ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦

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七章 インディーズ

104 インディーズレーベル

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 俊の音楽に対する姿勢は、極めて俗物である。
 要するに一言で言ってしまえば、成功したいというものだ。
 名声を得ること、遠い未来に曲を残すこと、そして稼ぐこと。
 だが三番目のことに関しては、それほど自身は重要と思っていない。
 しかしバンドを組んだということは、そのメンバーに対して責任を持つこととなる。
 俊がリーダーであることは、一度も誰からも文句は出ていない。
 愚痴をこぼすぐらいは仕方ないが。

 世界中に音楽を届けたい。
 残念ながら音楽で世界を平和にするとか、人類を新たなステージに持っていくとか、いずれ訪れる宇宙人との対話に役立てるとか、そんなことは考えていない。
 ただ自分の音を残したいのだ。
 哲学や物語ではなく、音楽を選んだのは成り行きではある。
「いずれはメジャーの資金力が必要になる」
 世界を目指すなら、資金にノウハウ、そして宣伝媒体などが必要になる。
「ただそのメジャーとの契約のためにも、まずはインディーズで圧倒的な成功を収めたい」
 難しいことを言うな、と分かっているのは栄二である。
 信吾もある程度は、分かっていなくもない。

 今はいい世の中になったものだ。
 CMや雑誌などで大きく宣伝したり、テレビに出る必要もない。
 ネットによって個人の力で、宣伝していくことは出来る。
 もっともそこにはノウハウがあって、また宣伝にも資金があればあるほどいい。
 しかし良く出来たCMよりも、個人の口コミの方が、むしろ信頼されることさえあるのが今だ。
 そのあたり俊は元々当たり前だと思っているが、岡町などからすると大きな変化であるのだ。

 またいまだに音楽を流す媒体としては、ラジオが優れていたりする。
 テレビは、少なくとも電波のテレビは没落し、それよりはネットの番組の方が世の中には広がっている。
 情報の伝達が、とにかく早すぎる時代であるのは間違いない。
 それこそプラットフォームを利用すれば、自分たちで完全にプロデュースすることも出来る。
 実際には机上の空論に近いが。

 目標とするのは、今はまだまだ知名度を上げていくことだ。
 今はコンテンツが拡散し消費される速度が速い。
 ただし一度爆発すると、長く続く場合もある。
 音楽に限らず、マンガや小説でもそうだろうが、何が本当に売れるのかは分からない。
 ただし作家の名前が、一つのブランドになることはある。

 書籍などは全体での売上は低下の一方ながら、限られたトップレベルはとんでもなく売れる。
 その理由の一つには、コスパとタイパが挙げられる。
 コンテンツがあふれている時代だけに、無駄に金も時間も消費したくない。
 だからある程度のインフルエンサーがいいと言えば、それにならってしまうというものだ。
 自分が時間や金をかけたものを、つまらないと思いたくないという感情。
 そこを上手く突くことが出来たら、世間に周知されることが多くなる。



 ブランド化というのは、重要なものだ。
 今の世の中は本当に、人の余暇を奪うためのものであふれている。 
 その基盤にあるのが、インターネットだと言ってもいいだろう。
 極端な話これは、出生率の低下にまで及んでいると思う。
 娯楽がなかった時代は、夜にやることなど限られていた。
 しかし今はネットを通じてほどよく他人と接触し、いくらでも娯楽を満喫することが出来る。
 そんな便利な世の中で、あえてライブに来るという人間が、意外と若者にも多い。

 人間はデジタルなものに慣れすぎると、アナログなものに憧れるという習性がある。
 似たようなものとして、データとして保存しているものが膨大になってくると、実体のあるものを特別と思う。
 ノイズのアルバムが売れたというのは、ちゃんと定価で買えるものだが、希少価値はあったものだからでもあろう。
 通販の充実と再プレスの告知により、下手に転売などが起こらなかった。
 ただほしいことはほしいが、実物でまでは欲しくないという層もいるだろう。
 そこから中古市場に流れる、というのも確認したりはしている。

 一度ネットの違法サイトなどに流れると、それを消すことはほぼ不可能である。
 もう流れてしまったら、それは宣伝というぐらいに割り切らなければいけない。
 もっとも堂々とネットサイトで海賊版を流しているものは、さすがに例外であるが。
「実体に価値を持たせたいんだよな。あとはライブとか」
「ライブはうちの場合、学校の問題があるな」
 俊は栄二とそんな話もしながら、メンバー全員でメジャーレーベルABENOの入ったビルを訪れた。
 ビルは同じであり、また上に入るレコード会社も同じであるが、新しいレーベルと事務所は別個のもの。
 ややこしい限りである。

 そもそもABENO自体は女性歌手を中心に扱っているレーベルなのだ。
「事務所がマネジメントをし、レーベルが音源を作り、レコード会社がそれを販売する。だいたいレコード会社の下に複数のレーベルがあり、レーベルの下に一つか複数の事務所が所属している場合が多い」
 ABENOはアイドル部門には手を出していなかった。
 だから月子に声をかけてきたのは、女性アーティストとしての活動である。
 そして今、月子はノイズというバンドとして活動をしている。
 そのノイズは規模はともかく、既にある程度は有名になっている。
 シェヘラザードからアルバムを二枚も出して、それが売り切れて再プレスされているからだ。

 CDなどというものは、そもそも今ではほとんど売れなくなったし、初動が全てと言われる。
 だが通販でまだ売れているというのが、おかしなところであるのだ。
 そんなおかしなバンドを売るためには、ABENOというレーベルでは動けない。
 よって新しく、半独立したレーベルを作って、事務所の用意もした。
 実際にはノウハウはメジャーのものを使えるため、かなり出来ることは多い。



 俊は現在、CDと言うか音源を作る技術は、既に持っている。
 レコーディングに関しては、スタジオさえあればもう、どうにかなるのだ。
 ミックスからマスタリングの作業までは、自前でやってしまえるようになっている。
 このあたり、多芸にもほどがあると、一般のアーティストからは思われるものだ。

 宣伝などに関しても、そもそもシェヘラザードのファーストアルバムが、大規模ショップを中心に売り切ってくれた。
 もっとも通販などの分も相当に多く、異例の再プレスとなったのだが。
 今のノイズが必要としているのは、だからどれだけのCDをプレスするのが最適なのかということ。
 また今後のツアーをするにいたっては、ライブハウスなどのハコの確保に、ツアーのスケジュール。
 取材への対応なども含めた、マネジメントをやってくれる人間が必要になる。
 音楽の方向性などは自分たちでやるが、そこに口を出しすぎるなら、それはやはりご縁がなかったということになる。

 事務所やレーベルに関しては、一応四つとも実在して活動しているところではある。
 このあたりインディーズ全盛の時代などは、完全な詐欺の事務所やレーベルを語るところもあったのだ。
 レッスン料などの名目で数百万だのを払わされたが、結局は音源を作ることなどなく、レビューも出来なかった。
 レコーディング費用を払わされたものの、CDが店頭に並ぶことはなく、宣伝もない配信だけであった。
 アイドルの場合はもっと露骨に枕営業を強制されたり、これまたレッスンや衣装が自腹というものもある。
「ん? メイプルカラーもけっこうブラックだったんじゃ?」
 暁がそんなことを言うが、あそこはボイトレにダンスの振り付けなどは、回数こそ少ないもののちゃんと事務所が出していたし、衣装代なども出していた。
 ただ圧倒的に給料が安く、チェキで稼がなければ食べていけなかっただけである。

 少なくともマイナスではなかったし、ライブの回数は多かったため舞台度胸はついた。
 時給換算すれば100円以下であったろうが、それでも悪徳の部類には入らない。
 何よりも辞めようと思えば、普通に辞められるものであったのだ。
「最低限の給料とか、あとはレコーディング費用とか、CD販売に配信などの配分がどうなるか、そのあたりがポイントだろうな」
 そしていよいよ、交渉が開始される。



 新しいレーベルは、まだ事務所のテナントも用意しておらず、ABENOの応接室を借りて行われた。
 そこでまず提示されたのが、生活基盤を整えるためのものである。
 今は全員が、自宅や下宿という状況であるが、事務所側が寮という形でマンションを借りることも出来るという。
 これは地方から出てきて、家賃までどうにかバイトで払うようなミュージシャンには、魅力的なものだろう。
 それほど広くはないが、セキュリティだけはしっかりとしている。
 しかしノイズのメンバーは、その点は問題がない。

 あとは一ヶ月の最低限の給料である。
 最低保証給が五万円。
 安いと思われるかもしれないが、何も仕事がなくてもこれだけは保証されるのだという。
 高校生のバイト代より安いであろうし、パパ活をした方が稼げるぐらいだ。
 だがここに普通のバイトか、事務所が持ってくる安いバイトを足せば、充分に生活は出来る。

 新しい事務所は所長が阿部香澄、事務員が一人に、マネージャーが一人という少数体制。
 まだ所属アーティストが0なのであれば、人がいらないのも当たり前だろう。
「そもそも本気で新しく事務所を作る気なんですか? うちらだけじゃなく」
「他に二つほど声はかけていて、そちらは手応えがあるけれど、一番力を入れたいのは貴方たちね」
 事務所も慈善事業ではないので、儲かることを考えなければいけない。

 下手に甘いことは言わず、最低限の保証を告げてくる。
 むしろこれは信用してもいいだろう。
 それにレコーディング費用などは、さすがにレーベルが持ってくれるという。
 俊としては逆に、そこは自分たちでやりたいのだが。
「ボカロPでCDを二枚出してると、分かってるわけね。さすがにマスタリングはこちらでした方がいいと思うけど」
 それは技術と言うよりは、二重チェックの意味合いが強い。

 ノイズが今やりたいと言うか、俊の負担が重過ぎると思っているのは、ライブ開催やイベント参加への交渉などである。
 こういったものこそまさに、メジャーとのつながりさえあるくせに、小回りの利く新興事務所に求めるものだ。
 またマーケティングの数字を持ってくるのも、ビッグデータを持っているメジャー傘下というのがありがたい。
 今日一日で契約がまとまるというものではない。
 だが約束したとおり、最初に声をかけてくれた、阿部に話を持ってきたのだ。
「ちなみに他の三つは?」
「ほい」
「……全部それなりにまともなところね」
 文句のつけようがなかったために、そこは眉間に皺が寄ってしまう。

 信吾と栄二は条件がいいか悪いか、暁と月子はやりたいことが出来るかどうか。
 そして千歳は意外と言ってはなんだろうが、儲かるかどうかが重要だと考えている。
 もちろん俊としても、儲かるかどうかは重要である。
 しかしそれが短期的に儲かるのか、長期的に見ていくのかで、話は変わってくる。
 今のノイズは学生が三人もいるので、どうしても動きに制限があるのだ。
「学生をしながらあれだけライブやフェスに参加してるって、一番負担が大きいと思うんだけど」
 阿部にさえ心配されてしまう俊だが、周りが言っても止まらないのが彼であった。

 そもそも今が、一番やることが多くて充実もしている。
 ここで少しは休みたいと思うほど、俊はこれまで恵まれた環境にはなかったのだ。
(さすがにそろそろバイトは辞めようかな)
 シフトの時間を減らしているだけに、店の方もあまり俊には期待していないのだ。
 データを事務所が持ってこれるなら、CDショップにいる意味は少ないのでは、と思っているのが現在の俊である。
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