伝もない配信だけであった。
アイドルの場合はもっと露骨に枕営業を強制されたり、これまたレッスンや衣装が自腹というものもある。
「ん? メイプルカラーもけっこうブラックだったんじゃ?」
暁がそんなことを言うが、あそこはボイトレにダンスの振り付けなどは、回数こそ少ないもののちゃんと事務所が出していたし、衣装代なども出していた。
ただ圧倒的に給料が安く、チェキで稼がなければ食べていけなかっただけである。
少なくともマイナスではなかったし、ライブの回数は多かったため舞台度胸はついた。
時給換算すれば100円以下であったろうが、それでも悪徳の部類には入らない。
何よりも辞めようと思えば、普通に辞められるものであったのだ。
「最低限の給料とか、あとはレコーディング費用とか、CD販売に配信などの配分がどうなるか、そのあたりがポイントだろうな」
そしていよいよ、交渉が開始される。
新しいレーベルは、まだ事務所のテナントも用意しておらず、ABENOの応接室を借りて行われた。
そこでまず提示されたのが、生活基盤を整えるためのものである。
今は全員が、自宅や下宿という状況であるが、事務所側が寮という形でマンションを借りることも出来るという。
これは地方から出てきて、家賃までどうにかバイトで払うようなミュージシャンには、魅力的なものだろう。
それほど広くはないが、セキュリティだけはしっかりとしている。
しかしノイズのメンバーは、その点は問題がない。
あとは一ヶ月の最低限の給料である。
最低保証給が五万円。
安いと思われるかもしれないが、何も仕事がなくてもこれだけは保証されるのだという。
高校生のバイト代より安いであろうし、パパ活をした方が稼げるぐらいだ。
だがここに普通のバイトか、事務所が持ってくる安いバイトを足せば、充分に生活は出来る。
新しい事務所は所長が阿部香澄、事務員が一人に、マネージャーが一人という少数体制。
まだ所属アーティストが0なのであれば、人がいらないのも当たり前だろう。
「そもそも本気で新しく事務所を作る気なんですか? うちらだけじゃなく」
「他に二つほど声はかけていて、そちらは手応えがあるけれど、一番力を入れたいのは貴方たちね」
事務所も慈善事業ではないので、儲かることを考えなければいけない。
下手に甘いことは言わず、最低限の保証を告げてくる。
むしろこれは信用してもいいだろう。
それにレコーディング費用などは、さすがにレーベルが持ってくれるという。
俊としては逆に、そこは自分たちでやりたいのだが。
「ボカロPでCDを二枚出してると、分かってるわけね。さすがにマスタリングはこちらでした方がいいと思うけど」
それは技術と言うよりは、二重チェックの意味合いが強い。
ノイズが今やりたいと言うか、俊の負担が重過ぎると思っているのは、ライブ開催やイベント参加への交渉などである。
こういったものこそまさに、メジャーとのつながりさえあるくせに、小回りの利く新興事務所に求めるものだ。
またマーケティングの数字を持ってくるのも、ビッグデータを持っているメジャー傘下というのがありがたい。
今日一日で契約がまとまるというものではない。
だが約束したとおり、最初に声をかけてくれた、阿部に話を持ってきたのだ。
「ちなみに他の三つは?」
「ほい」
「……全部それなりにまともなところね」
文句のつけようがなかったために、そこは眉間に皺が寄ってしまう。
信吾と栄二は条件がいいか悪いか、暁と月子はやりたいことが出来るかどうか。
そして千歳は意外と言ってはなんだろうが、儲かるかどうかが重要だと考えている。
もちろん俊としても、儲かるかどうかは重要である。
しかしそれが短期的に儲かるのか、長期的に見ていくのかで、話は変わってくる。
今のノイズは学生が三人もいるので、どうしても動きに制限があるのだ。
「学生をしながらあれだけライブやフェスに参加してるって、一番負担が大きいと思うんだけど」
阿部にさえ心配されてしまう俊だが、周りが言っても止まらないのが彼であった。
そもそも今が、一番やることが多くて充実もしている。
ここで少しは休みたいと思うほど、俊はこれまで恵まれた環境にはなかったのだ。
(さすがにそろそろバイトは辞めようかな)
シフトの時間を減らしているだけに、店の方もあまり俊には期待していないのだ。
データを事務所が持ってこれるなら、CDショップにいる意味は少ないのでは、と思っているのが現在の俊である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる