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七章 インディーズ

105 デビューは成功にあらず

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 声をかけてきた他の三つのレーベル兼事務所とも会ってみた。
 インディーズでも事務所とレーベルが分かれているところはあり、逆に一体化しているところもある。 
 そういった色々な体制であるのが、インディーズというものだと言えるのだろうか。
「夢がない~!」
 全てのレーベルと面談してみて、それぞれの条件を聞いてみた。
 その結果が千歳の叫びである。
 おおよそ月五万円という給料は、高校生のアルバイト料程度のもの。
「メジャーならもう少しマシ?」
「いや、同じようなものかな」
 信吾は質問されても、正直に答えるしかない。
「俺たちの頃は、もう少し景気がよかったけどな」
 栄二の場合はそもそもが、時勢がわずかだが今とは違う。

 会って話した感触を比べてみれば、一番熱心に売り出そうとしているのは、阿部の事務所に思える。
 ただしこれから作っていく新レーベルであるため、事務所の戦略に乗っていかなければいけないかもしれない。
 しかし新しいやり方をやりながらも、これまでの蓄積されたノウハウなどを使うという意味では、一番いいのかもしれない。
 年末フェスの時に渡された名刺のレーベルは、ここも事務所と一体化している。
 純粋にインディーズとしての実績があるし、抱えている中にはかなり売れているバンドもある。
 現在のノイズに一番必要な要素は、ここが持っているであろう。

 ミュージシャンでもアーティストでもいいが、その目的は主に三つに分けられるだろう。
 一つは名前を売ること。名声を得て、社会的地位や名誉を手にし、他者から尊重されるということ。
 己の尊厳を高めるということであり、この承認欲求を拒める人間はほとんどいない。
 一つは作品を残すということ。この場合は楽曲、もしくは演奏を残すということだ。
 己を己たらしめた、その作品群を残すことは、遺伝子を残すことに似ている。本能に近いことだ。
 三つ目は純粋に、経済的な成功である。
 この資本主義社会においては、これを持たなければ安心した暮らしが出来ない。
 資本主義の権化であるアメリカなど、社会の底辺層の治安は悪く、安全は金で買えるものなのだ。
 日本でさえ最近は、治安の悪さが目立って報道されている。

 本質的にその人間性がミュージシャンであるなら、一番重視するのは作品を残すことであるし、作品を広めていくことだ。
 アーティストは何かを表現してそれを伝えたい、という心が一番にあるからだ。
 認められたい、偉くなりたいというのは、高尚な人間から言わせれば不純である。
 そして金を稼ぐのは、商業主義に堕落した、などと言われる。
 実際のところはこの三つのどれが欠けても、音楽は成立しない。

 名前が売れていなければ聴いてもらえないし、そもそも聴いてもらうために音楽をするのだ。
 作ってそのまま置いておくというのは、確かにそれをやった人間もいて、死後に発見されてブレイクということがある。
 あくまで歴史に残るレベルの例外であり、基本は聴いてもらわなければいけない。
 そして商業主義と言われようと、儲からなければ続けることが出来ない。
 自分一人が食べていくのではなく、それを広げていく会社などが儲からなければ、結局は続かないのだ。



 ノイズの中では一番、芸術家肌であり職人肌であるのが、暁であろうか。
 自分の満足する演奏をすることを、第一に考えている。
 ただ彼女は資本主義社会を体験していない学生のため、認識が改まる可能性はある。
 月子などは案外この三つを、バランスよく持っている。
 貧乏時代を経験していること、他者から尊重されない期間があったこと、そして自分の歌で人々を熱狂させる経験が豊富だからだ。
 この二人に比べると、千歳は有名になりたいとかお金持ちになりたいとは思っても、作品を残すという欲求は薄いだろう。
 そもそも作品を作るというレベルまで、音楽の沼に浸かっていないということもある。

 信吾などはメジャーデビューを避けたぐらいなので、単純に有名になりたいなどとは思っていない。
 音楽業界というのは、才能を消費して金を儲ける業界だ。
 ミュージシャンというのはそのままなら、すぐに消費されて終わってしまう。
 ちょっと売れているミュージシャンを、過去10年まで遡れば、まだデビューもしていないということが多い。
 逆に10年前の売れているミュージシャンの現在は、活動が極めて限定的になっていたりする。

 栄二などはもっと分かりやすく、とにかく安定した収入は必要である。
 それは家庭を持っているため、自分一人の問題ではないからだ。
 ただ夫婦共働きなので、ある程度の余裕はある。
 男としては自分の稼ぎで、どうにか養っていこうという気概はあるのだが。
 ただ安定だけを求めているなら、フリーランスにもならないし、ノイズに参加したりもしないだろう。

 俊は他のメンバーに比べても、圧倒的に欲深い人間である。
 人類の終わりにまで伝わるような曲を残したいし、その音楽だけではなく背景すらも調べられる存在になりたいし、シーンを自分で変えてみたいし、また単純に儲けたいとも思っている。
 だが儲けるのは、金があればそれだけ、表現出来る手段が増えていくからだ。
 ただ後世に影響を残すにしても、ジミヘンやカート・コバーンはもちろん、シド・ビシャスになることさえ御免である。
 昔のロックスターは、早死にしてこそ伝説などとも言われていたが、最近はそうでもない。
 27クラブの一員になるつもりはないし、いずれは違う形で音楽を残していく立場にもなると思っている。
 自分の音楽を生み出す能力は、それほど優れたものではない。
 だがせめて、才能を上手く広げるだけのことは、やっておかなければいけないだろう。

 そんな俊は一月も半ばを過ぎたのに、返答を保留している。
 一番ノイズを欲しがっているのは阿部であり、それは新レーベルの目玉にノイズを持って来たいと考えているからだ。
 実際のところインディーズレーベルといいながら、内情は完全にメジャーなので、売れるだけならここが一番だろう。
 しかし売れるのと、儲けるの間には違いがある。
 つまりいくら売れても、利益が少なければ意味がない、ということだ。
 メジャーと同じコネクションなどを使うとなると、その過程で関わる人間が増えていく。
 そのためアーティストにまで届く金が、売れている割には少なくなる、というわけだ。



 一月の中旬と下旬に一度ずつ、ノイズは300人規模のハコでトリを務めた。
 これはオーディションなどをされたのではなく、むしろライブハウス側からの依頼であり、出演料が発生している。
 そしてチケットについても、ノイズ側からの販売を向こうから依頼してきた。
「どういうこと?」
 月子などは分かっていないが、つまりチケットを100枚ほどタダで渡されているのである。
 このチケットを額面でそのまま売れば、ノイズの収益になるのだ。

 ライブハウスからの出演料と、このチケット販売によって、最低限の収入は確保できたのが、今月の月子と信吾である。
 むしろある程度の遊興費にさえなった。
 だがこれが安定してあるわけではないので、バイトを辞めるという選択肢はない。
 俊も週に二日ほどだが、シフトの薄い日にはバイトに入っている。
 こちらはもう、金銭が目的ではなくなっているのだが。

 何がリアルに求められているのか、それを実感すること。
 バイト代は副次的に得られるものに過ぎない。
 栄二はそろそろ、バイトは辞めてもいいかなと思い始めている。
 俊の家に住まわせてもらってから、貯金が増えていっているからだ。
 これは衣服などに関しては、女からのプレゼントがあったりして、金がかからないからである。ヒモめ。

 月子の場合は、どうしても赤貧時代の記憶が忘れられない。
 売れなくなってここを追い出されたら、もうどこに住めばいいのか分からない。
 なのでステージでこそ派手な衣装を着るが、普段はほぼ実用一辺倒である。
 そのあたりを考えると、高校生組二人は、臨時収入があってきゃほきゃほと騒いでいる。
「というわけで二月には、MVを作ります」
 大学が入試によって、在学生が休みになる間に、俊はそれを作ることを考えた。
 既にコンテは作ってあるのだ。

 前々からMVについては、作ってみたいと宣言していた俊である。
 改めてノイズ専用ページにて、それを公開するわけだ。
 果たしてどれぐらい動くのかは、やってみないと分からない。
 だが打ち込みと月子の歌だけのノイジーガールは、既に700万PVを超えている。
 これはそのままレコーディングのシーンを撮影しただけのものである。

 MV作成というのは、そのまま映像作成でもある。
 音楽を作るというのとは、また別の才能が必要なはずである。
 しかし俊が出したコンテは、おおよそイメージをはっきりとさせるものであった。
「てっきり事務所に所属してから、作るものだと思ってたが」
 栄二はそう考えていたらしいが、俊としては実績を自分たちで作りたかったのだ。



 MVに必要なのは、撮れ高である。
 それを準備するために、一月の二つのライブでは、撮影をしてあるのだ。
 いつの間に、と他のメンバーは思っていたが、上手く撮影できなければ、作成は延期する予定であった。
「ちなみに外部の人間も少し使ったけど、そちらへの支払いは俺がもらった印税から出してるので問題ない」
 収入が発生しても、作詞作曲をしている俊に一番入ってくるので、そこはリーダーとしても出すつもりだったのだ。
 ただ普通こういうことは、バンド内で使う共有の資金を作って、そこから払うものである。
 俊一人が、作詞作曲のために、他のメンバーより稼いでいることは確かであるが。

 俊からすると、ライブでは一番役に立たないのが自分なので、そこは企画した人間が払うべきだろう、と考えている。
 働きすぎである。
「必要なのはライブシーン、練習シーン、日常シーンを中と外か」
「わたしの普段着もあるの?」
「月子は日常シーンも後ろからしか撮影しない」
 謎のボーカルという姿勢は変わらないのだ。

 日常シーンの中には、暁と千歳が学校で練習しているシーンも入っている。
 学生服で演奏しているのが望ましいのだが、そこは練習着などにして、もっと泥臭さを出す。
 あとは川べりを歩くシーンなど、日常でもそんなことしねーぞ、というシーンがあったりする。
「ライブハウスのライブ映像はこれ以上増やせないから、あとは練習映像をどれだけ増やすかだな」
「カメラとかはどうするんだ?」
「だいたいはスマホを使う」
 ライブハウスの映像は、ちゃんとしたカメラで撮影してもらった。
 だが日常シーンなどは撮り直しが出来るため、スマートフォン付きのカメラで対応するのだ。

 日常シーンなど、たとえば暁などは自宅での練習シーンも入れたい。
 脚本とコンテを見せられた限りでは、月子の存在が神秘的で、そこと日常の融合というのが上手く出来るのか分からない。
「一応頭の中では、完成してるんだけどな」
 四分ちょっとの映像を作るために、その10倍以上の映像を必要とする。
 編集作業が出来るのは、俊だけなのである。
「しかし、よくそんなことが出来るもんだな」
「千歳に渡されたアニソンの映像を見てたら、なんとなく出来るかなと思ってな」
 なんと、完全にとは言わないが、独学である。

 そもそもボカロPとして発表していた時には、簡単だが映像を自分でイメージして作っているのだ。
 基本的に今回は、実写しか使わない。
 なのでむしろ簡単かな、などと俊は考えている。
「練習の休憩シーンとかも撮影するから、そのつもりで」
 だがここでも、月子の正体はまだまだ隠す。
 ノイズの神秘性の一番は、月子の存在にあると俊は考えているからだ。
 新たな表現への挑戦が始まる。
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